河童の手

島文音

第1話 水虎寺

――水虎すいこ寺が祀る河童の御身体は、如何なる者にも幸または不幸をもたらす――



 山間部の集落、水虎すいこ村の河童信仰の始まりは、徳川綱吉公の時代に遡る。水虎すいこ寺に祀られた河童のミイラを、人々は約二〇〇年に渡って信仰の対象としていた。熱心な信奉者によってミイラが盗まれたこともあったが、幸いなことにミイラは必ず元の場所に戻ってきたという。


 再びミイラが盗まれたことが村中に知れ渡ったのは、昭和の戦後復興真っ只中のことであった。冬に備えて人々が慌ただしくしていた時節で、寺の檀家が気づいた時には、ミイラが納められていた空の桐箱しか残っていなかった。


 ミイラの盗難を耳にした村の人々は、次から次へと水虎すいこ寺に押し寄せた。多くの人が関心すら抱いていなかった河童のミイラに、突如として興味を示し始めたのだ。


 ミイラの管理をしていた住職を責めるものはいなかったが、人々はこれを河童の呪いだと言い始めた。

 以後、村に起きた不幸はすべて河童の仕業だと言うようになったのである。


「どうか、我々のもとへお戻りください。河童様」


 水虎すいこ寺の本堂には、ミイラの帰りを待つ村の参拝客が毎日のように訪れている。

 そこにあったはずのミイラは、もう一〇年以上戻ってきていない。

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