第8話
「知らないよ」
彼は母親から顔を背け、早足で玄関の方へ向かった。・・・が、ざざっと音を立てて男達が動きだし、戸の内に滑り込む前に行く手を阻まれてしまう。
大男が、大きな手でザックの腕を掴んだ。
「何だよ、放せよ!」
彼は、暴れて男の手を振りほどこうとした。
「小僧、お前は知っている筈だぞ。そういう情報があったのだ」
「知らないったら!」
尚も暴れる彼の耳に、違う男がそっと囁く。
「我々は、極秘でカライマから来た派遣兵だ。ユウ殿は、我が国の重要人物なのだよ。命を狙われている故、すぐにでも身柄を確保したい」
「・・・嘘だ。ユウは、旅人だって言ってたぞ!」
言ってしまってから、ザックは口を押さえた。しかし、既に遅い。
派遣兵は、乱暴にザックの腕を捩じると、ぐいぐいと道の方へ引きずった。
「ザック!ザックをどうするのですか?」
母親が、慌てて彼らの後を追う。
「心配いりません。ザック君が、我々をその人の元まで案内してくれるそうです。彼女の無事を確認したら、彼は家に戻します」
男の一人が、そう言って母親を宥めた。
その間に、ザックは無理やり連れて行かれる。
やがて家が見えなくなると、兵は剣を抜く真似をして彼を脅した。
「さあ、早く案内しろ。さもなくば、お前はここで死ぬぞ」
数人の男に囲まれ、恐怖心が沸き上がってくる。
ザックは、震えながら男達の顔を仰いだ。
にやりと、男達が口許を歪める。
まるで、取って食われそうな感じのする笑い方だ。
ザックは身を竦め、がたがたと体を震わせた。
そのうち、村のあちこちから兵が現れて、彼の周囲をぐるりと取り巻く。
数にすると、二十人ほど。とてもじゃないが、彼に敵う相手ではない。
「言わないと、お前の父も母も殺すぞ。家族だけではない、村の者も全部だ」
狐のような顔をした男が、冷たい声でザックを脅す。
勿論、少しでも政治を知っていたのなら、そんな事は出来ないと分かっただろう。
メセタの国は、カライマと条約を結んでいる。もしカライマ兵がメセタで騒動を起こせば、条約は破棄される事になるだろう。そうなると、当然メセタはダンドリアと手を結ぶ結果になる。
ダンドリアは、マリガラと結んでカライマに立ちはだかる壁となっていた。彼らが、そのダンドリアを有利にする事など出来ない。
・・・・しかし、ここに居るのは十三歳の少年。戦は遠い国の話で、政治よりも釣りが楽しい子供なのだ。
ザックは兵の脅しを信じ込み、渋々ながらも案内する事にした。
彼らは、ユウと話が出来ればいいと言った。話をするくらいなら、どうって事はないだろう。
————そりゃ、約束を破る事にはなるけど、母さん達が殺されたら困る。
ザックは、兵を村の外れにある湖まで案内し、彼女はこの森の奥に居ると教えた。
「よし、お前も来るのだ」
二人の兵が、ザックの手を片方ずつ掴み、乱暴に引きずって行く。
彼は、抵抗する事も出来ず、仕方無くそれに従った。
程なくして、森の奥にある、ザックが何時もユウと話をしていた場所に着いた。
もしかしたら居ないかもしれない、と思ったが、ザックの思いに反してユウはそこに立っていた。まるで、彼らが来るのを最初から知っていたように。
兵が、ざっと動いてユウを取り囲む。
剣を抜き、話し合いと言う雰囲気でない。
ザックはかっとして、腕を掴んでいる兵に怒鳴った。
「話をするだけだと、言ったじゃないか!」
「勿論、話し合いに来たのだよ。ユウ様は、我が国にとって大切な方であらせられる。しかし、反乱組織の手によって拉致され、今まで行方不明になっておられていたのだ。ようやく見つけましたぞ。ユウ様、すぐにでも国へお戻り下さい。カライマ国は、あなたが必要なのです」
狐男が、静かにそう答えた。
彼の言葉を聞いて、ユウはふっと小さく笑う。
「こんな遠くまで、御苦労な事ですね。生憎、私は国に戻るつもりはありません。あなた方こそ、こんな小娘一人に煩わされていないで、国に帰ってはいかがですか?それほど暇ではないのでしょう?」
「お言葉ですが、これが我々の一番大事な仕事なのです。ユウ様こそ、諦めて国に戻られては如何ですか?何時までも、逃げ続ける事は出来ませんぞ。あなた様は、只の人ではないのですから・・・」
ユウは、男の言葉に沈黙で答えた。
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