第6話

 銀髪の美青年が、重い溜め息を吐く。

 「あんたには、分かってる筈だ。戦わなければ、この世が変わらない事を。このままでは、更に多くの罪の無い者達が無駄に命を落とす」

 青年の言葉に、ユウは足を止めた。肩ごしに振り返り、口許を歪める。


 「変化を求めているのは、本当に民ですか?譬えカライマの属国になろうとも、戦がなければ民は生き延びる事が出来る。しかし、貴族達はそうではない。何時首が飛ぶか分からぬ状況で、冷汗をかく事になるでしょう」

 「違う!俺達は、自分の命欲しさに動いている訳ではない。この大陸を、間違った方向へと向かわせない為だ!」

 青年は声を荒らげたが、ユウの方は冷静なまま。

 皮肉な笑みを浮かべ、彼の言葉を嘲笑う。


 「何が正しくて、何が間違っているか、あなたには分かるのですか?本当にあなたがしている事が正しいと、はっきり断言出来ますか?人間的にも未熟なあなたの言葉に、どれだけの信憑性があると言うのです?」

 「俺だけじゃなない、様々な人間の知恵を集めれば、きっと正しい道が見つかる筈だ。国王も、断じて我が身を思ってカライマに立ち向かおうとしている訳ではない。カライマに立ち向かう事こそ、民の幸せと思っているからだ」


 「では、カライマに勝ってどうするのです?勝てば、民に変化が訪れるのですか?もし負ければ、どうなるのです?どちらにしても、民は被害を被るだけです。結局は、支配する者が変わるだけ」

 「じゃあ、どうしろって言うんだ。このまま、カライマに支配され、民が圧政に苦しむ方がいいと言うのか?」

 説得出来ない苛立ちからか、青年は半分投げ出すように吐き捨てた。

 ユウは、そんな彼をやはり静かに眺めていた。


 不意に、横から美女が口を挟んだ。

 「そこまで言うのなら、貴殿自らが道を探す側へ来ては如何か?その為に、我々は貴殿を説得しに来ている。我々に任せるのが不安なら、そうするべきだ。貴殿には貴殿の、何か考えがあるのではないか?」

 しかし、ユウの頑な意志は変わらない。


 「いいえ、私はただ、戦には関わり合いたくないだけです」

 「まったく、あんたは頑固過ぎる」

 とうとう、青年は兜を脱いでしまった。

 途方に暮れて天を仰ぐ。

 「なんと言われようと、一度決めた信念を変えるつもりはありません。それに私は、ここを気に入っているのです。しばらくは、嫌な事は忘れてのんびり過ごしたい」

 そう言って、ユウはにっこりと穏やかな笑みを浮かべた。

 そのまま、彼らに背を向ける。


 「・・・それともう一つ、偽りの姿で人を動かそうなど、少し考えが甘いのではないですか?」

 最後に捨て台詞を残し、ユウは森の奥へ消えてしまった。


 「食えない人ですね。あの方は、やはりあなた様の事を知っているようです」

 ユウが去った後を見つめながら、黒髪の美女が言った。

 それに答えて、銀髪の美青年が不機嫌に肩を竦める。

 「そんな事より、あの石頭をどうやって説得しろって言うんだ?カミール広場にある石像の方が、ユウの頭よりずっと柔らかいと思うぜ」

 「カミール広場の石像は、その前で清い心を持った乙女が泣けば、涙と引換えに一度だけ願いを叶えてくれると言う伝説があります。ルーフ様も、ユウ殿の前で一度泣いてみては如何ですか?固い意志も、少しは和らぐかもしれませんよ」

 美女が、にこりとも笑わずにジョークを飛ばした。

 青年は少し苦笑して見せたが、すぐにまた表情を歪める。


 「俺の涙で揺らぐような奴じゃないぜ、あいつは。大体俺は、ユウに嫌われているんだ。それも、初対面からとくる。彼女が俺に言う事は、馬鹿にしたような言葉か、突き刺すようなきつい言葉、それと厭味ばかり。一体俺が、ユウに何をしたっていう?」

 吐き捨てるように言って、綺麗な顔を更に歪めた。

 「それにあいつの噂は、ろくなもんじゃない。根暗で陰険な皮肉屋。カライマ軍にいた頃は、平気で騙し打ちをするわ、汚い罠を仕掛けるわ、そりゃ冷酷で恐ろしい人間だったそうだ。それに、一見物分かりが良さそうに見えて、実は裏であれこれ考える謀略家だ。何も知らずに旅してた時、何度俺が苦い思いをしたと思う?引き入れるには、中々一筋縄ではいかないぞ」


 「それでも、欲しいと願う輩は大勢います」

 「・・・・そうだな、シャークも随分ご執心らしい。同じ詐欺師同士で、ユウとは気が合うんだろうぜ」

 銀髪の美青年は、思い出したように口をへの字に曲げた。

 余程、それが気に入らなかったのだろう。

 「あの方には、確かに魅力があります。人を虜にする、不思議な魅力です」


 「魔女の魅力かもしれないぞ」

 「そうですね、そうかもしれません。あの方と一緒にいると、私でさえ背筋が寒くなる時がありますから。まるで、全てを見透かされているような気がして」

 黒髪の美女は、考え深げに首を振った。


 「多分、ユウ殿の魅力はそこにあるように思われます。冷たい中に優しさがあり、暖かさの中に厳しさがある。一瞬でもユウ殿の深さを垣間見れば、誰であろうと引きつけられずにはいらあれない。あなた様も、そうではないのですか?」

 そう言って、美女は笑った。笑うと、冷たい印象しか与えない顔が、一瞬にして違うものへと変化する。温かい、人間味のある顔へ。

 美青年は、困ったような顔で、ぽりぽりと頬を掻いた。


 「・・・俺は、ユウに魅かれてなんかいない。だって、ユウは俺を嫌ってるんだ。でなけりゃ、なんであんなに意地の悪い事ばかり言うんだ?何時も何時も、平然と針のような言葉を突きつけてくる。俺が落ち込んだり、悔しがったりするのを見て、笑ってるような奴なんだ」

 彼はむっとした顔で、美女から顔を背けた。

 隠した顔に、何処か複雑な表情が浮かんでいる。

 まるで、母親に叱られた子供のような・・・・。

 美女は再び笑って、軽く肩を竦めて見せただけだった。


 彼女は、自分の主人をよく把握していたのだ。意地っ張りで、素直になれない所。思い込んだら突っ走り過ぎて、簡単には止まれない所。

 ユウの言ったように、まだまだ未熟な若者なのだ。

 が、一際明るい光も見えている。その光には、大きな可能性というものがあった。

 彼女の主人は、まだ成長の途中にある。だからこそ、彼女はその人に付いて行く気になった。

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