第5話
「カライマ、ナムク、ゴーリア、マリガラ、オスリア、ダンドリア、ケル、ベッダ、ラーミア、そしてメセタ。馬車を使ったり、船を使ったり、様々な方法で大陸を巡りました。そうして流れているうちに、この地へ辿り着いたのです。この森は、私の故郷に少し似ている。だから、しばらく留まってみる事にしたのですよ」
懐かしそうに目を細め、ユウはぐるりと木々を見回した。
ソニール大陸には、十の国があった。しかし戦の為に、現在ゴーリアとベッダとケルそしてラーミアはカライマ帝国の領土となっている。
今だって、カライマはナムクを落とす為、同盟国のダンドリアやマリガラ相手に戦を続けているのだ。
そんな中、ユウはソニール大陸の全ての国を旅してきたのだと言う。
ザックは、頭の芯がじんじん痺れ、鳥肌が立つような興奮を感じた。
遠い世界だと思っていた異国が、突然ぐんと目の前に近づいて来たような気がした。
「俺も何時か、旅が出来るかな?」
ザックは、期待と不安の混じり合った声で、ユウに尋ねてみた。
「・・・・それは、あなた次第」
笑って、優しく頭を撫ぜる手。
細くて長い指、けれど力強い温もり。
ユウに触れられただけで、胸がどきどきして誇らしい気持ちで一杯になる。
ザックは照れ臭そうに頬を染め、美しい人の顔を仰いだ。
流れる紅の髪が、バックの緑に映える。
「あなたが望みを捨てなければ、新しい可能性は何時でも目の前にあるのですよ」
木々の先に見える青い空、それよりもっと遠い場所を見つめ、ユウは静かに言った。
その後もユウは、ザックに色々な話をしてくれた。カライマ帝国の話や、今行われている戦の話、侵略される前のゴーリア、迫害されているラクレス教の信者、ナムクに広がる砂漠の厳しさ、大陸のあちこちで発掘されている謎の遺跡。
ユウは、何でも知っていた。国の話だけではない、変わった動物達の話も、様々な英雄達の話も、古い歴史から面白い伝説まで。時には、世にも不思議な物語まで聞かせてくれた。
彼は、そんな彼女を心の底から尊敬した。
どれくらい話していただろう、もうすっかり日が沈みかけ、そろそろ家に帰らないといけない時間。
ザックは、何時もその時間が来るのが嫌だった。家に帰りたくない。このまま、ずっとユウと話をしていたいと思う。
けれどユウは、決してそれを許さない。必ずその時間になると、ザックを残して森の奥へ消えてしまうのだ。
ザックは何度も追い掛けようとしたが、彼の行く手には必ずジグが立ちはだかって、その先に行く事を拒むのだった。
その日もやはり、ユウはさっと立ち上がって奥へ帰ろうとした。
その時、見知らぬ声がその背中を引き止めた。
「ス=ユウ殿」
凛とした、張りのある声。
少年ははっと振り返り、声の主に目を凝らした。
小道の方から、二人の人影が現れてユウを見つめている。
一人は、褐色の肌に黒い髪、黒い瞳を持った長身の女性だ。白い厚手の生地で出来た上着は、膝までの長さがあって、襟の部分がぴんと立っている。同じ生地で作られたズボン、それにロングブーツ。
歳は二十四、五くらいか、冷たい感じのする美女だった。
もう一人は、同じ年頃の美青年。薄い湖の瞳ときらめく銀色の髪、それに透き通るような白い肌を持っていた。その若者の服装も、美女とあまり変わりない。ただ、襟元に金の刺繍が入っているのだけが、二人の違いだった。
声をかけたのは、黒髪の美女。感情を一切表さない静かさで、漆黒の瞳をじっとユウに注いでいる。
ユウが、さっと振り返った。マントの裾が踊り、紅の髪が揺れる。
珍しく、口許に苦い笑みを浮かべていた。普段は柔らかな色を浮かべる翠の双眸が、今は冷たい意志を表している。
「・・・・また、あなた達ですか。何度訪ねて来られても、私の答えは同じです」
「そう固い事言うなよ」
銀髪の美青年が、涼しい声で言った。
「話くらい聞いてくれ」
ユウは真っ直ぐな視線を二人に向け、きっぱりと首を横に振った。
美青年が、苦い表情で前髪を掴む。
その隣で、黒髪の美女が朝の湖に漂う霧のように、静かな言葉を紡いだ。
「貴殿は、間違っている。運命は貴殿を求めているのに、頑にそれを拒否している。様々な国が貴殿を求めて手を伸ばし、捕まえようと必死になっていると言うのに・・・・。何時かは、望まなくとも引きずりこまれるだろう。ならば、自分に一番望ましい場所で、その才能を使う方が正しい」
「望ましい場所など、一体何処にあるのでしょう?結局は、殺し合いではないですか。軍人同士が戦うのは自由です。が、その為にどれだけ罪の無い民が犠牲になるか。私は、もう二度と人を殺す為の知恵など使うつもりはありません。戦には、興味が無いのです。どうぞ、お引き取り下さい」
くるりと踵を返し、ユウは軽く手を上げて見せた。
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