第22話

そのチケットに、私の心は揺らぐ。



これならたぶん、桃子たちも行きたがるだろう。



「わかった。誘ってみるよ」


☆☆☆


そうして文化祭に行ったのが、1年前の事だ。



「それが、なに?」



「ほら、そのときに私らのサークル身に来たでしょう?」



そういえば、お姉ちゃんに連れられて色んな教室を歩き回ったんだ。



その中のひとつが、お姉ちゃんの所属しているサークル。



バーチャル彼氏発祥の地だ。



「そのメンバーの中に、いたのよね」



そう言い、お姉ちゃんは緑色に光るカンヅメを見つめた。



向日葵――。



「サークルの人だったんだ……」



「そう。そもそも、このゲームができたのは、泉、あんたのお陰なのよ」



思いもよらぬその言葉に、私は唖然としてお姉ちゃんを見つめる。



私のお陰……?



「なに言ってるの? なんで、私?」



わけがわからず、混乱する。



バーチャル彼氏と私。



なんの繋がりもないハズだ。



「1年前の文化祭の時、あんた相当つまらなそうな顔してゲームしてたのよ。覚えてない?」



「そうだっけ?」



あまりに薄い記憶で、ボンヤリとしか思い出せない。



元々ゲームなんて興味ないし、お姉ちゃんに無理矢理引っ張って行かれた文化祭での出来事だし。



「うちらのサークルで作ったゲームを、欠伸しながら仕方なくって感じでプレイされて、瀬戸君かなり怒ってたんだから」



そう言い、思い出し笑いをするお姉ちゃん。



瀬戸君……。



やっぱり、向日葵の苗字は『瀬戸』であってるんだ。



「ごめん……」



「それで、あんたがハマるようなゲームを作ってやる! って、出来たのがバーチャル彼氏。これが出来上がるまでの間、瀬戸君ほとんど寝てないんだから」



向日葵が、私のために……。



そう思うと、頬がゆるむ。



本人は大変だったかもしれないけれど、それでも嬉しい。



「でも、残念だったね」



私はそっと呟く。



「なにが?」



「悪いけど私、ゲームにはハマってないよ」



そう。



最初はただのゲームだった。



ゲームにハマるのが、怖かった。



でも、今は違うんだよ。



ハマったのは、ゲームにじゃない。



向日葵に、なんだ――。



「お姉ちゃん私、明日行く」



「泉……」



「明日、本物の向日葵に、会いに行く!!」



青い空を見上げ、大きく深呼吸をする。



いつもより大人びた、黒いミニのワンピースに身を包んでいる。



少しだけ化粧もして、大学に入っても違和感のないように一応努力したつもり。



本当なら、これから好きな人に会いに行くわけだから、素の自分で勝負したい。



だけど、この飾りたちは私に勇気をくれるんだ。



一歩一歩足を踏み出すごとに、私は向日葵に近づいている。



ドキン、ドキン。



と、心臓は高鳴る。



早く、早く会いたいよ。



いつもゲームでしか会えなかった人。



触れられない、光の中のあなた。



だけど、確かにあなたはそこにいた。



唇の暖かさは、今でもちゃんと思い出せるから。



私は、バッグの中のカンヅメをもう一度確認した。



緑色の『死の合図』は相変わらず輝いていて、それを見ると胸が痛む。



「待っててね、すぐ、会いに行くから」



姿を見せないけれど、確かにそこにいる向日葵へ向けて、私は呟いた――。

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☆☆☆


私は目の前の茶色く大きな大学を見上げ、足を止めた。



緊張はピークに達し、校門の一歩手前で足が固まってしまっているんだ。



敷地内には何人もの大学生たちが思い思いに散歩をしたり、昼寝をしたり。



チャイムが鳴って慌ててかけていく人もいる。



高校とは全然違うその雰囲気に、圧倒される。



「あっれ? 清美の妹じゃん?」



突然後ろからそう声をかけられて、ビクッと飛び跳ねる。



振り向くと、たまに家に遊びに来るよく知った顔があった。



清美お姉ちゃんの彼氏だ。



たしか『いっちー』とかって呼んでたっけ。



その、いっちーの顔に、私は心底ホッとした。



このまま前に進めないんじゃないかって、思ってたから。



「なに? うちの大学に何か用事?」



いっちーは茶色い髪を輝かせてニッコリと笑った。



「ちょっと、人を探してて」



「人? 誰?」



「えっと……苗字しか知らないんですけど……」



そう言い、『瀬戸』という苗字を口にしようとした、瞬間――。



私は、いっちーの後ろにいる人物に目を奪われた。



緩い天然パーマと、口元のエクボ。


心臓が停止するかと思った――。



「ひま……わり」



「え?」



向日葵が、リアル向日葵が、キョトンとして私を見つめる。



会えた――。



会えた。



本当に会えたっ!!



嬉しすぎて、一瞬にして視界が歪んでいく。



「泉ちゃん? どうした?」



いっちーが心配そうに聞いてくる。



「なんでも……ない」



私は、グッと涙を押し込める。



会えたのは嬉しい。



だけど……。



「あら、こんな場所でも会うのね?」



フンッと鼻を鳴らして笑う、エマ。



向日葵のすぐ横で、向日葵と腕を絡めて立っている、エマ。

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