第21話

「すぐ行く!! 待ってて!!」



私は叫ぶように言って電話を切り、大慌てで家を飛び出した。



顔とか、随分泣いたせいで最悪だと思う。



でも、かまってなんていられない。



私は猛ダッシュで、近くのコンビにまで走っていった。



明るく光るコンビニの看板に、速度を上げる。



「よぉ」



コンビニの前まで来ると、瀬戸君がそう言って笑い、片手を上げて見せた。



本当に、いた――。



「なんで……?」



息を切らしながら、瀬戸君に近づく。



「待ってるって、メールしたから」



だからって、3時間も待つか普通?



「つぅか泉、泣いてた?」



「え……ちょっと」



「わりぃ、もしかして、俺のせいとか?」



「違う違う、大丈夫だから」



慌てて首をふり、否定する。



すると、瀬戸君はホッとしたように表情をほころばせた。



「なにかあった?」



「ううん……。あったけど、でも、大丈夫」



「言いたくなったら、いつでも言えよ?」



ポンポンと頭をなでてくれる。



暖かい手は、向日葵と同じだ――。



「瀬戸君は? どうしたの?」



「ん? あぁ、エマとの事誤解してんじゃねぇかなって思って」



あ――。



聞かれて思い出した。



そういえば今日、瀬戸君とエマ、恋人同士みたいに歩いて行ったんだっけ。



瀬戸君には申し訳ないけれど、すっかり忘れていた。



「あいつさ、好きな男がいるんだよ」



「へ……?」



思いもよらない言葉に、私はキョトンとして瀬戸君を見つめる。



「ずっと、片想いってやつ? エマの奴、モテるくせに超奥手でさ。だから俺、相談役」



そう言い、自分を指差して見せた。



そう、だったんだ……。



あの2人を見たとき、たしかにいい気分ではなかった。



エマの、真っ赤になった顔。



あれが瀬戸君に向けられたものだと思っていたから。



でも、実際は違ったんだね?



好きな人の事で相談があったから、あんなにテレてたんだ。



そう理解すると、なんだかエマがものすごく可愛く見えてくる。



口は悪いけど、それも照れ隠しなのかな?



なんて。



「エマの好きな人って?」



「あぁ。俺の兄貴」



「え? 瀬戸君、お兄ちゃんいたの?」



驚いて、目を見開く。



兄弟の話しなんてこれっぽっちもした事がなかったから、余計にビックリした。



「そ。俺と違って頭がよくて、勉強熱心なのが好きなんだと。顔は似てるのに」



そう言って、クスッと笑う顔は――向日葵。



失ったと思ったものが、今目の前にある気がした。



「お兄ちゃんって……もしかして……」



「うん?」



「神蝶大学……?」



神蝶大学。



そこは、お姉ちゃんの通っている大学だ。



「え? なんで知ってんの?」



ドキンッ。



心臓が、今までにないくらいに跳ね上がる。



「お姉ちゃんが通っててさ……。バーチャル彼氏……そこの大学で作ってるんだよね? だったらさ、生徒がモデルになったりとか、するのかな?」



何気なく聞くつもりなのに、声が震えてぎこちない。



まさか、そんなわけないって思いと。



ほんの少しの期待が入り混じる。



「あぁ、俺の兄貴もモデルやるっつって、かなり張り切ってた時があるよ? 結構前だけどさぁ?」



「――っ!!!」



私は、言葉を失った。



枯れていたハズの涙が、浮かび上がってくる。



だけど今度は、うれし泣きのほ方だ。



「うわっ? ちょ、なに? どうした?」



「なんでもないっ! 瀬戸君って、本当に最高だよねっ」



そう言い、嬉しさにまかせて、瀬戸君に抱きついた。



瀬戸君はバランスをくずし、そのまま壁に背中を当ててなんとかこらえた。



「ごめんね瀬戸君。私、瀬戸君とは付き合えない」



「は――?」



「ほんっと、ごめんなさいっ!!」



私は満面の笑顔で告白を断り、スキップしながら家に帰ったのだった――。





鼻歌を歌い、スキップをしながら部屋に戻ると、お姉ちゃんが眠そうな目をこすり、「なに?」と、くぐもった声で聞いてきた。



ついさっきまで泣いていたハズなのに、もう笑っている私。



お姉ちゃんの怪訝そうな顔は仕方がない。



「私、決めたの」



「決めた……?」



「うん! 本物の、向日葵に会いに行く!!」



その言葉に、お姉ちゃんは何度か瞬きをして、それからようや目が覚めたように私を見つめた。



「それ、本気?」



「もちろん」



大きく頷く私に、清美お姉ちゃんは真剣な表情になる。



「これって、偶然じゃないと思う。お姉ちゃんが向日葵を私に持って帰ってきたのって、なにか理由があるんじゃないの?」



前々から、どうして急にゲームなんて持って帰ってきたのか、疑問だった。



『バーチャル彼氏』にハマるたびにその疑問は薄れていって、どうでもよくなっていた。



だけど、今回は違う。



瀬戸君と、向日葵は兄弟かもしれない。



そして、向日葵の通う大学には、清美お姉ちゃんがいる。



これはもう、偶然で済まされるようなものじゃない。



「なにか、隠してるんでしょう?」



まっすぐに、お姉ちゃんを見つめる。



すると、お姉ちゃんは観念したように、そっと口を開いた――。


☆☆☆


それは、丁度1年前の文化祭の日。



「お願いっ!!」



私の目の前に、両手を合わせて頭を下げるお姉ちゃんの姿があった。



私は今にも出かけるという格好をしていて、その行く手をはばむように清美お姉ちゃんは立っていた。



「でも、桃子たちとカラオケ約束しちゃったんだよ」



困ったように、時計とお姉ちゃんを交互に見つめる。



約束の時間まで、あと15分。



もう家を出ないと、約束場所まで間に合わない。



「そこをなんとかっ!!」



「でも……。なんで文化祭?」



お姉ちゃんは、神蝶大学の文化祭に友達を連れてきて欲しい。



と、朝起きたときから懇願してきているのだ。



「絶対に楽しいからっ!!」



「そうかもしれないけど……」



でも、今日のカラオケはずっと前から約束していた事なんだ。



今更変えられない。



「1年生は客寄せしなきゃなんないのよっ! ほらこれ、タダ券」



そう言って、お姉ちゃんは数枚のケットを私の手の中に握らせた。



なにかと思ってみてみると、今日の文化祭のコンサートチケットだ。



結構有名なアーティストが来るらしい。



「あぁ~……」

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