第20話
ごめんね向日葵。
ずっと1人でいさせちゃって。
「やっぱり……」
「どうしたの?」
「これを見なさい」
真剣な表情をするお姉ちゃんが、カンヅメを渡してくる。
私はそれをマジマジと見つめるが、なにがおかしいのかわからない。
そして、カンヅメをクルリと角度を変えてみたとき――。
「え……?」
後ろの、3つのボタンが緑色に光っている。
今まで、この3つのボタンが光っている所なんて見たことがない。
「これ、どういう事?」
「『死の合図』」
え――?
ドクン。
と、心臓が跳ねる。
嫌な汗が背中から噴出しているのが、わかった。
「死の……合図?」
「そうよ。この3つのボタンが光るのは、バーチャル彼氏が故障した時か――」
お姉ちゃんは、大きく息を吸い込む。
「自分から、ゲームを降りたときよ」
瞬間、私の頭の中は真っ白に染まる。
故障した時か、ゲールを降りた時。
小刻みに手が震え、持っていた缶詰が音も立てずに床に落ちた。
それって、どういう事?
もう、向日葵に会えないってこと?
そう理解すると同時に、今までの向日葵との思い出がウワッとあふれ出してきた。
言葉を理解してくれなかった向日葵。
一緒に喫茶店や水族館にも行った。
すごい記憶力を発揮してくれた向日葵。
心を開いて、今まで隠れていた意地悪な部分も見せてくれた。
そして……キスも、した。
「泉、バーチャル彼氏は、どこまでリアルに作られているとおもう?」
その問いかけに答えられず、私は首を振るしかなかった。
「バーチャル彼氏は、食べたり飲んだりしない。だけど、その分は彼女と会って、話をする事でおぎなっているのよ。
つまり――、バーチャル彼氏を何日も放置する時点で、それは飲まず食わずの人間と同じなのよ」
じゃぁ……向日葵は一週間も飲まず食わずで……?
だから、自分からゲームを降りたんだろうか?
それとも、故障?
私は心に大きな穴が開いてしまったように、その場にしゃがみこんだ。
光続けるボタンを押して、向日葵の名前を呼ぶ。
「無駄よ……」
お姉ちゃんが、小さく呟く。
「向日葵、お願い、出てきて?」
喧嘩してしまったときのように、何度も理由を説明し、何度も名前を呼ぶ。
向日葵、もう一度私に笑顔を見せて。
もう八つ当たりしたりしない。
真っ暗な中で一人ぼっちにもしない。
約束するよ。
だから、もう一度――。
「向日葵っ!! 向日葵、ねぇ、出てきてよ!!」
もう二度と向日葵に会えないの?
本当に本当に、もう会えないの?
「やだ……やだよっ!!」
ブンブンと強く首を振り、こらえきれない涙を流す。
「ねぇお姉ちゃん!! これお姉ちゃんが作ったんでしょ? 直せるよね?」
すがるような私から顔を背け、清美お姉ちゃんは横に首を振った。
そんな……。
どうしたらいい?
どうしたら、もう一度向日葵に会える?
「私、なんでもするよ? お姉ちゃんの手伝いとか、頑張るからっ!! 本当は直せるんでしょ? お姉ちゃん、たまに嘘ついて私のこと困らせるじゃん? 今回だって――」
「泉、もう無理なのよ」
私の言葉を静かにさえぎり、お姉ちゃんは言った。
本当に、本当に、小さな声で。
だけど、その言葉は大きなナイフとなって、私に突き刺さる。
『もう無理なのよ』
嘘、偽りの色が感じ取れない、お姉ちゃんの言葉。
私は、握り締めていたカンヅメをスルリと床に落とした。
「向日葵……」
小さく、呟く。
私の責任。
私が、一週間も向日葵を放置していたから。
自業自得。
でも……。
なんでこんなに涙が出るんだろう――。
向日葵がいなくなって、散々泣いて泣いて泣いて。
気付けば夜になっていた。
ベッドにうつぶせになって泣いていたから気付かなかったけれど、お姉ちゃんがベッドの下に座って規則正しい寝息を立てている。
ずっと、一緒にいてくれたんだ。
私は鼻水をすすりあげ、清美お姉ちゃんに毛布をかけた。
「ごめんね」
小さく言うと、ひどい鼻声になっていた。
握り締めていたカンヅメを、そっとお姉ちゃんの隣に置く。
せめて、ちゃんとした場所に帰してあげたい。
私がずっと持っていても、向日葵が直ることはないんだから。
暗い部屋の中、チカチカと携帯電話が点滅しているのが目に入った。
誰からだろう……。
泣きずぎてズキズキと痛む頭を抑えつつ、確認する。
着信3件。
メール2件。
着信は全部瀬戸君からで、メールもそうだった。
1件目は、今日の謝罪の文章。
そして、2件目は――。
《from:瀬戸君
電話も出ないし、メールの返事もないから、すごく不安だよ。
今から出れない?
近くのコンビニで待ってる》
今から……?
メールの時間を確認すると、8時30分。
今の時刻は――11時前だ。
どうしよう。
さすがに、もう帰っているだろうけれど、一応行ってみるべきだろうか?
決断に迷って部屋の中をウロウロしていると、携帯がなりはじめた。
大音量のそれに思わずビクッと跳ねて、慌てて出る。
「も、もしもし?」
お姉ちゃんが眠っている横だから、声を絞る。
――もしもし、泉?
昼間きいたばかりの瀬戸君の声に、心がホッと落ち着いていく。
「うん、そうだけど」
――メール、見た?
「今見たよ」
――そっか。つぅか俺、まだお前のこと待ってんだけど。
そう言い、ハハッと笑う瀬戸君。
待ってるって……。
コンビニで?
8時30分から、ずっと?
「うそ……」
――うそじゃねぇから。早く来てほしくて電話した。
そんな……。
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