第23話

人生最大の喜びを感じたのもつかの間、私は一気にどん底へと突き落とされる。



そうだった。



エマも、向日葵のことが好きだったんだ。



グッと下唇をかみ締める。



勝てるワケないじゃない。



なに、やってんだろう。



1人で突っ走って、最強ライバルの存在を忘れるなんてさ。



「これ、返しに来ただけです」



震える声をかくし、バッグからカンヅメを取り出す。



「それ――」



「やだ、まだそんなゲームしてたの? 気持ち悪い」



向日葵が言いかけた言葉をさえぎり、エマが笑った。



私はカンヅメを向日葵に渡し、「ごめんなさい。故障してしまいました」と、頭を下げる。



下を向いたことでほんの少しだけ涙がにじんだから、慌てて顔をおこし、ニコッと笑って見せた。



「でも、とっても楽しいゲームでしたっ!!」



それだけ言うと、早足に大学を後にする。



バカだ、私。



こんなことが言いたいんじゃない。



こんな終わり方したら、きっと、一生向日葵に会えない。



「ぐすっ……」



大学が見えなくなってくると、私は歩調をゆるめ、鼻水をすすりあげた。



やだよ……。



こんな、気持ちを伝える事もないまま終わるなんて。



やだよ……。



このまま、ゲームも終わってしまうなんて。



やだよ……。



会いたいよ、向日葵――。



「ボクノ ナマエヲ オシエテ クダサイ」



ぐす……。



涙でにじんだ視界の中、機械的な声が届いた。



手の甲で涙をぬぐい、そっと振り返る。



そこには――。



額に汗を光らせ、呼吸を荒くした、向日葵の姿が――。



「な……んで?」



「ボクノ ナマエヲ オシエテ クダサイ」



向日葵の、笑顔。



ずっとずっと好きだった向日葵の、本物の笑顔。



「向日葵……」



私が呟くと、向日葵は大きく首を振り、それを否定した。



「違うよ。僕の名前は……瀬戸成樹(セト ナルキ)」



瀬戸成樹――。



頭の中でその名前を繰り返す。



「会うのは2度目だね、泉ちゃん」



「ひまわ……成樹さん」



「弟が世話になったらしいね」



その言葉に、私はポッと赤面する。



突然、瀬戸君とのキスを思い出してしまったからだ。



「成樹さん、エマはいいんですか?」



さっきから、エマの姿がない。



もいかしたら大学に置いてきてしまったのだろうか。



「かまわないよ。あの子も、素直になるだろうからさ」



素直に……?



言っている意味が分からず、私は首をかしげる。



「エマちゃん、本当は俺じゃなくて弟の事が好きなんだよ」



「え……えぇ!?」



エマが、瀬戸君を!?



「簡単には素直になれないんだよね、女の子って」



そう言い、クスクスと笑う成樹さん。



信じられない……。



あんなに赤面してた本当の原因が、瀬戸君だったなんて。



だけど、不器用にでも一緒にいる方法が『お兄さんを好き』でいることだったのかもしれない。



それをネタに瀬戸君に近づくくらいしか、出来なかったんだろう。


恋をしてしまうと、みんな臆病だ。



臆病だけど、強くなる。



「ま、それは俺もだけどね」



歩きながら、そんな事をポツリと呟く。



「え?」



「ゲームをつまらなそうにプレイしてたからって事を理由にして、泉ちゃんに近づいた……」



え……?



見ると、真っ赤な顔をしてハニカミ笑顔を見せている。



「それ……って」



「ん……。ごめんね? 本当は俺一目ぼれだったんだ」



「ちょ、ちょっと、待ってくださいっ!」



私は公園の真ん中で立ち止まる。



さっきから心臓うるさいっ!



だけど、ハッキリと言ってもらわなきゃわからない。



「だからさ」



「こういうこと」



囁くように耳元でそう言い、成樹さんは私にキスをした――。



あの時、向日葵と交わしたキスとそっくり。



だけど、今度はすごくリアルに感触が伝わってくる。



唇同士が求め合い、なかなか離れない。



「私……頭悪いんですっ! だからちゃんと、説明してください」



真っ赤になりながら、必死で言葉を探す。



キスじゃ、わからない。



「ったく」



クシャッと前髪をかきあげ、照れた顔で私を見つめる。



「1年前の文化祭のときから、僕は泉ちゃんを好きだった。だから、リアルなバーチャル彼氏を作って、君にあげたんだ。ゲームの中で彼氏彼女として過ごすうちに、少しでもいいから僕に好意を抱いてほしくて……」



聞いているうちに、涙がにじみ出てくる。



嬉しくて、嬉しくて。



だけど、最初から成樹さんの思い通りに動かされていたってわかると、どこか悔しくて。



その悔しさまで全部が愛しいだなんて、本当に重症かもしれない。



「私の心臓さっきからおかしいんです」



そっと、成樹さんのたくましい胸に両手を当てて言う。



「成樹さんに会ってから、ずっとずっとうるさいんです。なにかの病気かもしれない。責任、とってください」



そう言うと、成樹さんは一瞬驚いた顔をして、それからそっと私を抱きしめてくれた。

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「その病気っていうのは、恋の病?」



「そうかも……しれません」



「だったら、一生治らなくていい」



成樹さんは意地悪そうにクスリと微笑み、熱く深いキスをした――。

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