第17話
「あいつらは一応エマの取り巻きって奴だけど、俺は違う。エマが勝手に引っ付いてきてんだよ」
はぇ……?
エマが?
勝手に?
「……うっそだぁぁ!!」
思わず、大声で全否定していた。3
だって、あの女王様がよ?
固定の彼氏は作らず、色んな男を手玉にとって利用してるエマがよ?
自分から男に声をかける必要なんてどっこにもないじゃない!!
「お前、結構ひでぇ事言うなぁ」
見ると、傷ついた顔をして私を見つめる瀬戸君がいた。
「あ、ごめんなさいっ! 私びっくりちゃって……」
「いいよ、別に」
そう言って、今度はフワリと笑う。
ドキン。
私の心臓が跳ねる。
この人の笑顔、向日葵に似てる――。
全体の雰囲気も、どことなく向日葵に近いものがある気がする。
「その代わりさ」
「え?」
「キス、してよ」
はあぁ――!?
突然の言葉に、私の口は半開き。
今、向日葵に雰囲気が似てるって思ったところで、それで『キス、してよ』なんて、向日葵と似たような事を言われちゃったら――。
私は真っ赤になって瀬戸君を見つめる。
「あはは。そんな、照れなくていいじゃん」
「や、だってさ……」
そんな事をおねだりされて、照れない子はいないと思う。
「それとも、俺とは付き合えないから、嫌?」
「え――」
返事に、詰まる。
瀬戸君の事は嫌いじゃない。
でも、好きかどうかを聞かれたら、時間が浅すぎて答えられない。
眉間に眉をよせてうなり声をあげていると、瀬戸君はプッと笑い出した。
「な、なによっ?」
「ごめんごめん。そんな、必死で考えるなんて思わなくて……。ゆっくり、好きになってくれたらいいからさ? だから、今はキス――」
そう言って、目を閉じる。
長いまつげも、向日葵に似ている。
私はそっと瀬戸君に顔を近づけた。
ちょんっと、触れるだけのキス。
これ以上は、無理。
「ふふっありがとう」
恥ずかしさで死んでしまいそうな私のおでこにキスをして、瀬戸君は言った――。
人生初の告白を経験した私は、半場放心状態のまま教室へ戻ってきていた。
その時にエマの取り巻きから何か言われたような気がしたけれど、覚えていない。
「ちょっと泉、大丈夫だったの?」
時間はすでに昼休み。
今までなにしていたんだと詰め寄る桃子。
「あ……えっと、まぁ、ちょっとね」
「なによ、その曖昧な返事は!!」
イライラしたように、桃子が怒る。
でも、あの告白を説明すると、出会いまで説明する事になって、そうしたらどういう事態になるか、だいたい予想ができる。
だから、ハッキリ何があった。
なんていえないんだ。
「向日葵に……」
「え?」
「向日葵に、似てる人がいた」
私は瀬戸君を思い出しながら、呟くように言った。
それと同時に『キス、してよ』というあの言葉も思い出す。
「それって、バーチャル彼氏のモデルになった人ってこと?」
「ん~ん。それは違うと思う。ただ、雰囲気とか、ちょっとした仕草とか――」
意地悪そうなところとか。
「へぇ、そうなんだ? で、その人に一目ぼれしちゃったってわけ?」
「へっ!? いや、なんでっ!?」
桃子の言葉に、思いっきり動揺する私。
「ほら、図星だ」
そう言って、最後のご飯を口にかきこむ桃子。
図星?
図星なの? 私っ!?
正直、自分の気持ちをまだ理解できなくて、とまどうばかり。
「いいんじゃない? 恋に落ちるのに時間なんて関係ないしさ」
「時間……」
そうだ。
私は、時間が浅すぎて瀬戸君の事を好きだと言えなかったんだ。
でも、じゃぁちゃんと時間を重ねていたら?
そうしたら、付き合ってたの?
違う……。
私は、桃子をジッと見つめる。
時間なんて関係ないんだ。
私、きっと今のこの状態でも、瀬戸君のこと――。
「好き」
「うん、やっぱり?」
自分の気持ちにようやく気付き、真っ赤になってうつむく私。
好き。
好きなんだ、私。
瀬戸君の事。
それを理解した瞬間、胸の奥がギューッと締め付けられて、キスされた事を思い出すと、きゅんっと音を立てる。
すごい、
私の胸、全部瀬戸君に反応してる。
でも……。
瀬戸君の顔を思い出すと同時に、向日葵の顔を思い出してしまうのは、なぜなんだろう――。
☆☆☆
学校が終わって家に帰ると、私は真っ先にカンヅメを手にしていた。
今日のこと、向日葵に相談してみよう。
帰ってくるまでの間に、そんな考えに至っていた。
1人で考えたって、答えは出ない。
私の事を信頼してくれている向日葵なら、きっといいアドバイスを――。
と、そこで思考回路が止まった。
ボタンを押そうとしていた手が、空中で迷子になる。
『バーチャル彼氏なんかやめて、俺にしときな?』
言われたことが蘇る。
やっぱり、変なのかな?
私は脱力したように缶詰をテーブルに置いた。
床の上に膝を立てて座り、ジッとそれを見つめる。
カンヅメの中の王子様。
呼べばいつでも出てきてくれる。
人間じみているとか、人間に近いとか、そんなものを通り越してしまった、偽者王子。
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