第15話

私、なにやってんの?



バーチャル彼氏とキスだなんて、しかも照れちゃうだなんて、絶対絶対どうかしてる。



「ありがとう、泉」



そう言って微笑む向日葵は、まるで小悪魔のようだった。



私が照れまくりなのを分かっているくせに、「もう一度、して?」なんて催促をしてくる。



「や! もうしない!!」



ブンブンと大きく首を振り、それを拒否する私。



すると、途端に泣きそうな顔になっていく。



え?



ちょっと、待ってよ。



慌てる私に、「泉、本当は僕の事好きじゃないんだ」と、更に追い討ちをかけてくる。



「待って、そうじゃないの。ただ、すごく恥ずかしくてっ!! ほら、私キスとか始めてだしさ?」



「へぇ? ファーストキスだったんだ?」



ニヤリ。



うぇぇっ!?



その笑顔にギョッと目を見開く私。



なに?



なに?



なんなのさっきからっ!!



キャラクターが完全に破壊してきている向日葵に動揺を隠せない。



「だから、あんな一瞬触れるだけだったんだ?」



「んなっ! だって、その、えっと……」



言い訳したくても、何も言えない。



向日葵の小悪魔は更にエスカレートする……。



その時だった。



「ただいまぁ。泉、どう? 向日葵と仲直りしたぁ?」



と、救いの天使が帰ってきた。



「清美お姉ちゃん!!」



私はダッシュでお姉ちゃんの後ろに回る。



「なになに? どうした?」



驚くお姉ちゃんに、ついさっきの出来事を一部始終話してきかせた。



「はははっ!! 泉、それはいい兆候だと思うよ?」



「いい兆候? 向日葵のキャラ破滅がっ!?」



「と、いうか。泉が心を開いたおかげで、向日葵もようやく素を見せれるようになったんじゃないかな」



へ……。



向日葵の、素?



私はてっきり、最初から向日葵はこういう性格なのだと思っていた。



優しくて、頭がよくて、物覚えもいい。



そんな向日葵しか、見たことがない。



「そんな完璧な人間なんていないもの。向日葵だって多少の裏表はあるの。裏を見せてくれるようになったって考えれば、2人関係は順調よ」



そう言い、私の肩をポンッと叩いて部屋を出るお姉ちゃん。



向日葵の、裏――。



『2人の関係は順調よ』



その言葉に、一瞬ポッと頬が染まる。



「なに、照れてんの?」



「べ……つに!」



否定したけれど、向日葵はクスクスと笑う。



「泉、顔に出すぎ」



「えっ?」



「ほら、真っ赤」



そう言い、私の頬に手を伸ばす。



ドキン――!!



「なに? さっき僕にファーストキスまでくれたのに、触れただけで何で照れてるの?」



「うっ……!」



「もしかして泉、彼氏いたこともないの?」



図星を突かれ、私はグッと歯を食いしばる。



向日葵の楽しそうな笑顔がドSだと知らせている。



向日葵の素顔は、ドS!!



「じゃぁさ、僕が泉の初めて、全部奪ってあげるよ」



「――……っ!」



そんな恥ずかしい発言をサラリとぬかした後、向日葵は私にキスをした――。





「はぁ~」



ため息は幸を逃がすというけれど、それが本当なら私はどれだけの幸を逃がしているのだろうか。



青空が憎たらしいなんて事、生まれて始めてだ。



「泉、ため息ばっかり、どうしたの?」



学校へ行く途中の通学路。



桃子に声をかけられて、私は立ち止まった。



「おはよう」



と、死にそうな声で返事をして、肩を落として歩く。



まさか、向日葵があんなドSで俺様な奴だとは思わなかった。



っていうか、完璧二重人格、だよね!?



「伊藤エマとなんかあった?」



「え? あぁ、そんな事もあったっけ……」



正直、エマのことなんてすでに忘れ去っていた。



そんな自分にハハハと乾いた笑い声を上げて、そして再びため息。



すると、前方に見慣れた顔の男子が現れた。



「あれ? 泉?」



「瀬戸……君?」



ギョッとして瀬戸旭を見つめる私。



相手も、私を見て驚いている。



「なになに? 2人とも知り合い? っていうか、隣のクラスの瀬戸君だよねぇ? イケメンで有名のっ!!」



私たちが見詰め合っているのを見て、桃子が言う。



「あぁ、うん。そんな感じ」



曖昧に頷く。



ここで否定したら、妙な誤解を招いてしまう。



「うっそぉ! いつの間に? どういう経由で知り合ったの?」



目を輝かせて質問攻めを始める桃子に、私は困ったように瀬戸君を見た。



「隣のクラスなんだから、偶然話す機会があったんだよ」



困った私の間に立ち、瀬戸君が適当に話しをしてくれる。



まさか、私たちの出会いを最初から最後まで話すなんてできない。



そんな今年たら、桃子はエマに殴りかかるくらいしそうだった。



なぜだか3人で学校へ向かう、私たち。



でも、話をしているのは主に瀬戸君と桃子だけ。



私はというと、何か口にするとボロが出そうで、何もいえなかった。



「じゃ、ここで」



やっとクラスの前まで来て、ホッと安堵のため息を漏らす。



「じゃ、またね」



桃子がパタパタと大きく瀬戸君に手を振る。



瀬戸君は手を振り返しつつ、私の方を見て、軽くウインクしてみせた。



うっ……。



そのキラキラしたクールな王子オーラに、一瞬ドキンッとする。



っていうか、ウインクって……。



他に生徒がいないからって、恥ずかしくないのか?



なんて考える。



瀬戸君といい、向日葵といい。



王子様キャラってなんでこんなに輝いてて、自分勝手で、恥ずかしげもないんだろう。



そこが魅力といえば、そうなんだけど……。



「あ~ら、おはよう。泉さん」



その高らかなソプラノ声に、背筋がゾクッとする。



声の持ち主は、もちろん伊藤エマ……。

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