第13話

向日葵との喧嘩が原因で、私はしばらくバーチャル彼氏をプレイすることはなくなった。



自分がゲームにハマリ過ぎている事を自覚し、しばらくお休みする事にしたのだ。



このままハマリ続けると、清美お姉ちゃんに向日葵を消されるかもしれない。



それだけは、避けたかった。



そして、土曜日――。



なにもせずに、ただゴロゴロとベッドの中で過ごす休みの日。



普段だったらすぐにまどろんでくるのに、今日はなんだか二度寝が出来ないでいた。



どうしても、目は机の方へ向いてしまう。



カギ付きの引き出しには、向日葵がしまってある。



もう何日顔を見てないんだろう。



本当はほんの数日だけ。



でも、それが何ヶ月も何年も経っているように感じてしまう。



「うぅ~っ!!」



私は向日葵の顔を脳裏から消すため、枕に強く顔をうずめた。



少し汗を吸った匂いがして、仕方なく日の当たるベランダまで持って出る。



「布団も干そうかな」



ベランダ思った以上に心地よく、そう呟いて一旦部屋へ戻り、布団を引きずるようにしてベランダへ出た。



「気持ちいい~」



小春日和に目を細める。



布団と一緒に干されたら、私もフカフカになるかなぁ?



なんて考えて、しばらくその場から動けなくなる。



ボーッと低いベランダから隣の家の屋根を眺めていたとき、不意に後ろから声がした。



「ルイ、レイ、散歩でも行こうか」



お姉ちゃんのその声に、一瞬ドキッとして、振り返る。



お姉ちゃんは光の缶詰を持ち、部屋から出てきたところだった。



「どっか、行くの?」



思わず、声をかける。



嬉しそうな清美お姉ちゃんが、どうしても気になって。



「うん。ちょっと3人で散歩」



「でも……その2人、我侭だって言ってなかった?」



私は、困った顔のお姉ちゃんを思い出す。



あの時は、ルイもレイも何から何まで質問攻めをして、納得するまで解放してくれない印象を持った。



「それならもう改善されたわよ」



「え? そんなに早く?」


驚く私に、清美お姉ちゃんは笑う。



「結局、相手は人間だもの。納得いくまで会話を続ければ、問題は解決するのよ」



「でも、それって面倒じゃないの?」



「最初はね? でも、その壁を乗り越えたあとは、暗黙の了解ってものも出来る。今は2人とも、わざわざ口にしなくても色々と理解してくれるようになったわ」



だからか。



お姉ちゃんの、嬉しそうな笑顔の理由。



「で……もさ、話せない事とかは、どうするの?」



私は、また向日葵の事を思い出す。



あんなに、依存しないようにって気をつけてたのに。



「それは、相手を信頼してない証拠よ」



「え――?」



ドキン。



心臓が跳ね上がる。



「バーチャル彼氏と言っても、相手は『彼氏』なのよ? 会話を続ける内に信頼関係も生まれるようにインプットされてるわ。だから、後はプレイする側が心を開くかどうかで、ゲームも変化していくわ」



「変化って……?」



「例えば、パソコンゲームなんかであるバッドエンドに進む場合もある。カップル不成立で強制的にゲームを終了されたり、喧嘩別れもあるわ」



「じゃぁ……」



そこまで言い、喉まで出た言葉を飲み込む。



喧嘩して、しばらく顔を見てないと、どうなるの?



保存せずに終わったから、平気なの?



それとも――?



「向日葵と、なにかあった?」



「――…っ」



私は、向日葵との出来事をすべて話した。



エマの事は口に出さなかったけど、なんとなく、なにかがあったんだってことは理解してくれたみたいだ。



話し終えると、清美お姉ちゃんは難しそうな顔で、うなり声を上げた。



「それ、きっと向日葵が保存してるよ」



「へ……?」



「なにか大切なイベントや大きな変化があると、自動的に保存する機能がついてるの。だからきっと、向日葵は忘れてない」



「そんなっ!! じゃぁ――」



「話してあげるんだね。向日葵が納得するまで」



ドキン。ドキン。



お姉ちゃんの言葉に、鼓動が早くなる。



少しでも好意を抱いている異性に、素直に話しなんてできるだろうか?



あなたの事が原因で、イヤガラセをされました。



なんて――。



「もし、向日葵にも心を開けないなら――本物の彼氏が出来ても、心を開けないって事だよ」



ゆっくりとそう言うお姉ちゃん。



ゆっくり、優しくなんだけど、胸に突き刺さってくる。



そうだよね……。



向日葵はバーチャル彼氏。



ゲームの彼に遠慮することなんて、なにもないハズなんだ。



「わかった……。ありがとう」



私が小さく言うと、お姉ちゃんが「頑張れ」という言葉を残し、ルイとレイを連れて散歩に行った。



信頼か――。



あんなに心配してくれたって事は、向日葵は私を信頼しててくれたのかな?



だから、『どうして僕に嘘をつくの?』あの言葉の意味。



今なら、わかるかもしれない――。


☆☆☆


私はお姉ちゃんたちを見送った後、自分の部屋へ戻っていた。



手のひらにのっけた、バーチャル彼氏。



じっとそれを見つめ、深呼吸。



向日葵、傷ついてるだろうな。



それよりも、怒ってる?



どんな顔をして合えばいいんだろう……。



恋愛初心者の私はすべてが始めてのことばかり。



教えられた事を素直の実行するのが、難しい。



部屋のテーブルを端っこによけて、そこに向日葵を置く。



向日葵は、ちゃんと理解してくれるだろうか?



また、初期段階みたいに会話が成り立たない場合があるんだろうか?



そんな不安ばかりがわいて出る。



でも……。



私は大きく深呼吸。



そんなグチャグチャな考えを綺麗サッパリ捨てて、向日葵のスイッチを入れた。



「向日葵」



彼の名前を呼ぶ。



そう、彼、なんだ。

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