第12話
☆☆☆
家の前まで帰ってきて、瀬戸君にお礼を言って別れ、そして、少し深呼吸。
まだ授業の残っている時間。
なんて言って家に帰ろうかと考える。
まさか、本当のことなんて言えるワケもない。
う~ん……。
と、頭を悩ませること約十分。
無難に体調不良って事に決め、玄関のノブに手をかけた……その時。
まだ握ってもいないノブが動き、ガチャと音がしてこちら側へ開いた。
私は咄嗟に数歩後ずさりする。
が、隠れる暇はなかった。
中からカバンを持ったお母さんが出てきて、目をパチクリさせる。
「あんた、どうしたの?」
怪訝そうにそう言うお母さんに、
「え、あの、えっと」
と、焦りまくり。
言葉がつっかえ、『体調が悪くて』の一言が出てこない。
ジッと黙ったままお母さんと見詰め合う事、数十秒。
「そうだわ」
沈黙を破ったのは、お母さんのそんな言葉。
ポンッと手を叩き、思いついたような笑顔。
「な、なに!?」
「丁度よかった。今日はタマゴが安い日なんだけど、1人1パックまでなのよ。
泉、ついてきて頂戴」
と、私の手を引いて車へ向かう。
「え、ちょっと……」
ついていくのは別にいい。
でも、なにも聞かなくていいの?
問いただされたら困るくせに、そんな事を考える。
「ま、若いうちは色々あるわよ」
車を発進させるとき、お母さんは物知り顔でそう言い、微笑んだのだった。
☆☆☆
「ふぁ~! 疲れた」
買い物から帰った私はそんなだらしない声と共に、ベッドへ身を投げ出した。
なんだか、とても疲れる1日だ。
今までの――向日葵と出会う前までの――平凡な日々は嘘のよう。
なんだかんだ、毎日イベントが起こっている気がする。
こんな時は――。
私はベッドに寝転んだまま目だけカバンを見た。
やっぱり、向日葵の笑顔かな。
なんて思って、ノッソリと体を起こす。
本当は精神的にひどくくたびれて、すぐにでも寝たかった。
でも、私の手は向日葵を起動させていたんだ。
「こんにちは、泉」
いつもの笑顔を見せてくれて、ホッとする。
心が安らぐ瞬間、っていうのかな。
肩の力が抜ける。
「こんにちは、向日葵」
向日葵の声って、低くて澄んでて、胸に心地よく響くんだ。
これも、実在人物を再現した声なら、きっと歌がすごく上手。
頭もよくて、かっこよくて……。
色んな子から告白とかされてるのかな……。
なんて、思いをめぐらせる。
「泉? どうしたの?」
「ん? なんでもないよ」
そう言い、笑う。
しかし、向日葵につくり笑顔はきかないらしい、さっきまでの表情とは打って変わり、不安そうな色を見せる。
「でも泉、今日はいつもと違うみたいだよ」
「え……?」
「ほら……」
不意に、向日葵は私へむけて手を伸ばした。
もちろん、触れる事のできない光。
でも、その光の暖かさを感じた。
「涙の痕」
そう言われ、私はハッとして自分の頬を両手で包み込む。
もしかしたら、お母さんもコレに気付いたから何も言わなかったのかもしれない。
「な……なんでもない!」
「泉、涙の痕は泣いたからできるんだよ? なんでもないなら、涙は出ない」
私よりも苦しそうな表情の向日葵。
やだ……。
そんな顔、しないでよ。
胸が思いっきり締め付けられる。
まるで、自分が向日葵を傷つけているような感覚だ。
「でも、なんでもないから。大丈夫」
そう言い、微笑む。
でも……向日葵は、それを信じてくれなかった。
向日葵は大きく首を振り。
「ちゃんと話して? じゃなきゃ、納得できない」
と、真剣な顔になる。
さっきからひっきりなしに指遊びをしているのは、困ったときの向日葵の癖だろうか……。
私はその手をそっと包み込む……素振りをする。
重ねられた手に反応して、向日葵がそっと手元を見つめた。
こういうのも、ちゃんとインプットされてるんだ。
そう思うと、何故だか寂しくなる。
本物のあなたは、今どこかで本物の彼女と一緒にいるの?
なんて事、考えて――。
「大丈夫よ」
と、また素直じゃない返事をする。
だけど、向日葵の顔は見れない。
さっきから、心の中がまたうずき出した。
心配してくれるのは嬉しい。
でも、私がいつもと違うのは、この涙は、一体誰が原因なの?
向日葵さえいなければ、こんな思いはしなかったんじゃないの?
ただの八つ当たりとわかっている感情が、泡のようにとめどなく浮き上がる。
「泉、嘘ついてるよね?」
少し上から浴びせられる言葉。
「どうして僕に嘘をつくの?」
切なそうな声。
「泉は、僕の彼女でしょ?」
恋人への、気持ち――。
「うそつき」
震える声で、そう言っていた。
「『彼女』だなんて、うそつき!! 困った顔も、なにもかもがインプットされてるだけでしょう!? 私はそんな嘘はいらないのっ!!」
叫ぶように、言っていた。
なに、言ってんの?
相手はバーチャル彼氏なのに。
嘘とか本当とか、もう1人の自分が笑ってみてる。
「それにさ、この涙の理由は向日葵にあるんだよっ!!!」
私は、この最低な出来事を保存せず、向日葵を閉じた――。
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