第10話

☆☆☆


それからは、何事もなく時間は進んで行った。



結局、ラクガキの犯人が誰かはわからない。



でも、知りたいとも思わない。



別に違法なことをしているワケじゃないんだから、堂々としていればいい。



そんな態度が、気に入らなかったみたいだ。



昼休み、いつものように桃子と一緒にお弁当を広げようとしていた時。



「今日は『バーチャル彼氏』で遊ばないのぉ?」



そんな、いやみったらしい声が、私の耳に届いた。



振り向くと――。



クラス1の美少女、伊藤エマ(イトウ エマ)だった。



彼女は大きな目を細め、艶のある漆黒の髪をなびかせ、鮮やかな赤い唇を薄く開けて笑った。



ラクガキの犯人はこいつか……。



男子からは超人気。



今も数人のクラスメイトたちをご飯を囲んでいる。



女子からは超不人気。



友達なんて1人もいない。



「学校の裏に呼び出されて告白されてるとき、偶然みちゃったのよね」



サラッとそう言い、うふっと笑う。



そのフェロモンむんむんな笑顔に、単純な男どもは騙される。



「あなたのバーチャル彼氏、まぁまぁね」



『まぁまぁ』



その言葉に、カッチーンとくる。



キッとエマを睨み、「あんたに告ってくる男なんかより、数倍カッコイイわよ!!」と、言い返してやった。



「なんですって?」



これには、いつも綺麗なエマも表情をゆがめた。



ついでに、取り巻きの男どもも。



「俺たちがブサイクだとでも言うのかよ」



「うっさいな! 女同士のケンカに男がでしゃばるな!」



私が渇を入れると、エマは、「おもしろいわね」と、笑った。



おもしろ?



なにが?



どこが?



私の大事なバーチャル彼氏をけなされて、何がおもしろいんだっ!



私は今にも飛びかかってくらいつきそうなほど、エマを睨む。



「フンッ……」



えまは鼻で笑うと、フイッと後ろを向き、もう興味はない。



というように去っていてしまった。



取り巻きたちも、時折振り返り、私に向けてチッ! と、舌打ちしつつ、エマと一緒に教室を出て行った。



「なんなのよ」



腹の立つ奴が出て行った後も、フーフーと鼻息の荒い私。



「まぁまぁ、落ち着いて」



桃子に言われるが、腹の虫は治まらない。



私はウインナーにガッ!!と箸をつきたて、そのまま食べた。


☆☆☆


そんな嫌な事があった後も、向日葵の笑顔を見ると癒される。



「こんばんは、泉」



「こんばんは、向日葵」



変わらぬ笑顔が心を柔らかく包んでいくようだ。



「今日は、どうしたの?」



「今日? 今日は学校に行って、1時間目は数学で、でも全然わからなくて――」



「そうじゃなくて」



私の話しを、首を振って否定する向日葵。



「え? なに?」



「今日の泉、ちょっと違うよ」



ふぇ……?



キョトンッと、まぬけ面で向日葵を見る。



違う?



なにが?



私は自分のほっぺたをウニュウニュと引っ張ったり、持ち上げたりしてみる。



なんか、違う?



「表情が、硬いよ?」



「え……?」



まるで、心を見透かすような言葉に、一瞬ドキッとする。



向日葵、もしかしてエマとの出来事のことを言ってる――?



でも、顔には出ていなかったハズだ。



お姉ちゃんも、お母さんも、誰も気付かなかったし……。



「泉、おいで」



向日葵が手まねきするので、私はそっと向日葵へ近づいた。



すると……。



向日葵の手が、そっと私の頬を包み込んだ。



光がまぶしくて、私は目を細める。



コツン……。



実際は当たっていないけれど、向日葵が私のおでこに自分のおでこを当ててきた。



きゅぅん……。



至近距離でもまぶしくないように、光が弱まる。



「なにか、あった?」



「……ないよ、なんにも」



そう呟くと、向日葵はスッと私から離れた。



少し、名残惜しい。



「そう……。じゃ、話せる時に話して」



「……うん。わかった」



私は頬を染め、頷いた――。





翌日学校へ行って、当たり前に授業を受け、当たり前に桃子と会話をして。



そんな時、悲劇は起こった。



「ちょっと、いい?」



昼食時。



振り向くと、エマが立っていた。



私は食べようと口に運んだ玉子焼きを、お弁当箱の中へ戻す。



「なに?」



「女同士のケンカよ」



どうやら、昨日の続きをしよう。



と、行っているらしい。1



不安そうな顔をする桃子へ向けて、大丈夫だよ、と目配せし、私はお弁当箱を片付け、立ち上がった。



「どこに行けばいいの?」



「こっちよ」



エマについて、私は教室を出た――。


☆☆☆


連れてこられたのは、学校裏。



そこから少し見上げると、なるほど、エマのいっていた通り、私と桃子が座っていたあの場所がよく見える。



といっても、テラスは2階。



きっと、見えていたのは立ち姿の向日葵だけだろう。



私と桃子の声が届いていたのかもしれない。



「で? なに?」



目の前の後姿へ向けて言う。



敵意むき出し。



ここでナメられたら負けてしまう。



「ふふっ……」



クルリと、不適な笑みを浮かべて振り向くエマ。



真っ赤な唇が逆に気持ち悪くて、背筋がゾクリとした。



「あなた、モテないのね」



「は――!?」



突然の言葉に、カチンとくる。



モテないのねって……。



あぁそうだよ。



モテないよ!!

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