第8話

「これ? これはチーズケーキよ」



「チーズケーキ インプットしました」



続けて、



「それは食べ物ですね? 味は甘いですか? 辛いですか? すっぱいですか?」



「えっと……甘いよ」



「インプットしました」



なんだか、今日は向日葵の方が積極的な気がする。



「泉が口に運んでる姿で『食べ物』って認識したのよ。でも、味がわからないから質問したんだと思うわ」



お姉ちゃんの言葉に、私は頷く。



しかし、次の瞬間――。



「泉、愛してるよ」



不意に言われたそのセリフに、危うく口の中のケーキを吹き出してしまうところだった。



「うぐっ……げほっ!!」



グッと我慢したせいでケーキが喉につまり、目を白黒させる。



そんな私を見て、涼しそうに微笑む向日葵。



「ほら、たかが『愛してる』くらいでそんなに同様してどうするのよ」



と、お姉ちゃんは苦笑気味。



たかがって……。



たかが『愛してる』と言われた事がないんですけれど、なにか!?



「なんで急にこんな……?」



詰まっていたケーキをジュースで流し込んだ後、お姉ちゃんに聞く。



「会話がある程度の量まで達したら、『彼氏彼女』という関係に切り替わるようになってるの。用は、準備段階は終わりましたよ。これからが本番ですよ。ってこと」



「へ……へぇ」



これからが本番って……。



今まででも、充分に胸キュンしてきたんだけどな……。



多分、それは私に交際経験がないせいだ。



免疫がないから、カッコイイ男に微笑まれるだけでクラクラする。



カレカノかぁ……。



今まで憧れに憧れていた関係。



それが、今、ついに現実のものへ――。



って、違うから!!



自分の妄想にストップをかけるように、冷たい水を一気飲みする。



これは現実じゃない。



バーチャルよ、バーチャル!!



目の前に座っているイケメンは彼氏は彼氏でも、生身の人間じゃない。



そう言い聞かせ、フーフーと荒い呼吸を繰り返す。



「泉どうしたの? 赤くなったり青くなったり」



「別に、なんでもない」



と、お姉ちゃんにはそう言ったのだけれど――「泉? 顔色悪いよ?」向日葵にそういわれて心配そうな眼差しをむけられたら――。



鼻血寸前。



「だ、だ、だだだ大丈夫っ!!」



噛み噛みでそう言い、スッと視線をそらす。



少し目を細め、私の顔を下から見上げるようにして見つめる向日葵。



「そうだ、せっかくだからカレカノ記念にどこか行ってきたら?」



ポンッと手を打ち、一言そう言うお姉ちゃん。



へぁ?



カレカノ記念って……私と向日葵の、だよね?



「あ、丁度水族館のチケットが……」



そう言い、わざとらしくバッグから水族館のチケットを一枚取り出す。



「なっ……えっ……はぁ?」



お姉ちゃんは私にズイッとチケットを押し付けたかと思うと、次の瞬間には伝票を手に立ち上がり、さっさと店を出て行ってしまった。



取り残された、私と向日葵……。



タラタラと流れる汗に、向日葵がまた切なげな表情で見つめてくる。



どっきーっ!



ダメだって、その顔はっ!!



私は大慌てで「保存!」と言い、ゲームのスイッチを切ったのだった……。





私は目の前の小さな水族館への入り口を、突っ立って呆然とみつめていた。



どうやら、この水族館はごくごく最近建てられたものらしい。



しかも、今だ工事途中。



水族館の向かって右側半分は青いビニールシートで包まれ、中から激しい工事音が聞こえている。



「なんじゃこりゃ」



思わず、つぶやく。



いや、本当はお姉ちゃんからチケットともらったときに気付くべきだった。



『バーチャル水族館』



って……!!



本物の水族館じゃないわけ?



中には偽者の魚ばっかりとか?



つぅか、なんでもかんでも『バーチャル』つけたらいいてもんじゃいない!!



今すぐ回れ右して帰宅したい感情にかられる。



でも……。



帰ったらきっとお姉ちゃんの筆問攻めが待っているだろう。



キラキラした好奇心満載の目を向けて、『水族館どうだった?』って聞いてくるのが目に浮かぶ。



行かないわけには、行かない。



よしっ!!



と、自分自身に気合をいれ、入り口へと歩いていく。



そぉっと自動ドアを通り――「いらっしゃいませ」受付らしき場所にいる、水族館らしくブルーの制服を着た女の人が出迎えてくれた。



「あ……どうも」



予想外。



普通の水族館だ。



「チケットはこちらで購入してください」



と、隣の機械を指差す。



「あ、あります」



私はついさっきお姉ちゃんからもらったチケットを取り出した。



「はい。1名様ですね」



「あ……はい」



しまった。



水族館なんで超デートスポットに1人とは……。



きっと、受付の人は心の中で笑ってるんだ……。




なんてブルーな気持ちに突入しかけた時だった。



「では、バーチャル彼氏を起動してください」



「はい?」



思わぬ言葉に、聞き返す。



「バーチャル彼氏、お持ちじゃないですか?」



「え、いや、あの。ありますけど……」



「では、それを起動してから、中へお入りください」



バーチャル彼氏を起動してから……?



わけがわからないまま、私は向日葵を起動させる。



「また会ったね、泉」



「うん」



向日葵の言葉に、私はキョロキョロと辺りを見回しながら答える。



さっきからカップルばかりが出入りしている……と、思っていたのだが。



よくよく見るとそれはみんなバーチャル彼氏だった。



コマのついた小さな台の上に缶詰を乗せ、それを引いて歩いているのだ。



な……なんだここ!!



ギョッと目を見開く私に、先ほどの受付の女性がコマのついた台を差し出してきた。



「では、お楽しみください」



満面の笑顔で私たちを送り出す――。



『バーチャル水族館』



って、こういう事!?



中へ入ると、そこには普通の水族館と同じように、水槽が並ぶ。



もちろん、魚も本物。



でも、それを見て回っているカップルたちは、皆異常。



女の子たちは自分のバーチャル彼氏へ向けて魚の説明をしている。



そして、館内に響き渡る「インプットしました」の、セリフ。



どうやら、ここはバーチャル彼氏に知識を教え込むための水族館らしい……。



私はカラカラと向日葵を引いて歩く。



これだけで、かなり異様な気分になる。



「泉」



「え? なに?」

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