第7話

そう聞かれると、私はすぐさま頷いた。



高校3年生で、もうすぐ部活引退の私は、とにかく毎日、いつでもお腹をすかせている状態だった。



だって、悔いのないように思いっきり走り回らないと、落ち着いて受験勉強なんてできないよ。



ちなみに、行きたい大学も決まっている。



お姉ちゃんと同じ、『桜ヶ丘大学』。



この辺りじゃ一番の名門大学。



だから、大好きなバドミントンをスパッと切って、これからは勉強に専念するんだ。



まぁ、頭のいい清美お姉ちゃんが家庭教師としてついてくれるって言うから、たぶん問題はないんだけど。



「ねぇ泉」



パフェをようやく半分ほど食べ終えたところで、お姉ちゃんに呼ばれた。



「なに?」



口の中のチョコレートを紅茶で流し込み、聞く。



「今日は持ってきてないの?」


「なにを?」



「向日葵」



その言葉に、一瞬ドキッとして、それから赤面した。



別に、ゲームを持ってきたか? って聞かれただけなのに、なんでこんなに照れなきゃなんないの?



フルフルと首を振って赤らんだ顔を振り払い、私はベッグの中から缶詰を取り出した。



「もってきたけど……?」



「せっかくだから、ちょっとは勉強させてみたら?」



え”……?


私はギョッと目を見開いて清美お姉ちゃんを見る。



『え』では足りない『え”』って顔で。



「でも、昨日だけで普通に会話ができるくらいまでになったよ?」



「甘い!!」



ドンッと、スプーンを握り締めたまま拳を作り、テーブルを叩く。



お姉ちゃんの目がキラキラ……というか、ギラギラしていて、ジッと私を見据える。



「な、なに?」



「ほんのちょっと会話ができるくらいじゃ『バーチャル彼氏』とは呼べないわ」



「え……?」



「ソレは、か・れ・し、なのよ?」



ビシッと、私が両手に包み込むように持っている缶詰を指差して言う。



あ……。



そうか。



これは育成ゲームじゃなくて、彼氏彼女を体感するゲーム。



だとしたら、私はまだそれを体感していない事になる。



「だから、ゲーム開始してみなって」



お姉ちゃんに促され、私は渋々ながらボタンを押し、「向日葵」と、呼んだ。



でも、このままじゃ私の手の上に男が乗っかっているようにしか見えない。



するとお姉ちゃんは缶詰を私の手から奪い取り、イスの下に置いた。



あ……。



ちょうど、座っているような感じに見えなくもない。



「座らせたら?」



「え? 椅子に座れるの?」



「格好だけならできるわよ」



そういわれ、私は向日葵へ向けて「座って」と、言った。



すると、向日葵は一度ニコリと笑い、頷いて、座った。



「すごい、本物みたい!!」



声を上げる私に、鼻高々なお姉ちゃん。



そういえば、このゲームはお姉ちゃんの大学で開発されたんだっけ。



すごいよね。



こうやって人間らしく動けるなんて。



ロボットなんかだと、どうしてもぎこちなくなる。



でも、映像だからそんなぎこちなさもなかった。



さすが、ちゃんとしたモデルを使って作っただけはるなぁ。



向日葵は時折瞬きをしながら、ジッと私を見ている。



でも、私は気付いてる。



会話が多くなった昨日から、向日葵は時々意味なくアゴをさする。



これって……向日葵のクセだよね?



「ねぇ、お姉ちゃん」



パフェをあらかた平らべた時、私は口を開いた。



「なに?」



「向日葵にも、ちゃんとしたモデルがいるんだよね?」



「いるわよ? バーチャル彼氏全部に、実在するモデルがいる」



「その人ってさぁ、アゴをさするのがクセだったりしない?」



私の問いかけに、お姉ちゃんは驚いたように目を丸くする。



「それは――どうかな」



「知らないの?」



聞くと、コクンと頷いたた。



「いくつかのゲームは最初から最後まで携わってたからモデル君も見たけど、向日葵はわからない」



そうなんだ……。



なんだか、ちょっとガッカリした気分になる。



「なに? ガッカリしてるの?」



お姉ちゃんに気持ちを見透かされ、私は慌てて「別にっ!」と、首を振った。



「ただ、向日葵が頻繁にアゴをさすってるからさ」



私の言葉に、お姉ちゃんはマジマジと向日葵を見つめた。



「本当! よく気がついたわね」



「そ、そう?」



褒められた気分になり、ちょっと嬉しい。



「そうね。モデルになってもらう人には丸一日行動を監視させてもらったりしてるの。だから本人のクセがゲームの中に出てきてもおかしくないわ」



丸一日監視!?



それはまたすごい……。



「でも、今までこんなクセ見せてなかったよ?」



「クセも、言葉と同じよ。彼女とのコミニュケーションによって引き出されるものなの。だから、こうやって外に連れ出したりして刺激を与える人も多いのよ」



なるほど。



だから桃子は最初『持ち歩いたり』『会話したり』なんて事を言ってたんだ。



バーチャル彼氏という言葉さえ知らなかった私は、それがただのオタク系の話題としてしか認識できなかった。



「泉」



その声に、ハッとする。



聞きなれ始めたハズなのに、今まで異性に名前を呼び捨てにされた経験がないから、ドキドキするのだ。



「な、なに?」



聞くと、向日葵はテーブルの上のチーズケーキを指差して、「それは、なに?」と、聞いてきた。

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