第6話

そこで、私は目元を細め、クシュッとした顔で笑って見せた。



それにつられ、向日葵も目元をかえる。



それと、さっきの口元のみの笑顔をかけあわせると――うん!



上出来!!



おかしそうに笑う向日葵の出来上がり。



きゅん……。



その笑顔はやんちゃな男の子って感じで、今までの印象をガラリと変えた。



か……可愛い!!



今すぐ抱きつきたくなる衝動を、必死で我慢する。



フンワリした向日葵笑顔は癒し系。



ニカッと大口で笑うのはやんちゃ系。



うん!



いいっ!!



一人ガッツポーズを決めて頬を紅潮させていると、向日葵もそれを真似ようとした。



グッと握りこぶしを作り、ほんの少しだけ頬を赤らめる。



それはガッツポーズでテンションが上がっているというよりも、ほんの少し照れているように見える。



「は……反則だってば」



ついさっき抱きつきたい衝動を我慢したところなのに、更に可愛い表情に我慢がきかなくなる。



私はそっと向日葵へ向けて手を伸ばした。



向日葵も、真似をしてこちらへ手を伸ばす。



2人の手が、触れ合うほどに近くなる。



でも……。



私の手は向日葵の手をすりぬけ、空中をさまよった。



光の暖かさが、ホンワリと私の手を包み込む。



「向日葵も、きっと、暖かいんだろうね……」



少し切なくなって、そう呟いた。



「アタタカイ イミヲ オシエテ クダサイ」



暖かい、意味――。



それは……。



それはね?



「触れ合う事――」



「インプット しました」



向日葵の声に、ハッとする。



今私、なんて言った?



いや、触れ合えば確かに暖かくはなるけれど――!



一瞬で恥ずかしくなり、ボッと赤面する。



私、ゲームに向けて何言ってんの!?



「べ……勉強終わりよ、終わりっ!!」



「終わり、ですか?」



「そうよっ!!」



恥ずかしくてたまらなくなり、向日葵から視線をそらす。



これはゲーム。



これはゲームなのよ!



自分自身に強く言い聞かせる。



「泉――?」



え……?



その声に、そっと視線を戻す。



そこには、さっき教えたばかりの満面の笑みを浮かべる向日葵。



でも……違った。



さっき、『泉』って呼んだときの声。



いつもとは違い、切なげな声だった。



「向日葵、私が視線をはずして寂しかったの?」



と、聞いてみる。



しかし、向日葵の返事はいつもの質問だった。



「あのね向日葵。寂しいっていうのは、胸がギュッとしめつけられる事を言うの。今の向日葵そうだった?」



今まで会話らしい会話なんてできていなかった。



だから、こっちから質問しても答えてもらえるとは、思っていない。



だけど、さっきの声が胸に残って、こっちまで痛みを覚えた。



「寂しかった」



向日葵が、そう返事をした。



「うそ……」



信じられず、向日葵の顔をマジマジと見つめる。



今、会話したよね?



ちゃんと、成立したよね?



「向日葵は、寂しかったの? だから、あんな声を出したの?」



「僕は寂しかった」



向日葵――!!



私は嬉しくてたまらなくて、ウルウルと感動の涙を浮かべながら飛び跳ねて喜んだ。



できた!



できた!!



向日葵と会話ができた!!



信じられない。



たった数日で何もない、ゼロからのスタートで、ここまで成長するなんて!



私は嬉しくて楽しくて、その日は一日中、向日葵と会話をしていた――。





翌日、私はウキウキと出かける準備をしていた。



昨日だけで向日葵は大進歩をとげていた。



嬉しい、悲しいなどの感情を表情で切り替えれることが出来るようになり、



それにあわせて声のトーンまで変えられるようになった。



会話も、ほとんど丸一日していたため、たくさんの言葉をインプットした。



「向日葵、本当に天才かもっ」



そう呟き、鼻歌まじりにブラッシングをする。



今日は清美お姉ちゃんと2人で出かける日。



前から行きたい喫茶店があって、1人じゃ入りづらいから一緒に行こうと約束していたのだ。



そのため、帰ってくるまではゲームはお預け。



お姉ちゃんは夜遅くまで『バーチャル彼氏2』と悪戦苦闘していたため、今日は遠慮なりに特大パフェを食べるつもりでいるだろう。



疲れたときこそ、甘いもの。



これ鉄則。


☆☆☆


日曜日の街中はカップルや家族、友達同士なんかでにぎわっていた。



「人多いなぁ」



人ごみを掻き分けながら商店街を歩く。



お姉ちゃんと、今にもはぐれてしまいそうなので服の袖を小さくつまんだ。



「泉ぃ? 気になる喫茶店ってどこよ?」



「ん~、もうちょっと行った所!」



私が目をつけている喫茶店は、商店街を通り過ぎて、人並みが途切れた場所にある。



こっちまで歩いてくる事がないので、今まで気付かなかったが、かなり可愛いお店なのだ。



しっかし……。



こうやってちょっと意識して歩いてみると、バーチャル彼氏を持ち歩いている女性がちょこちょこ目に入る。



女性が缶を手に持ち、その上に男の人が立っているのだから、妙な光景だ。



「本当に人気なんだぁ」



「そうよ? ああやって外に連れ出して色んなものを見せたりして、知識を増やしていくの」



「なぁるほど」



なんだかイケメン育成ゲームって感じだ。



「じゃぁ、向日葵も外に出した方がいいの?」



私が聞くと、「まぁ、外にあるものを記憶させたのであればね?」と、お姉ちゃん。



家の中だけで教えられる情報だけで、充分と言えば充分だ。



外出先で向日葵を起動させて……なんてことはあんまりしたくない。



やっぱり、はたから見たらかなり奇妙だもん。



そんな事を考えながら歩いていると、お目当ての店についた。



お店の外観は、こげ茶色を貴重としていて、窓の内側から『OPIN』の看板がかけられている。



扉を開けると、カランカランと、心地よい音が響いた。



店内はやっぱりこげ茶色を貴重としているけれど、テーブルクロスは柔らかなピンク色で統一されていた。



イスのクッションはハート型で、かなり乙女チックだ。



私たち2人は開いている適当な席に座り、お姉ちゃんは大盛りのチョコレートパフェ、私はチーズケーキを注文した。



「可愛いねぇ」



店の天井からぶら下がるシャンデリアに見とれてしまう。



普通は透明で、ダイヤのようなカタチをしているけれど、このお店のシャンデリアは透き通るピンク色にハート型。



どうやら、ピンクのハートがお店の特徴らしい。



ポケーッと店内に見惚れていると、可愛いエプロンをつけた女の人がパフェとケーキを運んで着てくれた。



「ってか、デカっ!!」



ドンッと置かれたチョコレートパフェに目を丸くする私とお姉ちゃん。



さすがに、これを1人で食べきるのは無理がある。



「どうせあんたも食べるでしょ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る