第5話
こういうときは――。
そうだ。
私は昨日の事を思い出し、「彼氏機能、一時停止」と、言った。
すると、メニュー画面が現れる。
この中に向日葵のプロフィールなんかが入ってるかもしれない。
しかし……。
その思いに反して、キャラクターに関する情報は一切書かれていなかった。
どういうことだろう……。
首をかしげ、メニュー画面を閉じる。
う~ん……と、難しい顔をしていると、一瞬だけ、ほんの少しだけ、向日葵の表情に変化があった。
「え……?」
今度はハッキリと、困った私を見て、同じように困った顔をしてみせたのだ。
な……に?
「そうやって、表情も記憶していくのよ」
突然の声に振り向くと、清美お姉ちゃんがドアの前に立っていた。
「あ、そうなんだ……」
「ちなみに、あんたが今探してたプロフィールは、泉が自分で決めてインプットさせるのよ」
「え? そうなの?」
「そう。普通のゲームとは違って、本人が存在してるから、適当でもプロフィールをつけることが難しいのよ」
へぇ?
外見と性格だけでも、本人を見つけられる可能性がある。
もしかしたら、バーチャル彼氏のモデルは大変危険なことなのかもしれない。
「向日葵」
私は、向日葵と視線を合わせた。
「向日葵の誕生日は、夏」
「タンジョウビ イミヲ オシエテ クダサイ」
「産まれた日よ」
「インプット しました」
続けて、
「ナツ イミヲ オシエテ クダサイ」
「季節。一年で、一番暑い時」
「インプット しました」
それから、向日葵はフワリと微笑んだ。
今まで見たことのないような、柔らかな笑顔。
「記憶するごとに、会話をするごとに、表情が豊かになって性格も出てくるの。さぁ、そろそろご飯行きましょ。お母さんが待ってる」
「うん。わかった」
私は頷き、少々名残惜しさを感じつつ保存し、向日葵を終了した。
☆☆☆
そして、翌日。
ボサボサ頭で目ボケ眼な私はベッドからノソノソと起き上がった。
そのまま洗面所へ向かい、冷たい水で顔を洗って目を覚ます。
さぁ、今日から学校はお休み。
やる事はと言えば――。
当然!
バーチャル彼氏。
今日は清美お姉ちゃんも何も予定がないらしく、一日家にいる。
ルンルン気分でロールパンを口に頬張り、冷たいココアを持って自室へ向かう。
二階へ上がりきったその時だった。
「おはよう、清美」
「おはよう、ルイ」
なんて会話がお姉ちゃんの部屋から漏れていた。
私は持っていたココアを置きに一旦部屋に行き、そしてすぐに戻ってきた。
お姉ちゃんの部屋のドアにペッタリと張り付き、耳をすます。
「おはよう、清美」
「おはよう、レイ」
この会話はどう考えたってバーチャル彼氏……。
しかも、2人も!!
私は袋にはいっていた残り2つの缶詰を思い出した。
あれを同時にやっちゃうなんて、さすがお姉ちゃん。
なんて関心しつつ、どんなイケメンなのかと興味を持つ。
向日葵だって大当たりだったと思うけど、やっぱり、ねぇ?
一気に沢山のキャラクターが出てくるゲームと同じで、全員の姿を見てみたいと思うもので……。
私はそっと扉を開けた。
お姉ちゃんの後ろ姿が見えて、その向こうには強い光――。
「え?」
そこには確かに光が存在した。
でも……。
その光の中にあるはずの、男の子がいない。
「あら、泉。今日は早いのね」
「うん……」
そう返事をしながら、部屋に足を踏み入れる。
バーチャル彼氏の光の前まで来て、「どうした男の子がいないの?」と、聞いた。
「あぁ、これはまだ開発途中の『バーチャル彼氏2』なのよ」
「『バーチャル彼氏2』……?」
首を傾げる。
「泉にはまだ言ってなかったわね? このゲームを開発したのは、うちの大学サークルなのよ」
え……?
えぇ!?
驚いて目を丸くする。
「そうなの!?」
「そ。私も一応そのサークルの一員。だから、あんたにあげたバーチャル彼氏も、実はタダなのよ」
そうだったんだ……。
自分の姉がそんなすごい事に携わっていたなんて、初めて知った。
「まぁ、利益のほとんどは次のゲームのためにつぎ込んじゃってるんだけどね」
あ、そうなんだ。
こんなに人気のゲームを作ったんだから、お金持ちの一員も夢じゃないのかも。
なんて考えていた。
「これ、最初のとどう違うの?」
「泉が今使ってるのは、言語を全部教えなきゃならないの。でも、『2』では最初からある程度会話ができるようにしてあるのよ」
「へぇ? そうなんだ」
私が頷くと、突然「始めまして、泉」と、その光がしゃべった。
私は驚き、目を丸くする。
「今までの会話を聞いて、あんたの名前をインプットしたのよ」
すごい……。
「でも、まだまだ欠点だらけ」
ため息を吐き出すと同時にそう言うと、「欠点とは、誰のことですか?」と、また光がしゃべった。
「別に……」
ヒョイと肩をすくめてお姉ちゃんが言う。
すると、光はまた反論するように「それは僕の事ですか?」と、聞いてきた。
これは一体……。
「より人間らしさを引き出そうとしたら、ただの我侭になっちゃってさぁ……」
と、お姉ちゃんが私を見る。
「我侭とは、僕のことですか? 僕が我侭なのですか? そう思うのはどうしてですか? 我侭とは具体的にどういうことですか?」
次々に浴びせられる言葉に、お姉ちゃんはうんざりした顔をする。
大変そう……。
私はお姉ちゃんに「頑張ってね」と伝えると、自分の部屋へ戻って行った。
☆☆☆
自室へ戻った私は、すぐさまバーチャル彼氏を開始した。
いつもの笑顔で迎えてくれる向日葵。
「おはよう、泉」
「おはよう、向日葵」
たったそれだけの会話で、胸の中がホンワリと温かくなる。
「向日葵、今日はお勉強の日よ!」
「オベンキョウ イミヲ オシエテクダサイ」
「お勉強。それはね、物事を記憶すること。インプットよ、インプット」
「お勉強、インプットしました」
その言葉に、私は笑う。
すると、向日葵も口角をニュッと上げて、口を開け、大笑いのポーズ。
でも、ハッキリ言ってちょっと気持ち悪い笑顔。
「もっと、自然に笑ってごらん? ニーッコリ」
私が手本を見せると、向日葵は必死で真似をする。
なんだか、小さい子供の真似っこみたいで可愛い。
「あ、目元が笑ってないから変なんだ」
さっきから何か妙な笑顔だと思っていたら、向日葵は口元しか笑っていなかった。
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