第4話

桃子は一瞬目を丸くして……それから、「バーチャル彼氏じゃん!!!」と、声を張り上げた。



私は慌てて桃子の口を手で塞ぎ、もう片方の手で「しーっ!」と、合図した。



「ちょっと、コレどうしたのよ?」



「昨日、お姉ちゃんが買って帰ったの」



2人とも、コソコソと話す。



まるで悪い事でもしてるみたいだ。



「見せて見せてっ!!」



桃子はリアル世界にも彼氏がいる。



けれど、目を輝かせてそう言ってきた。



もちろん、見せるつもりで人気のない場所に呼んだんだ。



私は一番右のボタンを押し、「向日葵」と、言った。



すると、すでに開いている缶の中から光がウワッと辺りを照らした。



薄暗かった学校裏が、一気に明るくなる。



「泉」



向日葵は私に笑顔を向けて、言った。



「すっごぉい!! 超、カッコイイ!!」



桃子の目はハートマーク。



大人っぽい外見で、子供っぽい笑顔を見せる向日葵。



私はなんだか照れてしまって、向日葵と目をそらした。



「泉」



向日葵が呼ぶ。



「なに?」



視線をはずしたまま、答える私。



「泉、泉、泉」



連呼する向日葵に、私は首をかしげる。



「向日葵君を困らせちゃダメだよ泉」



「困らせる……?」



「バーチャル彼氏は、相手と見つめ合っていないと、相手の存在を認識できないのよ。ほら、目のところがセンサーみたいになっててね」



目がセンサーって……。



「声だけでちゃんと反応するのかと思ってた」



「それは、もっとコミニュケーションが取れてからだね。今のとこ、向日葵君は挨拶さえできないようだし」



挨拶……。



確かに、向日葵は出てきた瞬間『泉』としか言わなかった。



「そういう言葉とかって、どうやって教えるの?」



「簡単よ? ただ毎日『おはよう』『こんにちは』『こんばんは』って、こっちから言えばいいの。そしたら、自然と覚えるわ」



なるほど。



じゃぁ、今は昼間だから『こんにちは』だな。



私は向日葵と視線を合わせ、「こんにちは」と、言った。



向日葵は笑顔のまま、なんの反応もしない。



しかし、少しだけ間が空いた後、「コンニチハ イミヲ オシエテ クダサイ」と、またあの機械的な言葉で言った。



意味か……。



「お昼の挨拶」



私が言うと、向日葵が「オヒルノ アイサツ」と、復唱する。



「そんな感じそんな感じ」



と、桃子が頷く。



「向日葵君、記憶力はいい方ね」



私は「保存」と言ってボタンを押し、向日葵を終了させてから、桃子を見た。



「記憶力とか、あるの?」



バーチャル彼氏は機械の世界。



機械に記憶力なんて存在する?



「言ったじゃない。バーチャル彼氏は本物の人間を忠実に再現してるって。それは見た目だけじゃなくて、性格や癖、もちろん、記憶力もよ。本人と違うところと言えば、トイレに行ったりご飯を食べたりしないところ」



ほぇ~……。



今の時代、そんな事まで出来ちゃうんだ。



すごいな……。



私が関心していると、「まぁ、育て方によってはリアル向日葵君より多少異なる性格になったりするかもだけどね」と、桃子。



「でもいいなぁ、バーチャル彼氏!! 私もほしぃ」



そう言って頬を膨らませる桃子。



私はそんな桃子を見ながら、缶詰をポケットへしまった。



まずは挨拶か。



挨拶ができたら、多少心が通じ合える気がする。



挨拶の次は、会話?



私に教えられるのかな?



まぁ、いざとなると桃子も清美お姉ちゃんもいるし……。



ポケットの中身をギュッと握り締める。



ほんの少しの好奇心と、ほんの少しの遊び心。



イケメン向日葵の彼女は私。



それだけで、胸が躍っていた――。




部活を終えた私は一目散に家へ返った。



途中でいつも通り友達からデザートの誘いを受けたが、それを泣く泣く断り、ダッシュ。



だって、早く向日葵に会いたいんだもんっ!!



明日は土曜日で学校は休み。



バドミントンが入ったケースを肩からさげて玄関を開ける。



「ただいまぁ」



奥にいるはずの親へ声をかけ、そのまま自分の部屋へ向かった。



机の上にカバン、下にバドミントンの道具を置き、ベッドに座る。



ポケットから取り出したのは、当然バーチャル彼氏。



ドキドキする気持ちを抑えながら、私はゲームをテーブルの上に置いて起動させた。



トクン、トクン、トクン。



「こんにちは、泉」



向日葵の笑顔に、ホッと胸をなでおろす。



「今は夜だから、『こんばんは』」



「コンバンハ イミヲ オシエテ クダサイ」



「夜の挨拶」



「インプット しました」



これが実在する人物なら、本当に頭がいい。



言った言葉をすんなりと覚え、次にゲームを開始したときにはもう使っている。



「こんばんは、向日葵」



「こんばんは、泉」



ただの挨拶だけれど、心の中がポッと温かくなる。



なんとなく、これにはまってしまう気持ちがわかる。



そういえば……。



向日葵のプロフィールってないのかな?



普通、乙女ゲームなどにはキャラクターの細かい設定がついてくる。



プレイする側は、それを見てお気に入りを決めるのだ。



「向日葵、プロフィールは?」



「プロフィール」



「うん。血液型とか、誕生日とか」



「ケツエキガタ トカ タンジョウビ トカ」



向日葵は笑顔のまま繰り返した。



ダメだ。



通じない。

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