第3話
お姉ちゃんに促され私は向日葵へ向けて、「彼氏機能、一時停止」と、言った。
すると――。
向日葵を取り囲んでいた光が弱まり、向日葵の体の前に『メニュー』という単語が現れた。
「そのメニューボタンを押してみて」
言われるがままに、光の中のボタンに触れる。
もちろん、光だから感触はない。
ボタンを押すと、次にズラリと項目が出てきた。
『音声切り替え 日本語/英語』
『彼氏機能 ON/OFF』
『音楽 再生/停止』
などなど。
その中の『彼女メニュー』というボタンを押して、といわれた。
「最初は会話もロクに出来ない状態だから、簡単に自分の名前を覚えさせたいなら、ここで打ち込めばいいの」
『彼女メニュー』の中の、『名前』ボタン。
それを押すと、あいうえお順の日本語が出てきた。
まるで、ゲームを始める前に勇者の名前を決めたりする、あれそっくりだ。
私はそのまま、自分の名前を『いずみ』と打ち込む。
そして、変換。
『泉』
そうして、メニュー画面を閉じた。
すると、また光が向日葵を包み込み、「泉」と、今度はちゃんと名前を呼んでくれた。
すごい……。
本当にゲームなんだ……。
まるで、そこに実在しているように見えるのに……。
「んで、こっち」
お姉ちゃんに促され、私は向日葵の後ろへ向かった。
缶詰の裏を指差し、3つのボタンを確認する。
ちなみに、これは光の中のボタンではなく、缶詰につけられているボタン。
触れるとちゃんと感触もある。
「一番右がゲーム開始のボタン。これを一回押してから名前を呼ぶと、いつでも出てきてくれる」
でも、インプットされている私以外の人の声だと、向日葵は姿を見せない。
「真ん中が、ゲームを終わるときね。このボタンの前に必ず『保存』する事。そうしなきゃ今までのゲームデータがなくなるから」
「どうやって保存するの?」
「そのまま向日葵へ向けて『保存』って言えばいいのよ」
なるほど。
「で、一番左、これが――」
お姉ちゃんが、最後のボタンを指差す。
「バーチャル彼氏の存在をなくしたいときのボタン。『消去』と言ってから押せば、向日葵は二度と出てこない」
え――。
「そんなボタン、普通のゲームにあったっけ……?」
「ないわよ。普通のゲームは何度でもプレイできる。ゲーム事態を抹消するような機能、ついてないわ。でも……。これはリアルなバーチャル彼氏。この映像に依存してしまう人も出てるから、後から3つ目のボタンをつけたのよ」
依存……。
今までのゲームだって、依存している人は沢山いると思う。
でも、そういうのってほとんどが家の中にこもったりしてる人だと思っていた。
それに比べ、バーチャル彼氏は簡単に持ち歩く事ができて、ごく普通のOLさんがやってたりする。
だから、余計に怖いんだろう。
当たり前に彼がそばにいて、当たり前に笑って話して。
感覚が鈍っていく。
現実か、バーチャルか、わからなくなる。
そんな時のための、ボタン――。
「ちなみに、このボタンの時だけは彼女の声紋じゃなくても反応するの。依存してる本人が、彼を抹消するなんてできないものね」
そうだよね……。
その時、「清美、お風呂出たの? じゃぁご飯にするわよ」という母親の声が聞こえてきた。
私は慌てて向日葵の正面へ移動し、「保存」と一言いい、真ん中のボタンを押した――。
いつもと変わらず授業が始まった。
1時間目は私の得意な数学。
しかし……今日は授業にほとんど身が入らない。
私はそっとカバンの中を見る。
つい、持ってきてしまった……。
バーチャル彼氏。
小さなゲームは本当に持ち運びやすく、学生カバンにもかざばることなく入った。
ってか。
持ってきて一体どうしようっていうんだろう。
なんだか、向日葵を1人でおいて置けなかった。
誰かに見つかっても、私の声紋がなければ反応しない。
それは分かてるけど、もし、なにかの間違いで『消去』と言う言葉と共に、一番左のボタンを押してしまったら……?
なんて、ありえない考え。
でも、だって、不安だったんだもん。
せっかくなんだから、もう少し向日葵と遊んでいたい。
イケメン……だし?
☆☆☆
ほとんど身の入らない授業は、気付けば4時間目が終わるチャイムが鳴っていた。
あれ?
本当にいつの間に?
時々立ち上がってトイレに行ったり、桃子と話したりはしたけど、勉強をした記憶がない。
「泉、ご飯食べよ」
いつも通り桃子がお弁当と自分の椅子を持ってやってくる。
「あ~……うん」
桃子は椅子を私の机の前にデンッと置いて、「いただきまぁす」と、手を合わせる。
「あのさ、桃子」
「うん?」
「今日、気分変えてテラスで食べない?」
「テラス……?」
といっても、教室のテラスは男子生徒が占領している。
「うん。第2美術室のさ」
第2美術室。
それは今は全く使われていない教室の1つだった。
昔は美術部員が多く、第1美術室と第2美術室に分かれて部活を行っていたらしいが、今は違う。
優秀な先輩たちが卒業してから、なんの賞も取れず、最近ではめっきり部員数も減っているらしい。
「うわ、本当に物置状態」
「だねぇ」
私たちは汚い美術室へ足を踏み入れ、眉間にシワを寄せた。
でも……。
この教室は学校の裏へ面している。
だから、誰にも気付かれないと思ったんだ。
「ねぇ……」
学校の裏手は涼しい風が通りぬけていた。
テラスに出てお弁当を広げ、半分くらい食べたところ。
「驚かないでね?」
そう言い、スカートのポケットから、缶詰を取り出す。
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