第2話

「たっだいまぁ」



バドミントン部が終わり、友達と一緒に24時間のファミレスによってケーキをたらふく食べてからの、帰宅。



私は着替えるために速攻二階の自室へ向かう。



汗臭い体操服を脱ぎ、スウェットに着替える。



制服はカバンの中へ押し込んで持って帰ってくるのだ。



「あっつぅ~!!」



夏の部活は拷問だ。



そう思いながら、水分を求めてダイニングへと急ぐ。



冷蔵庫から一リットルのスポーツドリンクを取り出し、コップに注ぐことなく口をつけた。



スポーツドリンクは、どうせ自分しか飲まない。



「ん……?」



喉の渇きをうるおした私は、テーブルの上に出しっぱなしになっている買い物袋に目をつけた。



ラッキー。



なにか食べ物入ってるかも。



夕飯の準備だってもう出来ている。



カレーの匂いがさっきから食欲をそそっているんだ。



けれど、私はその袋に手をかけた。



甘いケーキの次は塩気のあるものがほしくなる。



「ポテチポテチ~」



私はポテトチップスを求めていたのだが――。



「あん?」



袋の中に入っていたのは、3つの缶詰。


なんだこりゃ?



首をかしげ、1つを取り出してみる。



缶詰の周りや蓋の部分に張られているハズの、パッケージがない。



でも、缶詰なんだから食べ物だろう。



自分の中でそう納得すると、私はタブに指をかけた。



缶ジュースを開ける要領で、カパッと簡単に蓋は開いた。



中身はなにかなぁ?



と、覗き込み――。



「うわっ!?」



突然の光に目を瞑り、後ずさりした。



なんだ!?



缶詰の中からは、ライトの光のようなものがあふれ出していた。



「くっ……食い物じゃないっ!!」



今更ながら、気付いた。



これはどうやら食べられそうにない事に。



バクバクと鳴る心臓に、キラキラと光る缶詰。



やがて、その光の中に、1人の人間がボンヤリと浮かび上がってきた。



それは、とてもキレイな男の子。



緩い天然パーマが、フワリとした印象を与え、その口元にはエクボが見えた。



可愛い……。



思わず、顔を赤らめる。



すると、その男の子はゆっくりと口を開いたのだ。



「ボクノ ナマエヲ オシエテ クダサイ」



え――?



キョトンとして、『彼』を見つめる。



彼は相変わらずニコニコとエクボを作りながら、微笑んでいる。



そして――。



昼間の桃子との会話を思い出してしまった。



『だからさ、バーチャル彼氏よ! バーチャル、か・れ・し!!』



『今彼氏のいないOLの間ですっごい人気なんだってぇ』



バーチャル……彼氏……。



私は、彼の足元にある缶詰を見た。



確かに、ツナ缶と同じような見た目だ。


すると――。



「ボクノ ナマエヲ オシエテ クダサイ」



目の前の彼が、また同じ質問をしてきた。



名前……。



突然そういわれても、わからない。



説明書もなにもついていないし――。



って、これ、自分で名前決めろってことかな?



「ボクノ ナマエヲ――」



「向日葵……」



私は、庭に咲く向日葵を思い出し、呟いた。



夏の太陽へ向けて名一杯背を伸ばす、向日葵。



その顔は満面の笑みで、誇らしい。



「ヒマワリ――インプット シマシタ」



目の前の彼はそう言い、微笑んだ。



きゅんっ……。



その笑顔に、顔が熱くなっていく。



「アナタガ キョウカラ ボクの、彼女です」



片言で機械的だった言葉が、一気に人間らしく近づく。



「彼女――?」



「はい。そうです。名前を教えてください」



名前って……今度は私の名前ってことだよね?



「えと……。泉、です……」



恐る恐る言うと、彼――向日葵は一瞬目を閉じ、「インプットしました。あなたの名前は『エト……イズミ デス』」と、言った。



「ちっ……違う違う!!」



慌ててそれを否定する。



しかし、向日葵は満面の笑顔のまま何も言わない。



どうしよう。



扱い方がわからず、あたふたしてしまう。



そんな時だった。



「喉かわいたぁ」



と、言いながら、2つ年上の大学生。



清美(キヨミ)お姉ちゃんがバスタオル一枚の姿でダイニングへと入ってきた。



そして――。



向日葵と私を交互に見つめる。



「あんた、なかなかやるわね」



そう呟き、向日葵をジロジロと見つめる清美お姉ちゃん。



「違うよ、お姉ちゃん!」



私が言うと、お姉ちゃんはようやく向日葵の足元にある缶に気付いた。



「あー!!!」



その瞬間、お姉ちゃんは大声で叫び声を上げ、キッと私を睨んできたのだ。



「あんた、何勝手に人の『バーチャル彼氏』開けてんのよ!!」



「え? これお姉ちゃんのなの?」



「そうよ!! 他は開けてないんでしょうね!?」



そう怒鳴りながら袋の中を確認する。



そして、安堵のため息を漏らした。



「まぁいいわ。これ、あんたにあげようと思ってた『バーチャル彼氏』だから」



「へ……、私に?」



「そ。あんたもそろそろ男ってもんを知った方がいいと思ってね?」



そう言いながら、コップに注いだ麦茶を飲み干す。



「で、名前はつけたの?」



「あ、うん。向日葵っていうの」



少し照れながら言うと、お姉ちゃんは一瞬笑い出しそうになるのを我慢し、「ま、あんたらしいわね」と、言った。



「でも、つかい方とかわかんなくて――」



「エト……イズミ デス」



突然、向日葵が私の名前を呼んだ。



「なに、今の」



「あ、なんか間違って名前覚えたみたいで」



私が説明すると、お姉ちゃんは向日葵へ向けて「彼氏機能、一時停止」と、言った。



しかし、向日葵は何の変化も見せない。



「泉、バーチャル彼氏は、最初に名前をつけてくれた人物を彼女としてインプットするの。インプットするのはその人の声紋よ。つまり、あんたのいう事しか聞かない言って事」



そうなんだ……。



「さっきの、言ってごらん」

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