バーチャル彼氏
西羽咲 花月
第1話
彼は彼であって、彼じゃない。
でも私は彼が彼だから好きになった。
叶わない恋。
届かない声。
だけど、本物の恋。
バーチャルな彼氏。
変わりバエのしない教室での昼食風景。
お弁当の箱の中身は、たいてい昨晩の残り物。
それらを口に運んだ瞬間――私は思いっきりブーッ!! と、吹き出してしまった。
米粒が散乱し、慌ててハンカチを取り出す。
「泉、汚いからっ」
一緒にお弁当を食べていた親友の桃子がそう言い、笑う。
「ゴメン……」
私、高田泉(タカダ イズミ)17歳。
は、口元を拭きながら謝った。
っていうか……いまのは完全にこの桃子のせいで吹いたんですけど……。
「で? なにそれ?」
私は気を取り直し、クルンクルンの可愛い巻髪をツインテールにしている桃子に聞いた。
「だからさ、バーチャル彼氏よ! バーチャル、か・れ・し!!」
「バーチャル彼氏……」
呟き、パソコンゲームなんかを思い出す。
イケメン勢ぞろいの乙女系ゲーム。
「今彼氏のいないOLの間ですっごい人気なんだってぇ」
「へぇ……?」
それは……なんというか、寂しい事ですね。
私は真っ暗な部屋の中パソコンに向かう女性を想像する。
うぅ……マジ、さむっ!!
想像だけでブルッと震える。
「最近、よく持ち歩いてる人が多くってさぁ」
「へぇ~」
持ち歩くって、そういうゲームのグッズとか?
「当たり前のように電車とかで会話しててぇ」
「ふぅん?」
会話って、そういうオタク系の会話?
「でも、やっぱりイケメンぞろいなんだよねぇ」
ほぉ~っと、頬を桃色に染める、桃子。
女から見ても可愛らしい。
「イラストなんだからいくらでもカッコよく描けるでしょ?」
冷めたように一言言うと、桃子は目をパチクリして私を見つめた。
「なに?」
「あぁ、そっかぁ。泉本当に知らないんだ?」
今度はクスクスと笑い始めた。
なんだか、小ばかにされているようで非常に不愉快なんですが……。
「乙女ゲーってやつじゃないの?」
「違う違うっ!!」
ブンブンと、手と首を振る桃子。
へ?
違うの?
「バーチャル彼氏っていうのはね? こぉんなのに入っててぇ、ボタン押して蓋を開けてやるやつだよ」
そう言い、桃子は両手の親指と人差し指をくっつけ、丸を作って見せた。
「は……?」
ますますわからない。
「う~ん……そうだなぁ」
どう説明しようかと眉間にシワをよせ、それから「あっ!!」と、声を上げて、私のお弁当のおかずを指差した。
「それ!!」
「それ……?」
私は指されたおかずをみる。
「ツナサラダ?」
「ツナ缶よ、ツナ缶!!」
「ツナ……缶?」
「そっ! ツナ缶から男の子が出てくるって思えばいいのよ」
そう言い、うんうんと頷く桃子。
はぁ……。
ツナ缶から、男の子……。
ブーッ!!
想像しただけで、また吹いた。
でも大丈夫、今度は口に何も入っていなかったから、空気が抜けただけ。
「はっ……なに、それ?」
おかしくって、もう少しで笑い死にするところだった。
お腹がいたくて、涙も出る。
桃子はプゥッと頬を膨らませて、「でも、それがすごい人気なんだってばっ!!」と、言った。
あぁ……そうなんだ?
ツナ缶から出てくる男の子がねぇ……。
プッ……。
再び笑い出しそうになるのを必死でこらえて、真っ赤な顔で桃子を見る。
「で……?」
「それがね? 本物の男の子たちを忠実に再現してるゲームなの。だから、イケメンたちは全員存在するってこと!!」
目をキラキラと輝かせる桃子。
へぇ~。
ゲームのキャラクターにモデルがいるって事はあると思うけど……。
その人物を忠実に再現ねぇ……。
私はツナサラダを食べながら、ツナ缶を思い出していた――。
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