32.百華繚爛
槍兵部隊が中央を張り、その両翼を拡げるように剣兵部隊が陣取って構える。
魔の霧の外へ、ぬうっと魔獣の外殻が現れた。
植物の固い
オオ、オォォ、と魔獣が唸る度、地面がまたずりずりと抉れ、地鳴りが起きる。
底面が地中に埋まっていながらも、表出している部分だけで大の男三人分は凌ぐほどの大きさに、セレシアは固唾を飲んだ。
「何ですか、あれ……魔獣なんですか?」
サンノエルの周囲でも魔の霧が発生することはある。王城に住む者として概要だけならば耳にすることも多かったが、四足歩行の獣型以外の魔獣は初耳だ。
戸惑うセレシアに、ウェインが頷く。
「歴史に『騎士』が現れたのと同じ頃から、大規模な魔の霧だと出現するようになった手合いだ。『騎士』たちも含めて、俺たちは彼奴等を『異格体』と呼んでいる」
「異格体……」
「案ずるな。遭遇回数こそ少ないが、倒せぬ相手ではない――剣隊、道を拓け! 槍隊、奴のどてっ腹を穿ってやれ!」
「「応っ!!」」
兵士たちは怖気づくことなく、一気呵成に地を蹴った。
巨大魔獣の前面にある触手を剣で切り払えば、触手が怯んで飛び上がる。そこへ槍衾が突撃すれば、吐瀉物のように粘ついた暗緑色の飛沫が散った。
『オオオオオオオオ……!!』
「やった、効いてる!」
「いや……拙い、総員退け!」
ガッツポーズで快哉を叫んだセレシアの一方で、ウェインが声を荒らげた。
同時に、巨大魔獣が伸びあがった。地中に埋まっていた根のような組織がぐるりと捩じられると、魔獣の身体はまるで摘んだ花をくるくると手のひらで回したように、一回転する。
どうにか逃げ果せた者たちは助かったが、逃げ遅れた兵士たちは触手に絡み取られ、宙に持ち上げられてしまった。
残った兵士たちが触手を斬り、身軽な拳闘兵たちが外殻をよじ登って救出を試みるも、先刻までとは打って変わって蔦はびくともしない。
「俺が出る!」
金色の雷を纏って、ウェインが飛びかかった。巨大魔獣の触手の一つに剣を突き立て、そこに稲妻を流し込もうと試みる。
パッと閃光が迸る。しかし、それを傍から見ていたセレシアは、雷が魔獣の本体ではなく、触手の道管を伝って外壁を駆け抜け、他の触手へと流れていくのを見た。
「ウェイン様、待ってください! 捕まっている方たちが感電します!」
「――くっ、斯くなる上は、本体をぶち抜くしかないか」
歯噛みしてウェインは剣を抜き、嘲笑うように迫りくる触手を斬り伏せながら戻って来る。
「アヴォイド、少々時間を稼いでくれ。渾身の一撃を見舞う!」
そう言ってウェインは剣を構え直すと、体に纏う雷を練り始めた。バチバチと空気を鳴らすその勢いは、彼の足下の雑草を焦土と化すほどだ。
「了解! ……とは言ったけれど、さてどうしますかね~」
アヴォイドは頬に冷や汗を垂らし、魔獣を見上げている。
セレシアも何かできないかと、必死で思考を巡らせた。
「(こちらの手札は、ウェインの雷と、アヴォイドさんの複製……そうか、複製!)」
――万全の状態でも十で打ち止めといったところでしょうか。
引っ張り出した記憶に、セレシアは刮目した。
「アヴォイドさん、昨夜はいっぱい食べていっぱい寝ましたか!?」
「えっ? ええ、警邏遠征があるので、それは……でもどうしてですか?」
「槍を複製してください。私が一本放ったら、その手元に現れるようにしてくださると助かります!」
「放つって……ちょっと奥様!?」
セレシアは重りとなる腰の剣を外し、片膝を突いて地面に寝かせ、そこから地を蹴り、風になった。
「(ただ時間を稼ぐだけじゃダメ……!)」
素早く視線を巡らせ、登るルートと標的の方向を頭に刻みつける。
「(ウェイン様の大技で犠牲が出ないように、散らす!)」
魔獣の懐に潜り込んだセレシアは、外皮を二、三枚蹴り上がったところで叫んだ。
「アヴォイドさん!」
「わかりました、受け取ってください!」
伸ばした手に、アヴォイドが兵から借りた槍と同じものが複製される。
「行っ、けえええええええ!!」
体を旋回させた勢いで投擲した槍は、兵を捕えている触手を撃ち抜いた。それはまるで宙に楔を打ち付けたかのように、触手を遠くへと逸らして留める。
そうして空っぽになった手元に、頼んでいた通りに次の槍が現れた。柄をぐっと掴み、セレシアはまた一段外皮を飛び上がる。
「――『
無数の花が次々に咲き誇るように、赤い髪をひらりと靡かせながら、セレシアは槍を投げ続けた。
「ウェイン様、今です!」
頭頂部まで駆け上がったセレシアは、そこから身を翻らせて叫んだ。雷の圧を膨らませたウェインが、それに小さく頷いたのが見える。
これで決した――そう頬を緩めたのは、経験の浅さからくる油断か、あるいは誰もが予測しきれなかった不意打ちだったか。
『オオ、オアオアオア!!』
「なっ――」
セレシアの眼下で、魔獣の身体の上半分ががばりと大口を開けた。断面の奥には、臓器だろうか、暗緑色の体液を舐めるように蠢く、薄気味の悪い無数の触手がひしめいている。
そこから伸びてきた一本に、セレシアは剣を払おうとして、自分が機動力のために剣を置いてきていたことに気付いた。
「(しまった……!)」
剣を抜こうとした姿勢が仇となり、腕ごと締めあげられたセレシアは、魔獣の体内へと落ちていく――
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