第12話 オーガ(1)


 21階層を、というよりはオーガを攻略していくうえで、一番気になっていたことがあったのだが、気配感知で観察してみると杞憂だったことが分かった。これまでゴブリンにしろオークにしろ、遭遇したのは集団だった。もし21階層で出てくるオーガが複数だった場合、諦めるということは無いとしても、茨の道だっただろう。逆に言うと、ゴブリンやオークの集団よりも、オーガ1体のほうが確実に強いということだ。



「21階層のオーガは基本的には群れないで、1体で行動しているみたいだ」


 先程から無言で集中していた俺を、黙って見守ってくれていた皆に21階層の様子を説明した。


「とりあえずは1体に集中できるということだな」


 リリーが頷いて応えた。

 そうあって欲しいところだが、絶対に近寄ってこないと考えるのは希望的観測だろうな。


「気配感知で常に状況の把握はするつもりだが、まずは1体倒せないと始まらないから集中しよう」


「分かりました」


「はい。頑張ります」


「これまでに無い、良い鍛錬相手だしな」




 なるべく階段に近い位置にいるオーガを目標に進んでいる。もし危険な状態になった場合、逃げ込めるように考えてだ。ひょっとしたら階段にも追いかけてくる可能性もあり、徒労に終わるかもしれないが。



 気配感知で恐ろしい気配が近づいてくるのを、一歩一歩進みながら感じていると、突然気配感知の反応が変わった。どうやらこちらに気付いたようだ。


「気付いた。来るぞ」


 皆に警告を発して前方を凝視する。


 そんなに待たずに現れたのは、樹海で見たのと同様に強者の風格を漂わせた大きな姿だった。

 そして姿を現したと気付いた次の瞬間には直前にまで迫っていた。もしかして加速系か何かのスキルでも持っているのか? 


「ぐっ」


 クイックを使った時のような動きで近づくと、盾を構えていたリリーに体当たりして吹き飛ばした。


「くそっ」


 すぐに牽制の意味も込めて大剣を横薙ぎに振るう。しかし、オーガは余裕を持って後ろへと躱した。


「ファイアアロー」


 魔力を込めて魔法の準備をしていたフォノンが、かなりの速さで何本もの魔法の火矢を撃ち放った。


「ガァッ」


 さすがのオーガもこの速い魔法攻撃を躱すことはできずに、とっさに両手でガードして被害を最小にした。魔法は速さ優先で威力が低めだったのか、オーガの腕は少し傷ついた程度だった。


 それでも痛かったからか、もしくはフォノンの魔法を危険視したからか、視線をフォノンに固定して突っ込んできたので、俺とエレノアで壁になって道を塞いだ。するとオーガはスピードを弛めることなく、壁を蹴って後ろに抜けていった。


 驚く俺とエレノアを置き去りにしてから、フォノンに接近すると思いっきり蹴り飛ばした。


「きゃあぁぁ」


「この野郎がっ。クイック」


 すぐにフォノンに追撃しようと向かいそうになるオーガの前に割り込み、大剣を叩き込んだ。

 オーガもいきなり現れたのに意表を突かれたのか、反応が遅れて大剣を掠らせたが、すぐに後ろに離れてそれ以上は近寄らせなかった。


「主殿、少しの間持たせるから、フォノンの治療を」


 リリーが戦線に復帰してきて、オーガから目を離さずに叫んだ。

 その言葉に急いでフォノンに駆け寄ると、フォノンは胸を押さえて呻いていた。左腕の部分の防具が壊れており、左腕と肋骨が折れているかもしれない。

 

「すぐに治療する」


 何重にも起動したヒールで治療をしながら、状況の確認は怠らなかった。まず周囲に魔物の気配は無い。これが唯一の救いか。オーガについては、エレノアとリリー2人で攻撃しているがまったく当たらない。そしてあまり攻撃に意識を向け過ぎると、強烈な拳と蹴りによって吹き飛ばされている。すぐにもう1人がフォローしているから大事に至っていないが、かなりギリギリだ。


「主さま。もう大丈夫です。ありがとうございました」


「フォノン。今回の敵は油断ならないから注意してくれ」


「分かりました」


 とは言うものの、本来は後衛に攻撃がいかないようにするのが前衛の務めなので、注意しなければいけないのは俺達前衛だが。しかし今回の敵は、カバーしきれない部分が出てくるので頼むしかない。


 急いで前線に戻ると、エレノアが片手で頑張っていた。どうやらまともに盾で受けたときに骨が折れたみたいで、痛みを堪えて前線を支えていたみたいだ。

 リリー1人では持たない可能性が高いので、すぐにヒールを使って治療した。


「シオン様。ありがとうございます」


「それよりリリーのところへ急ごう」


「はい」


 

 さすがにリリーだけでは支えきれないので、フォノンが牽制で魔法を撃っていた。フォノンに敵視が向かいそうになると、リリーが素早い斬り込みで牽制していた。


「待たせた」


「助かる」


 リリーを見ると、さすがに余裕が無かったのか表情に疲れが見えた。

 さすがに何とかしないと、先に潰れるのは俺達だな。


 やっと全員で囲む体勢を整えると、オーガが俺を集中して狙い始めた。さすがに俺が負傷者を回復していることに気付いたか。



 巨体から繰り出される拳の攻撃を、大剣で相殺しているのだが傷ついている感じがしない。どんな体しているんだ? 拳ばかりに意識を向けていると、強烈な蹴りが体を襲う。吹き飛ばされるが大怪我をすることはない。新しく買ったプレートアーマーが役立ってくれている。装備を更新しておいて良かった。とは言っても打撲ぐらいにはなっていると思うが。


 吹き飛ばされた俺をカバーするように、エレノアとリリーが攻撃してオーガを退かせている。そのタイミングを狙って、フォノンが魔法を連発して撃っている。


 今の消耗戦では俺達が疲弊して負けるな、このままだと。あんまり一か八かの勝負はしたくないのだが仕方ないか。


「すまん。少しだけ魔力を溜める時間を稼いでもらっていいか?」


「お任せください」


「なるべく早く頼む」


「思いっきり撃ちます」


 3人に期待して、じっくり魔力を溜めていく。中途半端な魔力だと通じない可能性があるからな。そして、オーガにもしっかり準備をしているのが分かるように堂々と。


 俺が魔法の準備をしていることに気付いたのか、こちらをしっかり確認しているのが分かる。たぶん突っ込んでくるつもりだが、3人の攻撃に邪魔されて進めていない。まあ、それでも俺を殴りにくるのは時間の問題だろうけど、それまでにどれくらい魔力が溜まるかの勝負か。


 オーガの前に立ち塞がったリリーを蹴り飛ばして、真っ直ぐに俺へと突っ込んで来た。

 3人がしっかり時間を稼いでくれた。十分な魔力のはずだ。


「アースランス」


 オーガが殴ってきたのに合わせて魔法を放った。相打ち覚悟でやらないと、躱されそうだからな。


「突き抜けろっ」


 オーガの腹に突き刺さったところを見たのを最後に、無防備に拳の攻撃を受けた俺は吹き飛ばされて意識を失った。




 目が覚めると3人が顔を覗いているのが見えた。


「無茶し過ぎです。シオン様」


「心配しましたよ」


「気持ちは分かるが、あの攻撃を無防備に受けるのはあまり感心しないな」


 3人の言うことも分かるが、結果はどうなったんだ? まあ生きてるってことは上手くいったんだろうが。


「オーガはどうなった?」


「シオン様の魔法で倒れました」


「そうか、良かった。ところで、ここって階段か?」


 目が覚めたら階段に戻ってきていた。


「ああ。さすがにあの場所に留まると魔物に襲われそうだったから、急いで移動した」


「もしかして、俺は長い時間気を失っていたのか?」


「そうですよ。1時間ぐらい意識が戻りませんでした」


 そんなに長い時間意識なかったのか。それは心配するな。


「悪かった。そんなに長い時間とは思ってなかった」


「いいえ。シオン様のおかげで全員無事でしたし」


「いや、俺だけじゃあ無理だったぞ。皆が頑張ってくれたからだ」


「はい。頑張りました!」


 敵の目の前であんなに無防備に魔力を溜めるなんて、本当だと自殺行為だからな。そこは3人を信じてやれたんだが。

 

「しかし想像通りというか、それ以上というか。さすがに半端ない強さだったな」


 リリーが思い出しながら呟いた。


「そうだな」



 俺も思い出しながら何か攻略の糸口が無いか考えるが思い浮かばない。

 少しずつでも先に進めるのか見通せない初戦だった。

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