第10話 悲しい別れ
助けに行くことに決めたからには急ごう。
「エレノア。自分とフォノンにクイックを掛けてくれ。俺はリリーに掛ける。とにかく急ぐぞ」
「はい」
「「クイック」」
「「クイック」」
掛け終わるとすぐに駆けだした。後ろは確認しない。気配感知から3人が付いてきているのは分かる。それよりも今は間に合うかどうかが問題だ。
また1人気配が消えた。くそっ。もう少しなんだ!! その角を曲がれば見えてくるはずだ。
そしてまた1人。…… 見えた!
見えたのは1人の冒険者が吹き飛ばされて倒れたところを、更に追撃しようとしているオークの姿だった。
「邪魔だ、どけ~~~」
追撃しようとしていたオークを大剣で吹き飛ばしてから、オーク達の前に立ち塞がる。目の前には2体のオークが残っている。そのうちの1体は普通のオークではなかった。
普通のオークは体色が茶色なのだが、このオークは暗めの赤色だ。若干小柄なのだが威圧感は上位種以上だ。
「シオン様。ここは私達で抑えます。まずは彼女達の回復をしてください」
すぐに追いついてきた3人が俺の前に進み出た。
彼女達? 後ろを見て確認すると、倒れているのはソフィア達だった。
くそっ。よりによってソフィア達だったのか。
「任せる。でも無理するな」
「はい」
3人のことが気に掛かるが、ソフィア達も治療しないとまずい。気配感知で生き残っているのはここにいるソフィアとサラだけだ。他のメンバーの反応は既にない。ダメだ。今は余計なことを考えず治療しないといけない。
サラは頭を打って気を失っているのか、頭から血が出ているが他の外傷はないようだ。ソフィアは右の肩と腕の怪我が酷い。肩が潰れている。どちらにしろ急いだほうがいいようだ。
ソフィアとサラを何重にも並列で起動したヒールで治療しながら、その間もエレノア達とオークの戦闘の様子を確認する。頭がキリキリと悲鳴を上げているが構ってはいられない。
エレノアとリリーは2人掛かりで仮称レッドオークを抑え込もうとしている。1体いた普通のオークはフォノンがさっさと仕留めたみたいだ。
このレッドオークは2本の鉄棒を両手で持って振り回している。二刀流ならぬ二棍流と言えばいいのか。動きも速く2人でも翻弄されているようだ。そして振り回している鉄棒を盾で受け止めたリリーが吹き飛ばされた。すぐに立ち上がって、エレノアも慌ててフォローしたので大事には至っていない。今の感じからするとパワーもありそうだな。
戦況を確認しつつ焦る状態でヒールを掛けているが、今は怪我が酷いソフィアに集中して治療している。サラは表面上治療は終わったので、後は目が覚めるのを待つしかない。問題はソフィアだ。さっきから少しずつ怪我が治ってきているが、肩は潰れている状態からの治療なので、少し時間が掛かっている。
「ファイアランス」
フォノンが2人との戦闘に集中しているレッドオークに向けて魔法を撃ったが、上位種と同様に魔法に気付いて回避した。魔法速度の速いフォノンの魔法を回避したのか!?
それからは魔法を警戒して、わざとエレノアとリリーを間に入れるような配置を意識しているように見える。どうやら知能も高いようだ。
ようやくソフィアの治療が完了した。まだ目が覚めないから確認はできないが、外傷は治ったはずだ。それから、少し遠くに離れて倒れているメリッサ、ポーラ、シャーラの確認もした。気配感知に表示されないということは、そういうことだ、と理解はしているのだが…… 俺が見たのは顔が潰されたり、首が変な角度に曲がったり、胴体の一部が陥没した痛々しい姿だった。
「グッ」
胃からこみ上げてくるものを我慢していると、次第にドス黒い感情が渦巻いてきた。話したのはほんの短い間だったけど、3人とも気持ちの良い冒険者だった。ついこの前楽しく笑っていた。
立ち上がってレッドオークを見た。エレノアとリリーを2本の鉄棒で攻め続けている。速さとパワーで2人を押し込んでいる、そんな姿を見た。
大剣を構えて目を瞑る。イメージしろ。どんな状態を望む。
カッと目を開き叫んだ。
「ショートジャンプ」
魔法が発動すると多くの魔力が消費されたのが分かった。そして一瞬で姿が消え、次に現れたのはレッドオークの背後だった。
すぐさま大剣に渾身の力を込めて、レッドオークの足に叩きつけた。
「グガァ~~」
レッドオークは絶叫して倒れ込んだ。千切れかかった右足では立つこともできないだろう。
「どうだ? 今まで4人の体を潰してきたお前が、自分の体を潰される気分は」
両手に持っている鉄棒を地面について立ち上がろうとしていたので、今度は左足を大剣で斬りつけた。
「グボォー」
左足が変な方向に曲がり、立ち上がることができなくなって、無様に倒れた。
「この状態でまだ立ち上がろうとするとは、なかなか根性あるな。まあでも、これで終わりだ」
大剣を構えると無防備に晒している頭に叩き込んだ。レッドオークが息絶えると、体はゆっくりと消えていった。そしてその後に大きなルビーが残された。
「こんな時にもドロップアイテムはあるんだな」
リリーが拾ったのにも匹敵する大きさだというのに、こんなにも嬉しくないなんてな。皮肉なもんだ。
「怪我はないか?」
「はい。守りに重点を置いていたので、大きな怪我はありません。それで、彼女達はどうでしょうか?」
代表してエレノアが報告して治療の状況を尋ねてきた。
「ソフィアとサラの治療は終わっている。後は目が覚めるのを待つだけだ。他の3人はダメだった」
「そうですか」
「詳しい事は後にして、まずは移動しないか? ここは魔物が湧く可能性がある」
リリーからの提案にこの場所の危険性に気が付いた。
「そうだな。ここからだと12階層に降りる階段が近い。一旦そこに退避しよう。俺がソフィアを運ぶから誰かサラを頼めないか?」
「私が運びます」
エレノアがすぐに引き受けてくれた。
3人の遺体のところに行き、顔と傷の部分を覆うように布を巻いてからマジックバッグに収納した。分かっていることだが、マジックバッグに収納できるという事実が心を重くした。
リリーとフォノンが先導して、その後をソフィアとサラを担いだ俺とエレノアが付いて行き、12階層へと続く階段まで移動した。
その場にソフィアとサラを寝かせて目が覚めるのを待つことになった。
「あのオークは異常な強さだったな。あんなのが出てくるのか?」
重い空気に耐えかねて、先程戦ったオークについて話した。
「あれが変異種というものでしょうか? 時々通常の種類とは違った、遥かに強い個体が出現することがある、と噂程度に聞いたことがあります」
エレノアが少し考えて答えてくれた。
「確かに普通から考えると異常な強さだったな。私とエレノアの2人掛かりだったから抑えられたが、まともに受けると簡単に吹き飛ばされる力があった」
「私の魔法も避けられてしまいました」
リリーとフォノンもさっきの戦闘を思い返して、レッドオークの異常性を語った。
「そういえば主さま。いきなり敵の背後に現れたように見えたんですが?」
「ああ、それは私も思った」
「私もですね」
3人とも俺がいきなり現れたのに驚いたようだな。
「あれは時空魔法のショートジャンプだ。目の届く近距離を瞬間移動する魔法だ」
「「「おお」」」
「いや、感心しているところ悪いが、まだ実用で使えるレベルにない。今回成功したのはたまたまだ。準備に時間も掛かるし、魔力も多く消費する。まだ熟練度を上げないと普通に使えないだろうな」
正直に言うと、今の段階では使う予定の無かった魔法だ。色々な問題も有るし、何より安全性も確保されていない。普段の鍛錬だと、害の無い物を瞬間移動してるレベルだ。今の時点では、危険性がある魔法だと言うことは黙っていよう。怒られそうだ。
「んっ」
ソフィアの目覚めが近いのかもしれない。呼びかけて促すか。
「ソフィア。ソフィア。起きろ」
ソフィアの近くで呼びかけてみた。無理に起こす必要もないかもしれないが、もし逆の立場だったら、すぐに状況を知りたいはずだ。悪い状況だとしても。
「んっ。ここは……。私……」
ソフィアは目を開けたが、記憶が曖昧になっているのか状況が分からない様子だ。焦点の合ってなかった目が、思い出してきたのか次第にしっかりとしてきた。
「私は確か右腕をやられて……。そうよ、皆は?」
急に戦闘のことを思い出したようで、いきなり立ち上がろうとした。しかし大怪我で血を失っていることもあって、すぐにふらついて倒れそうになる。慌てて体を支えながら話し始める。
「気を付けろ。怪我は治っているが完全じゃない。サラはあんたの隣で気を失っている。同じく怪我をしていたが治療した後だ」
「シオン君。あなたが助けてくれたのね、ありがとう。それで他の3人は?」
薄々気が付いているのだろう。今にも泣きそうに唇を震わせながら聞いてきた。
「他の3人は俺が来た時点で既に亡くなっていた。今はマジックバッグに収納している」
残酷な現実を話すと、ソフィアから力が抜けて寄りかかるように縋りついてきた。
「分かってはいたのよ。3人が攻撃を受けて吹き飛ばされて、全然動かなくなったのを見たもの。それでも、それでも……」
ソフィアは俺の腕の中で声を上げて泣き始めた。
暫くするとソフィアの泣き声で気が付いたのか、サラが目覚めた。サラは何も言わず周囲の状況を観察すると、静かに聞いてきた。
「3人は?」
何も言わず首を振ってやるとそれで理解したのか、ただ一言呟いた。
「そう」
サラは皆に見せないように背後を振り向くと、肩を震わせて声を上げずに泣いた。
2人が落ち着いてから、10階層の野営地に戻ることにした。
「2人ともどうするんだ?」
「とりあえずは町に戻るわ。3人をちゃんと弔ってあげないとね」
俺が渡したマジックバッグを触りながら寂しそうにソフィアは答えた。3人の遺体を収納しているマジックバッグはソフィアに貸し出した。幸い荷物はアイテムボックスに入れてあるし、通常は狩った獲物を入れるのに使っていたのだが、ダンジョンでは必要ない。ソフィアのことは信用できるし、町で見かけた時に返してくれれば良いと言ってある。
11階層を戻って行ったが、相変わらず冒険者パーティが多いので魔物に遭遇することは無かった。いつもは退屈なので嬉しくないのだが、今回に関してはあまり戦う気分ではなかったので助かった。
「その、なんだ……」
転移魔法陣の前で何か一言声を掛けようとしたが、何も言えることがなかった。
「気を遣わなくてもいいわ。あなた達には本当に感謝しているのよ。命の恩人ですもの」
ソフィアが儚げな感じで微笑んだ。そんな風な表情を見ると凄く心配になる。
「何かあれば何でも言ってくれ。俺達に出来ることなら手助けする」
「ありがとう。まずは町に戻って色々サラと2人で話し合ってみるわ」
「ああ」
まあ1人じゃなくて2人だから平気か?
「ソフィア。行く」
「分かったわ。それじゃあ」
ソフィアとサラは魔法陣に乗って消えていった。
今日は探索もほとんどしていないのに大変な1日だった。色々と考えさせられることが多いが、ゆっくり休んで切り替えていこう。
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