第2話 ネオンダンジョン(1)
「この中にダンジョンがあるんだな」
町の中にある防壁を見上げながら、何だか不思議なものを見る感じがして呟いた。聞いた話によると、特にダンジョンから魔物が溢れたことはないということだった。だが防壁が作られたということは、その危険があると判断されたのだろう。ここではなくても別のダンジョンで溢れたことがあるのか?
「この中には3つのダンジョンの入口があるって話だったな」
リリーも興味津々に見上げている。
「シオン様。あの場所でダンジョン内の地図が売られているみたいです」
エレノアが示したのは、情報屋が使っても問題ないと言っていた地図を売っている場所だ。大事なものだから忘れないうちに買っておくか。
「地図を買いたいんですが」
「お、毎度あり。ネオンとトオのどっちが欲しいんだ?」
どちらかというと商人というより引退した冒険者っぽい感じの男だな。実際そうなのかもな。冒険者を引退してそれまでの経験を活かして地図を売っているとか?
「両方ください」
「はいよ~。2つで小銀貨2枚だ」
小銀貨2枚を渡し2つの地図を受け取った。
「どんな感じだ?」
買ったネオンダンジョンの地図を見ていると横から覗き込むようにリリーが寄ってきた。
「1~25階層までは載ってるな。この情報を信じるなら少なくとも15階層までは普通に進めるんじゃないか」
地図にはどんな敵が出てくるかも情報として書いてある。どこまで情報を信じていいかは疑問だが。
1~5階層はウォードッグ、ジャイアントバット、キラースパイダー。
6~10階層はゴブリンとその上位種。
11~15階層はオークとその上位種。
16~20階層はマーダーベアとその上位種。
21~25階層はオーガとその上位種。
26階層からは地図はないがトロールが目撃されたと書いてあるな。
このダンジョン、何階層まであるんだろうな?
そしてダンジョンなんだが、不思議なことにどのダンジョンも5階層ごとに1階層に戻れる転移魔法陣が設置されているらしい。もし日本でイメージされたダンジョンと同じものなら、ダンジョンマスターなる者が存在して管理しているのだろうか。そうするとこの転移魔法陣の設置も、ダンジョンマスターマニュアルみたいなものがあって、それに従ってダンジョンを構築していたりしてな。まさかな。
「この×印はなんだ?」
リリーが地図の×が書かれているところを見て聞いてきた。
「ちょっと待ってくれ。これは罠がある場所みたいだな」
「どんな罠か分かるか?」
「いや、そこまでは書かれていないな」
「それは実際に調べてみないと分からないのか」
どうせなら罠の内容も書いてくれていると便利なんだが。誰も指摘しなかったのか?
防壁の中に進むと3つのダンジョンの入口らしき門の前に人が並んでいた。門の近くには冒険者ギルドの係官がキューブを装置にかけて確認をしている。その近くには迷わないようにだろうか、ダンジョンの名前も記されていた。
「わ~。結構人が並んでいますね」
「そうですね。私達も並びますか?」
エレノアが俺を見て確認してきた。
「そうだな。まずは並ぶか」
結構人は並んでいるが、係官も冒険者も慣れたもので何の迷いもなくキューブを出し確認しているので、人の進みは速い。
俺達の順番もすぐきたので、前の人たちに倣って、何も言わずにキューブを出して確認してもらい先に進めた。
「お~。これが迷宮型と言われるネオンダンジョンなんですね」
「このすぐ横にある部屋が、下の階層から転移したときに出てくるところですか」
フォノンとエレノアが門を抜けたところを確認しながら進んでいる。俺も進みながら初めてとなるダンジョンの様子を伺う。危険があると分かっているが、この雰囲気すごくワクワクしてくるな。まあ半分以上は日本での影響によると思われるが。
「話に聞いていた通り、中は灯りが無くても平気だな」
リリーも興味深そうに見ながら、情報屋で聞いた内容を思い出しているようだ。
これだけダンジョンに入場する人が多いと、入口付近は魔物がいる気配も無い。特に緊張もなくどんどん先に進んだ。さすがに低階層では罠の表示もないのでダンジョンを散歩している感じだ。
そうして先に進んでいると、唐突に前方で気配が発生するのが分かった。なるほど。こうやって魔物が湧いてくるんだな。
「前方に魔物が湧いたようだ」
「はい。私に任せてください!」
フォノンが即座に返事してから前に出て歩き出した。
暫くすると敵もこちらに気付いたのか、気配が近づいてきた。
「ファイアアロー」
火矢は真っ直ぐに飛んできた敵に突き刺さった。フォノンは火魔法が★2になってから魔法を撃つのがかなり速くなった。それに加え魔法威力、命中精度も★1なので、このパーティでのダメージディーラーと言えるだろう。正直羨ましい。俺はまだ各属性魔法が★1なので準備に時間がかかる。
たぶん飛んできたことからも分かるがジャイアントバットだろう。ファイアアローの一撃で既に死んで地面に落ちている。
魔物が溶けるように消えると、その後に魔石と牙と皮膜っぽいものが残っていた。
「魔石はともかく、残りがドロップアイテムなのか?」
魔石と牙と皮膜っぽいものを拾いながら、誰にともなく聞いた。
「はい。ジャイアントバットの牙と皮膜ですね。錬金術の素材として使われることが多いので、冒険者ギルドに納品出来ると思います」
すぐにエレノアが答えてくれた。
なるほど。確かにこれは楽だな。解体作業もなく金策になる物が貰えるとなれば、冒険者に人気なのも分かるというものだ。
それからも地図も有り人が多くて魔物も少ないとなると、あっという間に2階層に降りる階段が見つかった。これは先に進まないとまったく面白くないな。
2階層に降りたものの、やはり魔物はおらずすぐに3階層に降りる階段に到着した。他の冒険者も考えることは一緒か。狩りが出来る階層まで真っ直ぐに降りている状態だから、その通り道は魔物も狩られている。しかし7等級へは地道に依頼をこなしていればなれるのもあって、初級冒険者パーティ?とでも言えばいいのか、戦闘にあまり慣れていないパーティもいるらしく、途中で必死に戦っているのを見かけた。このダンジョン都市で育った子供も多いだろうし、冒険者になって必死にお使い依頼なんかをやって、ようやくダンジョンに入れたって人もいるだろう。
「おっ。久しぶりに魔物の気配だ」
「そうか。では今度は私がやろう」
戦いたくてうずうずしていたのか、間髪を入れずにリリーが応えた。反応を見てみると2体の魔物だと思うが、3階層の魔物だし問題ないだろう。
先に進むと前方から唸り声が聞こえてきた。どうやらウォードッグのようだな。
リリーは同時に飛び掛かってきた2体のウォードッグを前に、避けるつもりもないのか微動だにせず迎え撃った。右側の敵を剣で斬り捨てると、左側の敵は盾で跳ね返した。そして跳ね返した敵に素早く剣を突き刺して倒した。
さすがに何の不安もない戦闘だったな。まあ当然か。
ウォードッグのドロップアイテムは魔石と布?だった。毛皮じゃなくて何で布なんだ?
「ドロップアイテムなんだが……」
「これは魔物布ですね。丈夫なのでよく服の素材に使われています。これもギルドに納品することができます」
やっぱり布なんだな。これが出回っているおかげで服はそこまで高くないのか?
その後は魔物に遭遇することもなく4階層へ降りた。
4階層に降りてすぐに魔物が固まっている気配があった。
「この先に魔物が固まっているな。全部で10体ぐらいか」
「ほう。なかなか楽しそうだな」
リリーが笑いながら言った。その顔は綺麗だが言っている内容が内容だがな。
「私も前に出ますね」
エレノアが壁になるべく前に進んだ。エレノアって元は商人のはずなんだが、凄く逞しくなったな。
2人を先頭にして先に進むと、前方からシャーシャーと音が聞こえてきた。魔物が警戒して音を出しているんだろうか? 残りとなるとキラースパイダーか。
エレノアとリリーが近づくと、敵は鋭い爪と牙で攻撃してきた。
このスパイダーも地球ではお目にかかれない大きさだ。普通に犬ぐらいだと捕食するだろう。もし日本で遭遇したら走って逃げる自信があるな。
エレノアとリリーが魔物の多さと手数の多さに対抗している間に、俺とフォノンは魔法の準備をしていた。
「⦅ニードル⦆」
「アイスニードル」
2人の魔法は魔物の群れを蹂躙した。魔物が弱いこともあるが、全ての魔物を串刺しにして消滅させることが出来た。俺のは土魔法だが、フォノンは氷魔法で同じことが出来るようになった。これも先を越されたな……
そして残されたのは魔石と糸だ。
「今度は糸か」
「この魔糸も丈夫でよく使われています。ギルドに納品できますね」
すぐにエレノアが答えてくれたが、これも数を揃えれば稼ぎになるんだろう。俺としては微妙なドロップアイテムだが。
それからすぐに5階層への階段を降りた。
5階層では2、3回戦闘はあったが、ウォードッグとジャイアントバットが少ない数だけだったので、特に問題もなく中ボスの間とでも言えばいいのか、大広間の扉に着いた。この先の中ボスを倒せば1階層に飛べる転移魔法陣がある。但し、この低階層の中ボスの間は冒険者が多く、順番待ちとなっていた。
「7パーティ待ちというところですかね?」
フォノンが前方を覗き込みながら数えて言った。
「少し休憩しながら待つか」
「そうだな。この広間に出てくる敵はウォードッグコマンダーとウォードッグの群れだったな」
リリーが改めての確認に敵の情報を聞いてきた。
「ああ。その通りだな」
「私とエレノアで壁になって戦うか?」
リリーが提案すると、エレノアも頷いてから俺を見てきた。頼もしい前衛がいて俺も嬉しいところだが。
「もし入っていきなり攻めてきたら頼む。だが敵が動いてこなかったら俺とフォノンの範囲魔法で数を減らすことにする」
「分かりました」
「はいです」
「了解だ」
それから暫くの間待っていると、俺達の順番になった。ここで待っているパーティのほとんどは、この先の敵は問題としないみたいだ。まあほとんどのパーティは通過点でしかないからな。
扉を開いて全員で中に入ると、少しして自然に扉が閉まった。
どうやらイージーモードだったようだ。全員中に入ったが敵は真ん中から動いていない。
フォノンに顔を向けて頷くと魔法の準備を始める。しっかり時間を掛けて魔力を込めてから、敵に向けて魔法を撃った。
「⦅カッター⦆」
「エアーカッター」
重ねられた幾重もの風の刃は、ウォードッグコマンダーを中心に突き抜けていった。
敵の至る所から「ギャンギャン」と泣き叫ぶ声が聞こえてくる。無事だった敵はいないらしく、ウォードッグコマンダーですらよろよろとしている状況だ。
「とりあえずトドメは刺すかな」
「そうですね」
リリーとエレノアがその様子を見て、ゆっくりと敵の集団に近づいていった。
全てのドロップアイテムを回収してから、大広間の隣の部屋へとやってきた。
その部屋は先に進む階段と、転移魔法陣が設置されていた。
「今日は帰るのですよね?」
「そうだな。今日は初めてのダンジョンの体験みたいなものだし、宿屋も予約してあるしな」
「ふふっ。明日からは泊まり込みでダンジョンだな」
「リリーさん、楽しそうですね」
「ああ、楽しみで胸がドキドキしているぞ」
「じゃあ、転移魔法陣を使って帰るか」
「「「はい(ああ)」」」
全員で転移魔法陣に乗って1階層に転移していった。
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