閑話 ミナサリアリリーの希望


私はミナサリアリリー・ルイーゼ・ファラダム。ロレーヌ王国のファラダム男爵家の長女だ。

貴族家令嬢といえばドレスを着て優雅に過ごすのが普通だが、私は小さい頃から木剣を振り回すのが好きだった。お父様も男子に恵まれなかったこともあって、私に剣術を教えるのが楽しかったのかもしれない。私が大きくなってから普通の令嬢のような生活が送れなくなっていることに気付いた時は、後悔したみたいだが。

ファラダム男爵家が治める領地は、王国の南端に近い場所に位置する小さな領地だ。1年前までは南のガライヤ帝国と国境付近で小競り合いが続いていたが、現在は休戦期間なので比較的落ち着いていると言える。



私は12歳から騎士学校へと通い始めた。お父様は貴族学校の方を勧めてきたが、私が我儘を通したことになる。小さな頃から剣を振るうお父様を見てきた私には他の選択肢は思い浮かばなかったのだ。


学校での鍛錬は厳しいものだったが、幸い私には剣術スキルがあったこともあり、充実した学校生活が送れた。16歳になって学校を卒業すると女性王族の護衛騎士見習いの話があったが、私は領地に帰ることを決めていた。

お父様の後を継げるのは私しかいないので昔から決めていたことだ。

私のお母様は、私の弟となる子を身籠ったものの死産してしまった後、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった。貴族は跡継ぎが大事なのだが、お父様は再婚をしなかった。理由を尋ねると、お母様以外と結婚する気はないと言われた。その答えは私にとっては嬉しいことだが、結果、この男爵家を継げるのは私しかいないことになった。



領地に戻りお父様の手伝いをしながら剣を振って1年が経った。そんな日常にも慣れてきた頃、いつものようにお父様の執務室に向かっていた。


「どういうことだ。何故何の連絡もないのに、ガライヤ帝国が国境を越えられるんだ?」


お父様が怒鳴った声が外にまで聞こえてきた。


「お父様どうされたんですか?」


「今急ぎの伝令が来て、ガライヤ帝国に国境を越えて攻め込まれていると連絡を受けた」


「えっ。国境を越えてですか?」


「そうだ」


お父様が怒鳴った気持ちが分かる。国境にはミハイエル伯爵様の領地が在り砦も存在しているのだ。簡単に抜かれるはずはないし、それ以前に攻められたら王国中に知らせが走るはずだ。


「どういうことですか」


「分からん。だが・・・」


お父様は口にはされていないが、何か思い当たることがあったのかもしれない。


「急いで王都に緊急の知らせと応援の要請をせねば」


それからは何人かの伝令を送り、我が領地も戦争に備えて準備をしていった。

南に近い村は避難を進め、男爵家も準備が整いつつあるが、敵の軍勢も直前にまで迫っていた。



そんな時王都からの伝令が届いた。


「くっ」


伝令が持ってきた書状を呼んだお父様が苦悩の声をあげた。


「お父様、書状にはどんなことが?」


「決戦場に戦力を集中している最中で、我が男爵家には準備が整うまでの遅滞戦闘を命じられた」


「そんな、男爵家だけで帝国を抑えられるわけがありません」


「命令は命令だ」


「お父様」


「サリア、お前は陣頭指揮を取り領民を護衛して安全地帯まで逃がせ」


「お父様と一緒に帝国を抑える方に参加させてください」


「だめだ。一番大事なのは領民が無事生き延びられることだ。お前に任せたい」


「・・・はい。分かりました」


「サリア忘れるな。どんな状況でも最善を尽くして生き延びることを考えろ。今の私が言えることではないかもしれないが、それが父親としての最後の言葉だ」


「はい」


「なるべく急いでくれ。領民が逃げ切れるまではこの館で耐えてみせるつもりだがな」


「ご武運を。お父様」



幸い村の避難はほぼ終了していたので、後はこの町の住民を後方に送れば避難は完了する。


「お嬢様、町の確認は終了しました。残っているものはおりません」


「分かった。それでは我々は避難する住民の先頭と殿につき、急いでこの町を離れるぞ」


「はっ。早速取り掛かります」


何とか領民の避難は完了しそうだ。


領民は皆、急な避難指示だったため十分な準備もできず、後方への移動も思った以上に時間が掛かった。時間が掛かれば掛かっただけ、私は焦る気持ちが滲み出てきた。もう帝国の軍勢は我が領地に押し寄せている頃だろう。

早く早く後方への避難を終えてお父様の元へ戻りたい。


避難を開始して3日後、ようやく帝国の進行ルートから外れるだろう町に到着した。私はお父様から受けた役目を果たした。つき従ってくれた家臣にはこの町で待機するも良し行動の自由を与えた。私について来たとしても、その先に未来はないのだから。



この先に未来は無いと言ったのだが、5人の家臣が私についてきた。私が戻るのは帝国に蹂躙されているだろう我が領地だ。戻ったところで何もできないのは良く分かっている。それでも戻ってこの目で確認したい。


休みも取らずに領地まで駆け抜けた。本来であれば最低の行軍と言えるだろう。体力も限界に近く、何か起これば対処が難しい体調だ。

そうしてまで駆け抜けた私が見たのは、無残にも焼き払われた街並と館だった。


「お父様・・・」


幸い近くには帝国の軍勢の姿はなく、私は館へと急いだ。

館は門周辺で激戦が繰り広げられた跡が残されており、多くの家臣の死体があった。


「・・・」


館へと近づくと半分以上焼け崩れており、最後に見た時との違いに胸が張り裂けそうだ。

予想していたとはいえ最悪の状況に急いで館へと入っていった。扉も壊されており、そこでも激しい戦闘が行われたことが分かった。まだ何とか無事な階段を駆け上がり執務室へと向かった。


「お父様っ」


執務室に入ると全身を斬り刻まれて死んでいるお父様の姿を見つけた。


「お父様、お父様あぁぁ」


力を無くした体に縋りつき泣き続けた。



どれくらい泣き続けたのか、いつの間にか同行してくれた家臣が全員集まっていた。


「お嬢様。お気持ちは痛いほど理解できます。ですが、この場に留まり続けることは危険です。急いでここを離れましょう」


「お父様をこのままにして逃げろというのか!!」


私は激昂して家臣に怒鳴った。


「そうです。ここに残ってお嬢様の命を危険に晒すことこそ男爵様は望みません」


「くっ」


「お辛いとは思いますが、どうぞご理解ください」


「・・・分かった」


私は項垂れながら家臣に従った。


「⦅お父様不甲斐ない私をお許しください⦆」



館から出たところで、10人の敵兵士が待ち構えていた。


「ひゅう~。ひょっとしたらって網を張っていて正解だったぜ」


「おい、男は殺してもいいが女は無傷で捕らえろよ」


「そんなことは分かってるぜ」


敵兵士達はこっちを逃がさないように包囲し始めた。


「お嬢様に指一本触れさせるな」


「「「「おう」」」」


「お前たち、私に構わず自分の身を守れ」



一斉に掛かってきた敵兵士に始めから押されっぱなしだった。ただでさえ倍の数のうえ、ここに駆け付けるのに体力を消耗し過ぎていた。


「ぐはっ」


「ははっ。こいつら全然大したことないぞ」


一人また一人と倒されていき、私も日頃の力がほとんど出せずにいた。


「後はこの女だけだぞ。囲んで怪我させないようにしろ」


「くっ。一人になろうとも最後まで引かん」


「勇ましいな。そらっ」


一人の敵兵士が斬り結んできて力で対抗していると、背後から何かで殴られた。


「ぐぅっ」


「よし、押さえろ」


兵士に押さえつけられ身動きが出来なくなった。



「いい獲物が手に入ったな。さて、どうするかな」


頭上でそんな話をしているのを聞きながら抵抗していた、その時、門の外から帝国兵らしい一部隊が姿を見せた。それを見た10人の敵兵士たちは急に慌てだした。


「そこのお前たち」


「は、はい」


「どこに所属する兵士だ?」


部隊の隊長らしい男が問いかけてきた。


「あ、いえ、俺たちはその・・・」


「答えられないということは、脱走して甘い汁だけ吸おうとする輩か」


「く、くそっ」


私を捕らえていた兵士たちは、すぐに逃げ出そうとした。


「捕らえろ。抵抗するようなら斬り捨てて構わん」


それからの戦闘は一方的なものとなった。私を捕らえていた10人の兵士は、歯向かったために全員がその場で斬り捨てられた。


「問題は貴方かな? ロレーヌ王国の兵士だとは思うが」


「私はミナサリアリリー・ルイーゼ・ファラダム。ファラダム男爵家の者だ」


「なるほど。貴方には選択肢を与えよう。大人しく捕虜となるか、それともここで戦って死ぬか」


捕虜というのは屈辱だ。しかし、ここで抵抗して戦うことに何の意味があるのか。


「分かった。大人しく投降する」


「ありがたい。俺としても無駄な事をせずに済むのは助かる」


「本来捕虜が言える立場ではないが、頼みがある」


「何かな?」


「ここで私を守って死んだ5人の家臣と、館のお父様を弔いたい」


本当は家臣全員を弔ってやりたいが、捕虜の身でそこまでは言えない。


「ふむ・・・。まあ、構わないか。今は急いでいることもないしな。おい、何人かで手伝ってやれ」


「よろしいのですか、隊長」


「それぐらいなら構わないだろう」


「了解しました。それにしても隊長もお人好しですね」


「まあ、そう言うな」



それから帝国兵にも手伝って貰って、お父様と5人の家臣の遺体を館の庭に埋めることができた。戦争中にこんなことができたのも、この部隊の隊長が人格者だったおかげだろう。


ひょっとしたらお父様と5人の家臣は、敵兵の力を借りたことに怒るだろうか? もしそうなら不甲斐ない私を許してほしい。今の私に出来るのはこれぐらいしかない。



「では、我々に同行頂こうか」


「分かった」




それから私は後方へと護送されて、どこか分からない建物に幽閉された。そこでは別に尋問をされることもなく、数か月が過ぎた頃。



「初めまして、お嬢さん。私は奴隷商を営んでおりますリグルドと申します」


奴隷商人が私の元へ訪れた。


「済まないが私はこれでも騎士だと思っている。お嬢さんというのは遠慮願いたい」


「これは失礼しました。それでは早速本題に入りましょう。あなたを奴隷として私が預かることになりました」


「一つ聞かせてもらってもいいか?」


「はい、なんでしょう」


「ロレーヌ王国とガライヤ帝国の戦争の行方はどうなったのだ?」


「ああ、なるほど。先日、ガライヤ帝国によりロレーヌ王国は滅亡しました」


食事を運んでくる者たちの話から何となく予想はついていたが、ロレーヌ王国は敗れたのか。私は帰る場所を失ったんだな。


「もし奴隷になるのを拒んだらどうなる?」


「そうですな。帝国へ護送され、その後の事は私の管轄ではありません」


「そうか」


「お悩みでしたら私にお任せいただけないですかな。私は奴隷を不幸にする取引は行わない主義なのです。あなたは生きることを選びました。もし死ぬつもりなら捕虜にはならずに死を選んでいたことでしょう。あなたがどんな思いで生き延びたのかは私には分かりません。ですが今後のことを私に賭けてみるのはどうでしょうか」


奴隷商とは思えないぐらい真摯に話しかけてくる男だ。

私はどうしたいのだろう。祖国も領地も何もかも失った。それでも私はまだ死にたくないと思っているみたいだ。お父様も私が生きることを望んでいる。ならば、生きるためにはこの男に賭けてみるのが良いのだろう。


「分かった。お任せする」


「はい、お任せください」



お父様、私の判断は間違っているかもしれません。それでもお父様の言われたように生き抜いてみせます。最後の瞬間まで。

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