閑話 フォノンの憂鬱


私の名前はフォノンです。

サマリア王国王都リアから北西に少し進んだ先にある小さな村に住んでいます。何年も前に西の方の土地から移住してきた、獣人の部族が興した村だそうです。この村では火の君と呼ばれる、移住してきた部族の守り神を祀っています。



村では年に一度、五穀豊穣を願って火の君にお願いする祈年祭が開かれます。火の属性を少し抑えてもらって、なるべく四属性が均等になるようにして、豊作に恵まれるようにお祈りします。今はその準備で村全体が忙しなくなっています。



「フォノン。私とお父さんは手伝いに行ってくるから、家のことと、テリスのことお願いね」


「うん、任せて大丈夫だから」


テリスは私の11歳下の弟です。かなり年の離れた姉弟になりますが、お父さんとお母さんが男の子が欲しくて頑張ったみたいです。色々な物に興味を持ってウロウロして、家族を心配させます。


「テリス、お姉ちゃんとお留守番ね」


「うん、わかった」


こうして家事や弟の世話をしている私ですが、両親からはそろそろ嫁ぎ先を決める頃かという話を時折聞いています。たぶん、条件の合いそうな家を探して話をしているのだと思います。弟の世話ができるのもそう長い時間はないのかもしれません。




祈年祭の当日、村の大広間では組まれたやぐらに、何本もの丸太が立て掛けられています。これに火を付けて盛大に燃え上がったのを確認してから、村長が火の君に感謝と来年の豊作のお願いの言葉を言上します。

とりあえず儀式の方は終わり、後は踊ってる人騒いでる人まちまちですが、私はさっきまで一緒にいたテリスとはぐれてしまって探しています。そこまで人が多い村ではありませんが、祈年祭で人が集まってるのと、テリスが小さいのもあって見つからないのです。


「おい、そこに近寄ったら危ないぞ」


その声を聞いて嫌な予感がしました。その声は大広間の中心で聞こえた気がしたので、急いでやぐらが組まれているほうへ行きます。

そこで目にしたのは、テリスがやぐらの近くで火を見上げている姿でした。やぐらは毎年燃えてくると崩れてくるので近寄る人はいません。

私は急いで連れ戻すために、テリスに走り寄りました。


「テリス、ここは危ないから離れるよ」


「すこしみたい」


「ダメ行くよ」


そんな時バキバキという嫌な音がしました。見上げると火の塊が落ちてくるところでした。とっさにテリスを庇い、手で火の塊を受け止めようとしたのを最後に意識を失いました。




気が付いて目を開けると、家のベッドに寝ていました。起きようとするよりも前に両手に激痛が走りました。


「ううっ。・・・はぁはぁはぁ」


手を見てみると、両手に手当したように布が巻かれていました。

その気配に気付いたのか、お父さんとお母さんが部屋に入ってきました。


「フォノン。痛みは大丈夫か?」「フォノン、ううっ」


「両手がすごく痛い」


「そうか。冷やして薬も塗ってあるんだが。後は回復魔法を頼むしか・・・」


「そうだ。テリスは大丈夫?」


頭が働き出してようやく状況を思い出しました。


「ああ、テリスは怪我1つ無かった」


「良かった」


後から聞いた話だと、降ってきた火は私の両手に燃え移ったけど、燃えた木などは私とテリスを避けて落ちたらしい。

それから私は回復魔法を掛けてもらったけど、痛みは取れても、火傷の痕と手の引き攣れは直ることもなく、両手を動かすのも不自由するようになりました。




次の年、村は干ばつに見舞われました。まるっきり雨が降らなかったのが原因です。

村ではどうするのか色々話し合われましたが、口減らしするしかないというところまで話がきていました。


私はここ最近の村の噂を伝え聞いてます。私が去年の祈年祭を汚したから雨が振らないんだと噂されているのを。表立って言われたことはありませんが、裏で話されているみたいです。両親も何も言いませんが、たぶん肩身が狭い思いをしてるんだろうと思いました。


「お父さん、お母さん。今度来る奴隷商に私を売ってください」


「フォノン。お前は今回の対象からは外れているから気にしないでいいんだぞ」


今回口減らしの対象は8歳から12歳だと聞いています。それでも私は今の自分の状況を考えて決断しました。


「私はこれ以上、私のことでお父さんとお母さんに迷惑掛けたくないの。それにこの村にいても何もできることは・・・」


今の私は両手が不自由なために両親に迷惑を掛けている状態で、既に嫁ぎ先の話も全て消えたそうです。


「分かった。村長には話をしておく。すまん、何もできない父さんを許してくれ」


「ごめんなさい、フォノン」


「謝らないでよ。全部私が起こしたことだから」


お母さんの胸に顔を埋めて思いっきり泣きました。




明日には奴隷商が村に来て、私を含めて6人がこの村を去っていきます。

私のこの両手の状態で買い手がつくのかは分かりませんが、もうこの村で憂鬱な気分で過ごすのは最後です。どうか私にも生きていて良かったと思える生活が待っていることを祈ります。

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