閑話 エレノアの覚悟
私はエレノアと言います。
サルエール伯爵領にあるリニヨンという小さな町で薬草関連を取り扱う商人の妻です。いえ、正確には妻でした。
ここまで順風満帆な生活とはとても言えませんが、好転の兆しが見え始めた矢先の出来事でした。
私には5歳より前の記憶がありません。薄っすらとしか記憶にないのですが、リニヨンの孤児院の前に立っていたそうです。院長先生に拾われてからは、孤児院の一員として生活してきました。
孤児院での生活は楽ではなく、満足な食事が取れることはありませんでした。それでも餓死することがないぐらいに食べられていたのは、まだ恵まれていたのかもしれません。
孤児には後ろ盾はなく、孤児院を出てからは自分達の力で生活して行かねばなりません。多くの孤児は孤児院を出た後、まともな生活が送れていません。
そんな境遇を嫌った私は、ただ漠然と生活するのではなく将来に向けて何ができるのかを考えました。幸い教会では無料で読み書きや計算を教えてくれることが分かり、必死に勉強したおかげで12歳の頃には、道具屋の小間使いとして雇って貰うことができました。
しかし思った以上に生活水準は上がらず、何時しか気力を無くし漫然と過ごすだけの日々を送っていました。
私が17歳になった年のある日、孤児院で一時一緒に過ごした5歳年上の男性が現れ、小さいけれど店を構えることができたからと結婚を申し込まれました。私はその人の事は覚えていましたが、特別な感情を持っていたわけではありませんでした。ただ、気力を無くし漫然とした生活を送っていた私は、今の生活を抜け出せる事が頭の中を占めて、申し出を受けることにしました。
それからの生活も決して楽ではありませんでしたが、夫と2人で頑張って働いてきた甲斐があって、店の経営も少しずつ上向いてきていました。
それから3年も経つと、店にも3人の店員を雇えることができるぐらいになりました。3人の店員はどうせならと孤児院出身の子を雇うことにしました。
そんなある日、夫が1つの大商いの仕事を決めてきました。それはある特殊な薬草を大量に仕入れて期限までに卸せば、かなりの利益を生む内容でした。夫は行商時代に培った仕入れ先からの入手に自信があって今回の仕事を受けたようでした。
私はこの話を聞いた時言い知れない不安を感じました。それと言うのも今回の話を失敗した場合多額の弁償金が発生することになります。取引先は日頃お世話になっている商会ではありますが、今回の依頼は貴族様からきている話であり、その関係で期限などの融通も効かなかったのです。仕事を受けた後に断るのは信用を失う可能性もありますが、それでも断れないか夫に相談しました。
夫は心配ないと言い、自ら仕入れ先に向かいました。
そして、その20日後に夫を含めた数組の商隊が盗賊に襲われ全滅したとの連絡が届きました。
私は薄情なのかもしれません。悲しいという感情は当然ありましたが、今はこの最悪な事態を収めないといけません。期限が近づいている取引の薬草が集められないか、駄目元で期限が延期できないか色々と検討しましたが、全て駄目でした。
方々手を尽くしましたが、店や資産全て売り払うことで弁償金を払うしか手はありませんでした。
全てを無くして、何年振りかの無気力な状態で過ごしていましたが、孤児院出身の店員3人のことに思い至りました。
このままでは彼らも路頭に迷うことになってしまう。そんな人の事を気にしている場合ではないことは理解しています。それでも私達を信じて働いてくれていた彼らです。
私は1つ思い浮かんだ案を実行することに決めました。
この辺りでは一番大きな領都サルビナに向かい、奴隷商館を訪れました。私は自らを奴隷として売り、その販売代金で、彼ら3人の最後の給金としました。
私は全てを無くし奴隷となってしまいましたが、別に人生を投げてしまったわけではありません。もう無気力に生きていく気もありません。もし私を購入される人が現れたら、その人に尽くしてその人と共に歩んでいく覚悟です。
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