閑話 受付嬢の独り言


私はフェリスと言います。

サマリア王国の東の町ロマナの冒険者ギルドで受付をしています。15歳から勤め始めて4年になりました。ここロマナは、竜の背と呼ばれる大きな山脈の麓に広がる、深い森に近いこともあり、魔物の発生が多く冒険者が活発に活動している町です。


この日、新たに冒険者を目指して1人の若者が訪れました。

その人は、冒険者ギルドに入った瞬間に目を引くような姿をしていました。背は高く、私より頭1つ分以上は大きいでしょうか。何より鮮やかな蒼色の髪と目が特徴の整った顔立ちをしていました。


「こんにちは。冒険者登録をお願いしたいのですが」


冒険者登録ということで、登録用紙を渡しましたが自分で記入をされました。

町の人でしょうか? 町に住んでいる人は字が書ける人が多いのですが、村から出てきた人は字が書けないことが多いです。

書き終わって預かった用紙を見てみると、名前はシオンさんと言うそうです。出身地は・・・ニホン? そんな名前の土地ありましたっけ? 遠い場所なのでしょうか。


「シオンさんですね。改めまして、本日担当させて頂きます、フェリスと申します」


「フェリスさん、よろしくお願いします」


その後スキルを調べてみると、シオンさんは戦闘スキルがありませんでした。ギルドでは新しく冒険者になった人の死亡率を下げるために戦闘スキルがない人の魔物討伐依頼を制限しています。シオンさんにもその旨説明して理解を求めました。

シオンさんも少し動揺していたようですが、彼を守るためでもあります。仕方ありません。

その後、冒険者についての説明を終えてその日は終わりました。




翌日、私が休憩している間に同僚からシオンさんが来たことを聞きました。この町で活動している冒険者は多いのですが、その中でもシオンさんの容姿は目立つので、すぐ彼のことだと分かりました。同僚のアイリから聞いた話では、剣の指導をしてくれる人がいないか相談にきたそうです。真面目ですね。あと、驚いたことに16歳なんだそうです。アイリも驚いたそうです。16歳にしては落ち着いていますよね。




それからギルド専属冒険者から指導を受ける当日、シオンさんは受付に来ましたが、少し迷った後にアイリの座るカウンターに行きました。いえ、別に残念とは少しも思ってはいません。たぶん彼は律義にアイリに相談した内容だから、アイリに話を通したんだと思います。

冒険者ギルドの受付嬢として、冒険者のみなさんに対しては公平の立場で接しています。特別扱いはいけません。


それから数時間後、指導が終わったのかフラフラになりながら、アイリの受付カウンターに並び、挨拶をして帰っていきました。やっぱり律義ですね。




朝、冒険者の対応が落ち着いた頃、シオンさんが掲示板の依頼を見ているのに気付きました。暫く依頼を眺めた後に私のほうへ相談にきました。

平原ウサギの査定についてですか。う~ん。解体はなかなか難易度が高いんですよね。特に新人さんたちにとっては。


「シオンさんは解体をされたことはありますか?」


「いえ、ないですね」


やはり未経験ですか。そういえばさっき解体前の平原ウサギが納品されましたね。ルイスさんが「最近のヤツは、ろくに解体もできね~」って愚痴っていましたね。まだ間に合うでしょうか?

シオンさんの確認を取り、ルイスさんの状況を確かめにいきます。


無事シオンさんに解体現場を紹介することができました。ちょうどいいタイミングでしたね。

あ、でも。大丈夫でしょうか。初めての人に解体ってなかなか辛いものがあるんですが。


やはり戻ってきたシオンさんの顔色は真っ青でした。




シオンさんはその翌日から毎日のように平原ウサギの納品に訪れます。その数もだんだんと増えていきました。しかもその全てが解体され問題ないレベルに処理されたものです。解体を面倒がる冒険者も多いのに。当然これだけ依頼を達成されていますから、9等級に昇級されました。シオンさんは昇級に無関心でしたが、昇級はギルドが冒険者を評価している証でもあります。


そんなシオンさんが聞いてきたのは、次に狙う依頼でした。個人的には魔物討伐でも十分問題ないレベルに達していると思うのですが規則は規則ですから。そんなシオンさんにオススメしたのはモウモウ狩りです。

正直、普通の新人でソロの人にはオススメしない依頼です。パーティであっても油断できない相手ですからね。でも・・・シオンさんの実績から十分に狩れる実力が示されています。と言っても少し心配なので念を押しましたが、これで慎重に行動してくれるといいのですが。




それから数日後、シオンさんは何の問題もなくモウモウの納品を報告に来られました。さすがに最初は苦労したみたいですが、色々工夫されているようです。

それから順調に納品されていたある日。


「狩りをしてるときに剣がスムーズに振れた感じがしたので、もしかしたら剣術を覚えたかもしれません」


「えっ。シオンさん、冒険者を始められて一月経ってませんよね? もう戦闘スキルを獲得されたのですか??」


えっ、ウソ。スキルなんて年単位で頑張っても覚えられないくらい大変なのに。

そんな私の驚きを嘲笑うかのように、水晶球に剣術スキルが表示されました。


「本当ですね。剣術スキルを獲得されています。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


シオンさんは淡々とされていますが私が受付を勤め始めて、こんなに才能豊かな人は初めてみます。たぶん才能だけではなく、日々鍛えられているのでしょう。

早速シオンさんは、魔物討伐を始めるみたいです。ゴブリン狩りをオススメしましたが、特に問題ないでしょう。モウモウも普通に狩れているので実力的に何の心配もありません。




案の定、彼はゴブリン討伐を終えられてギルドに報告に訪れました。

話を聞くと森の中には踏み込まず、森の外に出てきたゴブリンを退治したそうです。そして、森の探索が不安だったので相談に来たそうです。冒険者に成り立ての若者は、根拠のない自信で突き進む人も多いのですが、さすがです。




それからもゴブリン討伐のみならず、平行してモウモウの納品も続けられました。ギルドとしては、お肉の納品は町に食料を供給する大事な依頼ですので、とても助かります。まだ活動を始めて1年にも満たない新人冒険者の貢献度とはとても思えません。彼の今後を思うとなんだかワクワクするようなドキドキするような、そんな楽しい気持ちになってきます。

そんな気持ちを抑えて、8等級への昇級をお知らせしました。相変わらず、昇級には関心を示されない彼ですが、こんなに早く8等級になるなんて凄いことなんです。




専属冒険者から平原ウサギが増えすぎて問題になるかもしれないと報告が上がってきました。ギルドとしては、ある程度実力のある人にも間引きをお願いすることになりましたが、やはり彼にもお願いしましょう。

彼が報告にギルドを訪れた時に間引きのお願いをしました。5日間の間引きを引き受けて貰いましたが、彼ならばある程度の数を間引きしてくれるでしょう。


ギルドで間引きをお願いした影響でいつも以上に混雑している中、彼が列の最後に並んでいるのが見えました。素早く処理を進めましょう。

彼が初日に間引きした数は71体にも上りました。同じぐらいの年の冒険者がこれだけ納品するのに何日掛かるでしょうか。やはりお願いして間違いありませんでした。その感謝の気持ちを伝えたのですが、彼は困ったような表情で遠慮しました。私の素直な気持ちを伝えたかったのですが難しいものですね。私はよく無表情で可愛げがないと言われており、気持ちを伝えることが苦手です。




それからも彼がゴブリン討伐とモウモウ納品の報告に訪れる毎日が続いていたある日、ゴブリンのチェックをしていると反応の大きい魔石が混じっていました。


「10体の集団の中に1体だけ体格が一回り以上違うゴブリンが混ざっていました。それのことでしょうか?」


彼が何でもない風に上位種らしき存在がいたことを教えてくれます。上位種自体も脅威といえば脅威なのですが、それよりも群れを率いる統率力が問題となります。弱いゴブリンも指示された行動をするようになります。なのですが、彼には要らぬ心配でしたね。




その日、彼が受付の順番待ちに並んでいるときに声が聞こえてきました。


「ちょっと、シオン君」


ギルド中に響くような大きな声だったこともあり、ギルドの中で注目を集めていました。

確かコリーさんと言いましたか。彼に話しかけているのは、新人冒険者で4人パーティを組んでいる少女だったと思います。

盗み聞きをするつもりはないのですが、ギルドのどこに居ても会話の内容が聞こえる感じでした。優秀な冒険者はこの手のトラブルはよくあります。それに彼は容姿が整っていますから、巻き込まれても不思議ではありません。


「なんだか注目の的ですね。シオンさん」


少し揶揄い半分で話しかけると、彼は困ったような表情を浮かべました。こんなことが言えるのも、彼の人となりは分かっているからです。彼も冗談っぽく返してくれて、その後は楽しい会話をすることができました。私との時間は、”男”としての彼にとって有意義な時間になっているのかしら。




いつもの報告の後に彼から話がありました。


「フェリスさん、近いうちにこの町を離れようと思っています」


えっ。この町を離れる?


「それは、何か問題でもあったのでしょうか?」


私は表情に出さないように意識しながら、彼に尋ねました。


「いえ、以前からダンジョンに興味があって、ダンジョン都市で活動しようと思ってるんです」


別に問題があったわけではない。冒険者なら一度はダンジョンに興味を持つものだ、という話はよく聞いています。でも・・・彼がこの町から居なくなる。なんだろう。心にぽっかり穴が空いたような喪失感が体を覆っています。

その後は上の空で会話を続けていたみたいで、何を話したのかよく覚えていません。

隣で聞いていたアイリが心配したのか、早めに帰るように勧めてくれました。


それからの数日間は淡々と過ぎて行きました。いつもの業務をこなしながら、何時彼から最後の挨拶をされるのかビクビクしていたかもしれません。


その日少し朝の遅い時間に彼が訪れました。


「フェリスさん、アイリさん。今日でこの町を離れることになりました。これまで色々お世話になりました」


ああ、その日が来てしまったんですね。覚悟はしていましたが、今にも涙が出そうな感情の波を抑えて言葉を紡ぎます。


「俺も毎回報告に来ると、綺麗なフェリスさんに癒されてました。ありがとうございました」


彼が私を見つめてそんなことを言いました。私は嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが入り混じって、顔に熱がこもってくるのが分かりました。


「シオンさん、最後だからってフェリスを口説かないの。この娘はこんな見た目なのに男慣れしてないんだから」


「ちょっとアイリ!!」


まったく失礼ですね、アイリ。確かに男性経験0の私ですから事実ですが。


「フェリスさん、最後にすみませんでした。でも本心ですので」


「!! もう、シオンさん。」


最後なのにそんなこと言わないでください。もっと早く気持ちをぶつけて貰えていたら私だって。

これでは忘れられなくなってしまいます。ひどいひとです。



また会うことができるでしょうか、シオンさん。

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