第3話 始まりの日(2)


ゆっくり田園の中を進んでいくと、多くの人が作業しているのが見える。特に話すことも話しかけられることもなく歩いていく。

小麦らしき穀物や、色々な野菜が区画に分けられて植えられている。なかなか豊作のようだ。


実り豊かな畑を見ながら、家屋が立ち並ぶ場所へと歩いていく。

家屋の周囲には全体に簡素な柵が設けられている。入口には人が1人立っているのが見える。兵士には見えないから、自警団っぽいものか。


なるべく自然になるように話しかけてみよう。

と思ったが、ここの言語はどの言語だ?

特典のおかげで会話はできるはずだが、どの言語なのか分からない。

と若干焦っていたら、相手から話しかけてきた。


「ようこそ、ココナ村へ」


良かった。この言語は分かる。


「こんにちは」


挨拶を返しながら、相手を改めて見る。

175cmぐらいの男だ。30歳前後ぐらいか?


「そんな軽装で旅か? ここの近辺はそこまで危険じゃないが、そっち側の森は必ずしも安全とは言えないぞ」


やっぱり何も持ってない、装備もないでは不自然か。

まあ簡単に説明しよう。


「田舎から冒険者になるために出てきたんですよ。道に迷ってどこに向かってるのか分からなくなって困りました」


男は呆れた様子を見せた。


「もう少し計画的に行動したほうがいいぞ。死んでからでは後悔できないしな」


「冒険者になるって浮かれていたかもしれません。気を付けますよ」


「ああ、それがいい」


冒険者と言っても話が通じたところを見ると、この世界にも冒険者は存在するようだ。冒険者なにそれ? みたいな反応された場合はとぼけて誤魔化すつもりだったが。


もう少し田舎の若者を装って聞いてみるか。


「この村でも冒険者登録できますか?」


「残念ながら、冒険者ギルドの出張所はないな。ここから北にあるロマナまで行けば冒険者ギルドがあるぞ」


なるほど。ロマナという所に行けばいいんだな。ギルドがあるなら、大きい町なのか。ついでに冒険者登録に必要なものも聞いておくか。


「ありがとう。もし知っていたら教えてほしいんですが、冒険者登録に必要なものとかありますか?」


記憶を探っているのか、少し考えた後に答えてくれた。


「確か登録の時に小銀貨2枚が必要だったはずだ。後は戦闘系のスキルを持っていないと苦労するかもな」


小銀貨2枚必要と。

戦闘系のスキル?


「戦闘系のスキルがないと登録できないんですか?」


「登録はできたはずだ。ただ討伐系の依頼は受理してもらえないぞ」


「そうなんですね」


これは後回しにしたスキルの取得方法から考えないとダメかもしれないな。


「そもそも戦闘系スキルがないと、平原ウサギですら倒すのに苦労すると思うんだがな」


平原ウサギは知らないが、ともかく戦闘スキルが必要ということか。

それより俺のステータス表示は特殊だと思ってたんだが、この世界の人は普通にスキルが分かるのか? この流れのついでに聞いてみよう。


「これまでスキルって確認したことないんですが、どうやって調べるんですか?」


「ああ、調べに行ったことないんだな。町の教会か冒険者ギルドに行けば有料だが調べて貰えるぞ」


調べなくてもステータスで分かるからいいんだが、どういう内容が表示されるのか確認する意味はあるな。


「色々教えてくれてありがとう」


「それはいいんだが、ロマナに行くなら最低限装備や道具を揃えたほうがいいんじゃないか?」


心配するのも分かる。武器も何も持ってないからな。


「そうですね。この村で少し揃えます。どこかいい店はありますか?」


「この村で買うとすると道具屋しかないからな。この道を真っ直ぐ北に進むと出口になる。その手前の左側に食堂兼宿屋があって、一つ手前が道具屋だ。ところでお金は持ってるのか?」


「ええ、親から餞別を貰ってますから」


「そうか気を付けていけよ」


「ありがとう」


軽く頭を下げてから教えてもらった場所に向かう。


もっと色々詮索されるかと思ったが、ちゃんとした防壁もないただの村だしな。村にしては自警団みたいな組織が存在していることから、規模としては大きいところなのかもしれない。


村の中は人が行き交うなんてこともなく、閑散としていた。畑のほうに人が多かったし、これが普通なんだろう。




ここが道具屋かな? 看板も何もないから分からないが、少し扉を開けて中を覗いた感じだと色々な物が置かれている。

入ってみれば分かるか。


「すみません」


「は~い」


奥から女性の声が返ってきた。

姿を見せたのは30~40代ぐらいの普通の女性だった。女性の年齢は見た目で判断するのは難しい。たぶん俺には無理だろう。


「護身用になる武器なんかも扱ってますか?」


「あるにはあるけど、この辺りの短剣ぐらいしか置いてないですよ?」


そう言いながら案内してくれた場所には、40cmぐらいの長さの短剣が5本ばかりあった。どれも一緒だし、良し悪しなんて分からないな。ちゃんとした武器は改めて買うし、これでいいか。5本の中から1本を選んで取る。


「これいくらでしょうか?」


「これは小銀貨5枚ですね」


小銀貨か。俺が持ってるのが大小金貨。そういえばここで使えるかどうか確認を忘れていた。仕方がない、小金貨を出しながら聞いてみた。


「この金貨で支払いできますか?」


「ええ、大丈夫ですよ。ここは行商人もよく来るから、小金貨でも取り扱いは可能です」


ということは、取り扱いできないこともあるのか。いまいち貨幣価値が分からない。

ここは恥を忍んで聞いてみるか。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。


「普段お金を使わないような田舎から出てきたばかりで、これも餞別に親から渡されたもので。貨幣の種類や価値が分からないのですが、教えて貰ってもいいですか?」


「まあ、そうですか」


ニッコリ笑って色々説明してくれた。どういう風に思われたのだろうか・・・


聞いた内容として、


   小銅貨10枚で大銅貨

   大銅貨10枚で小銀貨

   小銀貨10枚で大銀貨

   大銀貨10枚で小金貨

   小金貨10枚で大金貨

   大金貨10枚で白金貨


となっているみたいだ。

普通の買い物ぐらいなら大銀貨まであれば十分だそうだ。


その後、短剣以外にも水筒など移動に必要なものや、肩掛けカバンなどを購入して道具屋を後にした。

防具については、すぐに揃えるのは難しそうなので、今回はやめておいた。




当初はすぐにロマナに向かおうと思ったが、考えないといけない問題点が出てきた。

少し落ち着いて考えたほうが良さそうだ。

隣がちょうど宿屋らしいので、今晩泊まっていくことにするか。



確か食堂兼用の宿屋という話だったな。

中はテーブルとイスが並ぶ大衆食堂みたいだ。


「あら、お客さん?」


声を掛けてきたのは30代ぐらいの女性だ。仕草が少し色っぽい。なんだか年上の余裕を感じる。


「はい、一泊泊まりたいのですが」


「1人部屋でいいのよね?」


「はい、1人部屋でお願いします」


「一泊小銀貨1枚ね。食事は、朝・夕はこの場所で注文すれば食べられるわよ。1食大銅貨1枚でいいわ」


「わかりました」


「名前を聞いてもいいかしら?」


「シオンといいます」


シオンさん、と。口に出しながら記帳している。


「食事はいつぐらいに食べられますか?」


そういえば、この世界に時刻という概念はあるんだろうか。時計があると助かるんだが。


「そうね。朝も夕方も準備さえ終わってるなら、早いぶんには食べることはできるわ。でもあんまり遅くなると片付けてしまうから注意してね」


「はい」


かなり曖昧だ。日本でも昔は時計とか無かったはずだから、こんな感じの生活だったのかもしれないな。


「じゃあこのカギね。そこの階段から上に上がって一番手前の部屋だから分かると思うわ」


宿泊客は少なそうだ。というか俺1人ということもありえるか。

階段を上がりながら考えたが、農村みたいだし旅人なんて滅多にいないだろう。主に行商人用なのか?


2階に上がると廊下の両側に扉が見える。扉の数から8部屋あることが分かる。

一番手前の部屋という話だから、この一番手前に扉がある部屋のことか? カギをさしてみると扉を開けることができた。


中は簡素なベッドがあるだけの狭い部屋だった。四畳半なさそうだ。

寝るだけだし問題ないのだが。




まず今後の予定の整理をしよう。


短期目標として。


・冒険者登録する。

・スキルを覚える。

・魔法を覚える。


というところか。


優先はスキルを覚えることだな。どっちにしろ冒険者になるためには、戦闘スキルが必要そうだ。問題はどうやって覚えるかだ。ステータス表示で何かできないだろうか?



ステータス

================


名前  シオン

種族  人間

年齢  16


スキル 


魔法  


加護  転移ランダム特典 金一封

    転移特典     言語理解

    転生ランダム特典 生体掌握網

    転生特典     成長促進  


================



特にスキルが一覧表示されるようなものもないな。


例えば買った短剣の素振りをしたら、スキルを覚えるなんてことないかな?

なんでも試してみるか。

肩掛けカバンから短剣を取り出して鞘から抜く。


・・・ダメだ。短剣ってどう素振りするのか分からない。

どうしてもイメージで湧いてくるのは、刀とか竹刀だ。でも普通に考えると短剣ってそんな扱い方ではないと思う。


とりあえず上段から振り下ろす動作と下段からの振り上げる動作を10回ずつ行った。ステータスに変化はあっただろうか?



ステータス

================


名前  シオン

種族  人間

年齢  16


スキル 


魔法  


加護  転移ランダム特典 金一封

    転移特典     言語理解

    転生ランダム特典 生体掌握網

    転生特典     成長促進  


================



変化はなしと。

くそ~、スキル出てくれないのか。

頭の中でスキルスキルと考えていると、何か表示された。



◎取得可能スキルリスト

 短剣術

 剣術

 体力強化



これだ!! ちょっと興奮してしまった。

早速、頭の中で短剣術、剣術、体力強化を取得する、と考える。



ステータス

================


名前  シオン

種族  人間

年齢  16


スキル 短剣術☆0

    剣術☆0

    体力強化☆0


魔法  


加護  転移ランダム特典 金一封

    転移特典     言語理解

    転生ランダム特典 生体掌握網

    転生特典     成長促進  


================



無事スキルを覚えられたようだ。

ただ、☆0とはなんだろうか。たぶんレベル的なものだとは思うが。

もしレベルなのだとすれば、今後が楽しみだ。


しかし思ったよりスキル取得の難易度は低い。これも生体掌握網のおかげだろうか。普通の人はどうスキルを取得するのか。

念のためロマナの教会に行って、スキルを確認したほうがいいだろうか。



スキルはこの方法で取得できるとして、魔法の場合はどうしたものか。

魔法の鍛錬方法なんてまるっきり分からない。ラノベでは、体の中にある魔素みたいなものを感じるところから始めるのが定番だが、そんなものあるのか?


とりあえず体内を意識してみるか。考えるな、感じろの精神だな・・・


数分目をつむり、探ってみた。・・・まるっきり分からない。


これは無理だな。まずこの世界の魔法というものも見たことがない。



魔法は諦めて、そろそろ夕食が食べられるかもしれないと考えて、下に降りることにした。夕食の時間にはまだ早いのか、お客さんの姿は見えない。

たぶん厨房のほう?に声を掛けてみる。


「すみません」


「は~い、少し待ってね」


中から女性の声がして、少し待つと出てきてくれた。


「すみません。夕食にはまだ早いですか?」


「準備は終わってるから大丈夫よ」


「じゃあこれでお願いします」


大銅貨1枚渡しながら、さっき聞き忘れていたことを聞いてみる。


「聞き忘れてたんですが、風呂とかありますか?」


「ごめんなさいね。うちにはお風呂はないわね」


「そうですか」


「お湯は準備できるけど・・・あ、そうだ」


そこで魅力的な提案をしてくれた。


「私は生活魔法のクリーンが使えるのよ。今日はまだ魔力が残ってるから、掛けてあげることはできるわよ。大銅貨1枚でどう?」


生活魔法か!


「ほんとですか。お願いします」


追加で大銅貨1枚を渡してお願いした。


「はい、ありがとう。じゃあ【クリーン】」


魔法を掛けられると、体の周りを風が駆け抜けた感じがして、汗が取れてサッパリとした。


「それじゃあ夕食を持ってくるわね。好きな席に座って待っていてね」


「はい」


カウンターっぽい場所でいいか。席につきながら今の魔法について考える。

やっぱりあったのか便利魔法の生活魔法。

ひょっとしたら生活魔法取得できるようになってるんじゃないか?


早速リストが表示されないか見てみると。



◎取得可能魔法リスト

 生活魔法



やっぱりあったか。これも取得するっと考えて。



ステータス

================

名前  シオン

種族  人間

年齢  16


スキル 短剣術☆0

    剣術☆0

    体力強化☆0


魔法  生活魔法☆0


加護  転移ランダム特典 金一封

    転移特典     言語理解

    転生ランダム特典 生体掌握網

    転生特典     成長促進  


================



無事覚えられた。魔法は後でチェックだな。

表示に気を取られていて、夕食が持ってこられた事に気付かずにいた。


「はい、お待ちどおさま。何かぼ~っとしてたけど、今日はお疲れだった?」


ドキっとしたが、動揺を抑えて返事をする。


「は、はい。今日はずっと移動だったので疲れ気味みたいです」


「そう。じゃあ今日は早めに眠ったほうがいいわよ」


「そうします」


ステータス表示は自分以外には見えない? 堂々と目の前に出していたのに気付かれなかったところを見ると、そういうことなんだろう。

早く食べ終わって部屋に戻ろう。



夕食はパン、野菜炒めっぽいもの、何か肉片が入った透明に近いスープ。飲み物は果汁ジュース。

パンは予想に反してフランスパンっぽく、外側は固いが中身は普通に柔らかかった。野菜炒めは結構カラフルで量多めだが、この村で取れる野菜だろうか。スープは味付けは塩みたいだが思ったより美味い。果汁ジュースが普通にでるということは、果樹園もあるのかもしれない。

異世界あるあるで不味い食事じゃなくて良かった。俺の記憶に料理についての詳細は浮かんでこないので、たぶん普段料理はしない人間だったみたいだ。これで食事が不味かったら困ったことになるところだ。



食事が終わったことを伝えて部屋に戻った。


さて、生活魔法だ。

簡単なところからいこう。まずは火種とかどうだろうか。バーナーみたいな勢いのある火だと、火事になる可能性があるからチョロっとだな。

指先からロウソクの火を出すような感じで・・・


ボワっと人差し指から仄かな火がでた。いい感じだ。これならもう少し火を強くしても大丈夫か。

少し強い火をイメージしながら、指先に集中した。


指先から出ている火は相変わらず仄かだ。

ん~~~。別に魔力が足りない感じではない。例えば魔力切れみたいに気を失うみたいな感じもしないのだ。

休まずそのまま火を出し続けているが、変化はないし、魔力的にも問題ないようだ。

一旦火を止める。試しに水を出してみるか。


水が出せるようになると飲み水に苦労しなくなる。

最初は蛇口の開き始めのようなチョロチョロをイメージして、人差し指に集中した。


人差し指からポト、ポトと水が垂れてきた。

あ、しまった。水を入れるものを用意してなかった。

水を止めて、足先で床に垂れた水を簡単に拭く。


今日買った水筒に入れよう。

カバンから水筒を出して、水筒の口に人差し指を差し込んだ。


再度人差し指に集中して水を出しているが、チョロチョロどころか、ポトポトとしか表現できない出力だった。時間さえ掛ければ溜まるからいいか・・・



出力に関しては若干がっかりとしたが、それでも生活魔法が使えることは分かった。

本題だ。さっきのクリーンを試す。この魔法があるのと無いのでは、この先の生活に大きな違いが出てくる。

やっぱりイメージが大事そうか。体の表面の汚れを消すイメージを持ってから。


「【クリーン】」


・・・さっきのようなハッキリと体を綺麗にされた感じがしなかった。

これは、あれか。生活魔法と言えども難易度が存在する。さっきの火と水の出力にも関係すると思うが、ある程度の熟練度が必要なのだろう。


熟練度といえば、☆0が関係してそうだな。熟練度が上がれば☆のレベルも上がるのかもしれない。

それはスキルも一緒か。熟練度を上げるのが重要になってくるな。




今日するべきことはこんなところか。

明日は、ロマナに向かう準備だな。

色々あった長い1日だったが、これからを考えると顔がにやけてくる。

今後に期待する気持ちを抑えながら、ベッドに入って眠りについた。

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