第12話 倒錯乙女と夏の補習 後編
――補習二日目。
今日も今日とて、先日と同じ窓側の席で外を見つめる。
二つ離れた席には、もちろんあのドSロリの姿。
「あら、来たのね。てっきりサボるのかと思っていたわ」
朝からこちらを挑発してくる、なんともご挨拶な少女――
「そりゃあ、幼女に煽られたしな」
そう言ったのもつかの間、速攻で消しゴムが顔面目がけて飛んでくる。
「うおっ! 危ねっ!」
寸前のところでキャッチし、何とか惨劇を回避する。
「まだ分かっていないようね。私の機嫌を損ねれば、どうなるのか……」
ジト目でこちらを睨む幼女こと姫華。それを見て、昨日の会話を思い出す。
「そ、そうだった……俺には夢の巨乳美少女との出会いが……!!」
忘れていた……つい姫華を煽ってしまったが、今の俺は下僕だったのだ。
「粗相をお許しください。私は従順な下僕です」
「相変わらず理解力だけは素晴らしいわね。でも、次はないわよ」
机へ視線を戻し、補習のプリントを見つめながら俺へ忠告する。
「くっ……!」
幼女に虐げられ、屈辱を噛みしめる俺。我慢だ、ここは耐えるんだ俺……!
この屈辱を耐えれば……夢の巨乳美少女とお近づきになれるんだぞ……!
「はぁ……本当、貴方って欲望に素直よね」
こちらの考えがお見通しらしく、蔑んだ眼差しで俺を見つめる姫華。
「そう褒めるな、嬉しくなっちゃうだろ」
「気持ち悪……」
******
――補習三日目。
憂鬱な気分で教室から窓の外を眺める。この状況、まるで監獄とさえ思う。
二日目以降、先生もプリントを渡したらすぐ職員室に戻ってしまう。いくら他に仕事があるとはいえ、適当すぎる……。
「あー、海に行きてぇ……」
校庭で走っている運動部を見ながら、思わず不満を漏らす。
せっかくの夏休みだというのに、どうして俺は補習なんか受けているんだ。
「行ってくればいいじゃない。独りで砂遊びでもしてなさいよ」
目線はプリントへ向けたまま、淡々とエグい提案をしてくる姫華。
「どんな罰ゲームだよ! サーフィンならともかく、独りで砂遊びとかメンタル持っていかれるわ!」
「長い、それに面白くもないわね。やり直し」
俺の勢い
「片手間に無表情でバッサリ斬るのやめて……心折れる……」
思春期男子にとって、女性からの本気のダメ出しは……結構堪える。
******
――補習四日目。
「ようやく地獄の補習も折り返しか……」
いつもと同じ教室、二つ離れた席にはドSロリ。そして目の前には補習プリント。
四日目ともなれば、もはや見慣れた光景だ。
「そうね。後三日も童貞と過ごさなければいけないのは苦痛だけど」
補習に集中しながら俺を罵倒するロリも、相変わらずである。
「……なんだろう、無駄に童貞と罵られた気がする」
「罵ったつもりはないわ。あくまで、貴方が一生抱えるステータスに触れただけよ」
目線をプリントに向けたまま、ふざけたことをぬかすロリ。
「よりタチが悪いわ! それに俺が一生童貞ってどういうことだ!」
「言葉のままよ。貴方に彼女が出来るとは思えないし?」
「分からないだろ! 俺のことを好きって言ってくれる素敵な女性が現れるかもしれないじゃないか!」
「…………」
俺の熱意溢れる返答に対し、黙ってこちらを見つめる姫華。
その眼差しは、どこか哀れみすら感じられて……。
「おいやめろ、その目。可哀想な人間を見るような目をこっちに向けるな!」
「……そうね。希望を持つのは、悪いことじゃないものね」
「だからその目をやめろ!! 嫌だ……一生童貞は嫌だー!!」
******
――補習五日目。
平日と変わらない時間に起きて、同じ教室で補習を受け、窓の外を見ながら幽閉された気分になって、合間で姫華に罵倒され、補習を終えて帰宅する。
ちょうど、そんなサイクルに慣れ始めた頃だった。
「夏祭り……か……」
ふと、先日のことを思い出していた。
悪友の一人である伊田俊樹が、片思いの相手を夏祭りに誘ったのだ。結果はまだ聞いていないが、それでも誘ったという勇気ある行動には称賛を贈りたい。
「……ふーん。貴方、今度は夏祭りに行きたいの?」
俺の独り言が聞こえたのだろう。姫華が呆れたようにこちらへ問いかけてきた。
「いや、友達がさ……意中の相手を夏祭りに誘ったんだよ」
「へぇ……その友達、勇気あるじゃない」
「凄いよな。俺だったら絶対言えないわ……」
意中の人と話すだけでも緊張してしまう俺にとって、デートに誘うなんてことは夢のまた夢である。
「あーあ、俺に女子とまともに話せるコミュ力があればな……」
「何を言ってるのよ。こんなにも麗しい私に対して、臆せず話せているじゃない」
呑気な様子の姫華を、俺は呆れつつ見つめる。
「麗しい……? 顔はともかく、体型が小……」
俺の言葉を聞き終えるより早く、ゆっくりシャーペン片手に近づいてくる幼女。まるで刺すような持ち方をしている人間を、俺は久しぶりに見た気がする。
「待て、話せばわかる! 話せば――」
俺へ一直線に振りかざされたペンを止めるため、姫華の手首を掴み必死に説得する。
「黙りなさい……!」
「ちょっ……力が強いって! 本気で刺そうとしないで!!」
「モノを正しく見れない目なんて、無くても変わらないでしょう……!?」
不敵に笑いながらも、一切力を緩めない姫華。目がマジである。
「嘘です嘘です! 調子に乗りました! 何でも言うこと聞くから許して!!」
「ふん! 貴方にお願いするようなことなんて……!」
そこまで言って、腕に込められた姫華の力が急に緩む。
「……今、何でもって言ったわよね?」
拳四つ分と近い姫華の顔に、俺は少し気恥ずかしさを覚える。
「え? あ、まあ……うん」
「じゃあ、祭に行くわよ」
器用にシャーペンをくるくると回しながら、そんな突拍子もないことを言う姫華。
「へ? 祭?」
「屋台を全部制覇するの。もちろん――貴方の奢りでね」
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