第11話 倒錯乙女と夏の補習 中編



美桜学園前・いちょう並木





あれから補習を終え、俺は幼女の皮を被った悪魔と帰路を共にしていた。


「……で、何で俺はアナタと共に帰宅しているのでしょう?」


姫華きはな、でいいわよ。特別に名前呼びを許してあげるわ」


人差し指を唇に添え、悪戯な笑みを浮かべる姫華きはな


「別に許してくれなくても……ぐふっ」


言い終えるよりも早く、みぞおちに鈍い痛みが走った。


「あ、ありがたく呼ばせていただきます……」


「ふふ、理解が早いことは美徳よ」


「まったく、なんて恐ろしいロリだ……」


ほとんど初対面であるにも拘らず、ここまで容赦なく暴力の手段を取れる奴を俺は知らない。


「はぁ……これからこんな女王様と補習を共にせにゃならんとは……」


「私は退屈せず済みそうで良かったわ」


ていよく言ってるけど、単に良いおもちゃが見つかったってだけよな?」


「さて、どうかしら」


分かりやすく言葉をはぐらかす姫華に、俺も分かりやすくため息をついてみせた。


「それにしても何で補習になったんだ? 俺みたいに頭が悪いわけじゃないだろ?」


さりげなく気になっていたことを、俺はしれっと問いかけてみる。


補習を受けている時に一切悩む様子を見せなかったのだ。おそらく頭は良いはず。


「試験の日に休んだだけよ、地頭の悪い貴方と違ってね」


「うっせ、余計なお世話だ」


俺だってちゃんと勉強すれば、もう少しマシな成績に……。


「それにしても酷い話だわ、試験の日を休んだだけで補習なんて」


「にしたって、何でそんな日をわざわざ休んだんだ?」


純粋な疑問を投げかける。休めばこうなるのは分かりきっていたことだろうに。


それこそ、何か休まなければいけない理由でもなければ……。


「……美少女には、色々とあるのよ」


相も変わらず小悪魔な笑みではぐらかす姫華。しかし、一瞬言い淀んだのを俺は見逃さなかった。


「美少女、ねえ……。せめてかな」


追求するべきでないと思った俺は、そう言って話を誤魔化した。


「ふーん。相変わらず自殺願望がおありのようで」


冷淡な眼差しをこちらに容赦なく向ける美幼女。


「嘘です、美少女です」


黒い笑みを浮かべながらつねろうとしてくる姫華に対し、俺は即座に謝罪の意を示したのだった。


******


「ねえ、私喉が渇いたわ」


帰り道の途中、唐突に自販機を指差して飲み物を求める姫華。


「なるほど。これはつまり、誠意を見せろと」


「言葉なんて不確かなモノより、形に表してもらった方が信じられるでしょう?」


「賢明な現実主義者だこって」


慣れた手つきで小銭を自販機に入れ、ご所望の冷たい缶コーヒーを姫華に渡す。


「……まさか、本当に買ってくれるとは思わなかったわ」


どこか驚いた様子でアイスコーヒーを受け取る姫華。


「まあ俺も喉が渇いていたし、補習の労いということで」


自分用に買ったコーラの蓋をあけ、勢いよく飲み始める。


それを見た姫華が、遠慮がちに缶のプルタブへ手をかけた。


「……じゃあ、お言葉に甘えていただくわ」


目線を下に落としながら、掠れるほどの声で姫華が呟く。


どうやら自分で話を振っておきながら、人に何か貰うのは慣れていないようだ。


「なんだ、奢ってもらうのは苦手か?」


「……私に何かを与える、そんな奇特な人が数えるほどしかいなかっただけよ」


どこか冷めた声色で、姫華が目線を合わせず答える。


「さては、友達いない系女子か?」


「違うわ、大人数と行動するのが嫌いなだけ」


今度はこちらの目を見ながら異を唱えてきた。なるほど、ぼっちではないと言いたいのか。


「女子グループ特有の空気とか。苦手なのよ、ああいうの」


「……ま、気持ちは分からなくもない」


俺自身も俊樹と天野とばっかつるんでいるし、あんまり変わらない。


「一人、信頼できる友達がいればそれで良いのよ」


「このドSロリに信頼を寄せるような女の子……つまりドMか」


「馬鹿なことを言ってるんじゃないわ」


容赦なくつま先を踏まれた。地味に痛い。


「まあでも、今日で友達が一人増えたわけだし良いじゃないか」


「……まさか、それが自分だと?」


「違うのか?」


「違うわね」


躊躇ためらうことなく、はっきりと否定された。こうもばっさり言われると流石に傷つく。


「貴方は下僕よ。もしくは玩具、とでも言えばいいかしら?」


本日何度目かの悪魔染みた笑み。もはや見慣れた光景とすら言える。


「ようするに、対等ではないと言いたいわけか」


「相変わらず理解が早いわね。貴方のそういうところ、素敵だと思うわ」


「やかましいわ! 褒められても嬉しくねえ!」


「この補習の間、少しでも私の退屈を紛らわせてくれると助かるわ」


「けっ。誰がこんなドSの言うことなんぞ……巨乳のお姉さんならまだしも、幼女の言うことを聞く気にはなれんな!」


「あら、良いのかしら。ここで言うことを聞いておけば、私の友達とお近づきになれたかもしれないのに」


「ロリの友達はロリと相場が決まっているんだ。巨乳派の俺には全く利がない話だね」


「そういえばあの子、最近Gカップになったとか言ってたわね」


何の気無しに、ぼそっと呟いてみせる姫華。


「なんなりとこの下僕めにご命令を」


魅力的な言葉が耳に入った瞬間、俺はすぐに従順の意を見せた。


それならば話は変わる、是非とも俺はその友達とお近づきになりたい。


「……貴方のそういう欲に忠実なところ、最低すぎて嫌いじゃないわ」


「ふ、男なら誰だってこうなるさ」


遠い空を見つめながら、俺は誰に対してでもなく言い訳する。


Gカップだぞ? そんなの抗えるわけないじゃないか。俊樹はともかくとして、天野だって同じことをしていただろう。


これほど煩悩に訴えてくる言葉の暴力を、俺は知らない。


「……死ねば良いのに」


一瞬、貧乳の僻みのような発言が聞こえたような気がしたが、俺は無視する。


「ま、良いわ。彼女は特に貴方みたいなが一番嫌いだから」


「なるほど、それは良いことを聞いた」


もし邂逅することが叶った時は、決して胸を見るような行動は控えようと心の中で誓いを立てる。


……いや待て、これ当たり前の話じゃないか?


「まだ会えるかも分からないのに、そこまでテンションをあげられると腹立つわね」


「まあまあ、きっと姫華もこれから成長するって」


「黙りなさい変態。私は別に大きくなりたいわけじゃないわ。あんなもの、ただの脂肪の塊に過ぎないのよ」


怨嗟の入り混じった声色で、急に早口で捲し立てる姫華。


これは相当自分の胸を気にしているな……。


「巨乳好きなんて、大抵拗らせた童貞なのよ。異論は認めないわ」


吐き捨てるように酷い台詞を口走る姫華。


「おいおいそれは聞き捨てならんな! 誰が拗らせた童貞だって?」


「貴方という人間を表すのに、これ以上の的確な言葉はないでしょう?」


「何の根拠もなく、すぐ人のことを童貞って言うの……良くないぜ」


「……巨乳に対して物凄い夢を抱いてる時点で、もうバレバレよ」


姫華から向けられる冷ややかな視線に、思わず視線を逸らす。


「ち、違う……未知への憧れなだけだ」


「巨乳が恋愛対象の人間が、未知って言ってる時点でもう童貞じゃない」


「くっ……はめられた!」


「……いや、貴方が間抜けすぎるのよ」


そんな下らない話をしばらく続けた後、姫華が途端に立ち止まってくるりと回り背を向けた。


「……じゃあ私の家、こっちだから」


「それはあれか、家まで送れと?」


「なわけないでしょ。そんな思考に至る脳なんて、早く捨てたらどう?」


「中々に心をえぐるツッコミ!」


「貴方に家まで送られるなんて、それこそ貞操の危機よ」


「いや、だから俺はロリ……姫華に欲情なんてしないとあれほど」


「危なかったわね。あと少し余計な言葉を口走っていたら、今頃地面にファーストキスを奪われていたところよ」


「ふっ、学習能力が俺の取り柄だからな」


自慢げにそう言い終えた所で、姫華が俺の鳩尾に肘打ちを決める。


「まあ、言いかけた時点でもう手遅れなのだけど」


「くっ……悔……しい」


鳩尾を押さえ悶えながら悔しさをアピールするも、姫華はどこ吹く風のご様子。


というか、何で俺のファーストキスがまだだってことを知っている……。


「じゃあまた明日、下僕。別に来なくてもいいけど」


「ぜ、絶対行ってやる……」


今まで補習に一切やる気を見出していなかった俺だが、この女王に屈服することで夢のGカップ美少女とお近づきになれるとあれば……!


やる気もみなぎり、苦だった補習も今や僥倖にすら感じられる……!


「ふふ、せいぜい頑張ると良いわ」


呆れるようにそれだけ言うと、姫華はそのままこちらを振り向かず帰っていった。


「……にしても、まさかこんなことになるとは」


あまり女子と話せない&機会もない俺が、ここまでスラスラと話せたのは単に恋愛対象じゃないからか、それとも……。


「何はともあれこの補習期間、退屈せずに済みそうだ」


家へと向かいながら、俺は明日からの補習をどこか楽しみに感じていた。





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