第8話 私が私であるために 中編
風を切るように大通りを颯爽と走り抜けていく。看板にふと視線を向けると、そこには国道414号線という文字。
金髪の不良少女の背中にぴったりとくっつき、落ちないようにしがみつく。
ヘルメットのシールド越しに映るのは見慣れた沼津市の街並み。バイクに乗っているというだけで、こうも景色が違って見えるのか。私はまるで別世界に来たかのような錯覚に陥っていた。
「
信号待ちのタイミングで、ヘルメットのシールドをめくり上げ私に話しかける白井さん。彼女が白井恵梨という名前であることは、先ほどの自己紹介で教えてもらった。
「だ、大丈夫です!」
「それなら良かったっす! 落ちたら大変っすからね、もし疲れた時はちゃんと言うんすよ?」
「は、はい!」
「それじゃ、ちゃんと掴まるっす!」
信号が変わり、ヘルメットのシールドを慣れた手つきで閉じてから、白井さんがゆっくりとアクセルを踏み込んでいく。
前方に引っ張られていく感覚に耐えながら、しっかりと彼女の腹部に手を回してしがみつく。気づけばバイクに乗る恐怖よりも風を浴びながら走り抜けていく気持ちよさに夢中になっていた。
「す……凄い」
全身を勢いよく吹き抜けていく夏の風。シールドを開けていればヘルメットの蒸し暑さも気にならない。バイクのうなり声と風の音を音楽に、私は流れゆく景観を楽しんでいた。
******
しばらく色んな場所を走り回り、辿り着いた場所は沼津港だった。気づけば港の駐車場は改造バイクでいっぱいになっており、周囲からの注目を集めていた。
「さーて、そろそろ腹も減ったんじゃないか? 美味いもん食おうぜ!」
白のヘルメット片手に、意気揚々と叫んだのは沢崎さんだ。
「
「その、とても楽しかったです……」
思わずテンションが高くなってしまい、すぐに顔を赤くして反省する私。そんな様子を見て、沢崎さんと白井さんは嬉しそうに笑ってくれた。
「だろ? やっぱ、スカッとするよな!」
「……うん」
「さーて、白井が言ってたデザートを食いに行こうぜ」
沢崎さんは私の手を取り、そのまま目の前にある大きな施設へと入って行く。
「陽咲ちゃん、メンダコプリンアラモードって食べたことあるっすか?」
聞いたことのない言葉の羅列に、私は首を横に振る。
「これがめっちゃ可愛いんすよ! 陽咲ちゃんも絶対喜ぶと思うっす!」
白井さんの言葉を聞いて、メンダコプリンアラモードという存在に期待感が膨らむ。
メンダコって深海にいるタコだったような? それを模したプリンなのだろうか?
お店の前に到着し、白井さんが快活な声で注文をする。
「すみません! メンダコプリンアラモードを一つくださいっす!」
「申し訳ありません、そちらは土日祝のみの販売となっておりまして……」
「えっ……」
心苦しそうに語る女性店員を前に、白井さんがショックを受ける。
「メンダコプリン……ないっすか……」
「は、はい……申し訳ございません」
「そ、そうなんすね……」
見るからに落ち込んでしまった白井さん。どうにかして元気づけてあげたいと思った私は、すぐにかき氷を指差した。
「えっと、わ、私! このお魚が刺さってるかき氷食べたい!」
「え……? ほ、ホントっすか?」
「う、うん! 暑いし、このお魚も可愛いし……!」
精一杯の勇気と共に、私は白井さんに対して答える。
「そ、それじゃあこのかき氷を一つ!」
「かしこまりました。お味はいかがなさいますか?」
「あ、えっと……ブルーハワイで」
「富士山ブルーですね、かしこまりました」
白井さんが笑顔で支払いをしている中、沢崎さんが私の頭を優しく撫でる。
「ありがとな。白井に気を遣ってくれたんだろ?」
小さな声で私にお礼を言う沢崎さん。私の考えなどお見通しだったようだ。
まさかお礼を言われるとは思わず、私はただ顔を赤くして俯くしか出来なかった。
「姉御! シーラカンスって逆立ちでご飯食べるらしいっすよ!」
深海かき氷を両手に持ちながら、白井さんがこちらに近付いてくる。
「その話、ここ来る度に言ってないか? 前にも聞いた気がするぞ」
きっと何度も聞かされたのだろう。沢崎さんが呆れた様子でぼやいた。
「あはは、何かいっつも忘れちゃうんすよねー」
他愛のない話をしながら、白井さんが私に目線を合わせるようにしゃがんでかき氷を手渡す。
「はい、陽咲ちゃん! 深海かき氷っす!」
「あ……ありがとうございます」
「メンダコプリンは、また今度の機会っすね!」
八重歯をちらつかせながら、白井さんが満面の笑みをこちらに向ける。
「……うん」
何気ない白井さんの台詞に、私は照れつつも小さく頷く。
これが優しい嘘だとしても……それでいい。
今の私には、また今度という言葉が何よりも嬉しかった。
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