第6話 物語の始まり
「店のことは任せた」
それは唐突だった。いつものありふれた朝、学校へ行く前の朝食の時間。養父がさりげなく呟いた。
白髪でオールバック、口の周りに白い髭をたくわえた六十代の老人。身長が百八十を超えていることもあり、目の前に立たれるとなかなか威圧感がある養父。
対面に座り、私と同じようにテレビの天気予報を見ながらそんなことを言ってくるのだから、理解するのにも時間がかかる。
「……帰ってきたら、手伝って欲しいってことですか?」
何とか言葉の意味を理解しようとして、私はそう解釈する。正直、もう少し人に伝える努力をして欲しいものだ。
「違う。しばらく店を空ける」
無愛想に呟く養父。相変わらず言葉が足りない。
「はぁ……え?」
ロールパンを頬張り、テレビに視線を向けたまま流し聞きしていた私は思わず聞き返す。
視線を養父に向けるも、目線はテレビを見つめたままだ。
「いや、しばらく店を空けるって……その間、お店はどうするんですか」
「お前に任せる」
「え? 嫌ですけど」
変わらずテレビを見たまま淡々と話す養父に対し、私も淡々と拒否し返す。
「……即答か」
拒否されたことで、ようやく私の方へ目線を向ける養父。
「ただの高校生に出来るわけないじゃないですか。もしかして、学校を辞めろっていう話です?」
「そういう話じゃない。ただ……」
どこか寂し気に言いかけて、養父は口をつぐんだ。この目を私は知っている。私が敬語で話すと、たまにこんな寂しい目をするから。
私はいつからか、誰に対しても敬語で話していた。幼い子や、父親代わりの養父も例外ではない。
実の親に棄てられた過去から、私は人との距離感や接することに対して壁を作っている。それについては、養父も理解を示しているようだった。
ただ、同時に養父が寂しく感じているのも私は知っていた。血は繋がっていないとはいえ、ここまで育ててくれた私の父親だ。娘が敬語で話すのは思うところがあるのだろう。
でも、決して無理に敬語を止めさせようとはしてこない。そんな養父が私は好きだ。
「もう少し、人と交流をしてみるといい。このお店を通じて色んな人と」
「……なるほど。旅行に行きたいと」
養父の魂胆を見抜いた私は、間髪入れずにそう答える。観念したようにどこからかチラシを持ち出して、私に説明を始めた。
「見ろ、このオーロラ。綺麗じゃないか?」
さっきまでもっともらしい理由を付けて、お店を押し付けようとしていた癖に……。切り替えが早すぎる。
「……これ、どこです?」
「カナダ。こっちはアラスカ、これはノルウェー」
「……で、それを見たいからしばらくお店を空けたいと」
「……ああ」
どこか申し訳なさそうな養父を見て、私はやれやれとため息をつく。こんなことは何度もあった。養父は元々旅行が趣味で、私も小さい頃に色んな場所に連れ回された。
……正直、断れるわけがない。
「……分かりました。好きに行ってきてください」
観念した私は残りのロールパンを口に放って、学校へ行く支度を始める。
「戻って来た時にお店が潰れてても、責任はとりませんが」
「…………」
苦笑いを浮かべる養父を横目に、私は学校へと向かうのだった。
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