第4話 合コンがしたいっす! 前編


未知なるものに興味を示す。それは幼い頃から人が行う行動の一つだ。


特に、思春期と呼ばれる私たちの年齢層はそれが顕著であると思っている。


サイフォンが欲しくてたまらなくなったり、いつもと違うブレンドを試してみたくなったり。


そう、これは……そんな好奇心から始まった話。


「愛姉さん! 合コンがしたいっす!」


きっかけは、そんな白井さんの言葉だった。


八月の下旬。夏休みもほぼ終わり、間もなく九月が始まるという頃。


時刻は十九時半。仕事終わりの武藤さんはカウンター席でくつろぎ、バイト中の沢崎さんは空いているテーブルを拭き、遊びに来ていた白井さんは武藤さんの隣に座って話を聞いている。


武藤さんから合コンの愚痴を聞かされていた私は、まるで作業中に聴くラジオのように聞き流しながらグラスを拭いていた。


そんな中、どうやら隣にいた白井さんが合コンに興味を持ったようで。


「えっ? そ……そんなことを言われてもなぁ」


いきなりの申し出に、どう返答するべきか困る武藤さん。


「合コンってあれだろ? 強そうな男を見定めて、そいつを持ち帰って力試しするっていう」


テーブルを拭く手を止めて、会話に参加する沢崎さん。しかし、妙に的外れな回答。


「うーん、あながち間違いではない……かも?」


苦笑いする武藤さんに、私は呆れた眼差しを向ける。


「……どこがですか」


「いやーだってほら、実際イイ男を見定めて、持ち帰るし?」


「武藤さん」


思わず私は、語気を強める。


女子高生に向けて、このOLはなんてことを言うんだ。


「おっと、お子ちゃまのはるちゃんにはまだ早かったね!」


頭をかきながら、お茶目に舌を出す武藤さん。何だろう、ものすごく殴りたい。


「自分の年齢を思い出してください。そろそろアウトですよ、そういう仕草」


「え? もしかして、若さマウント? 喧嘩売ってる感じ?」


急に声のトーンが低くなる武藤さん。相変わらず年齢イジリとなると声色が変わる。時と場合を間違えると、本当に怒るので注意が必要だ。


「違います。武藤さんは可愛げより、美しさで魅せるべきと思っただけです」


その場で適当な嘘をひねり出し、私は即座に言い訳する。


「ふーん……? まあ、確かに? 一理あるけど?」


まんざらでもない武藤さんを見て、私は安心する。良かった……この人が単純で。


「愛姉さん! それに春姉もうちを無視しないでくださいよ!」


私と武藤さんのやり取りを黙って見ていた白井さんが、しびれを切らして叫ぶ。


「合コンっす! 合コン!」


「でもね、恵梨ちゃん? 合コンをやるには男を準備しないと……」


「……武藤さん、言い方」


呆れるようにため息をつきながら、私は武藤さんを注意する。


流石に、もう少し言い方ってものがあると思う。


「つまり、男を準備すれば良いってことっすね?」


妙に自信ありげな白井さん。そんな彼女に、私と武藤さんは顔を見合わせながら困惑するのだった。



******



あれから少し経ち、時刻は二十時をむかえたところ。


四人席のテーブルに、顔を見合わせる男女の姿。


カウンター内で仕事をしながら見つめる私、カウンター席に座って進行役を務める武藤さん。


四人席のテーブルには、沢崎さん、白井さん、そしていきなり呼び出された天野と谷村が向かい合わせで座っていた。


「……おい谷村。何だこれは」


状況を呑み込めてない天野が、動揺しながら谷村に質問する。


「俺だって分からねえよ……いきなり白井から呼び出されて、理由も聞かされないままここに来たんだから」


こそこそと天野へ説明する谷村。天野は何故か黙って谷村を見つめていた。


「……何だよ?」


「いや、お前らが連絡先を交換してたことに驚いてる」


「そ、その話は今いいだろ!」


慌てて誤魔化すように会話を終わらせる谷村。確かに、私もそれについては詳しく聞かせて欲しい。


「はーい、というわけで合コン始めるわよー!」


手を叩き、会話を強引に終わらせて武藤さんが合コンを進行していく。


「え!? 合コン!?」


真っ先に反応を示したのは、坊主頭こと谷村。


「お、おい! 聞いてないぞ!」


谷村に続き、天野も一緒に抗議する。


「あれ? 恵梨ちゃんから聞いてない?」


そんな男子勢の反応に、キョトンとした表情の武藤さん。


「……あ、そういえば何も説明してなかったっす」


今気づいた、と言わんばかりの表情を見せる白井さん。


「もう、そこはちゃんと説明しておいてよ」


こほん、と咳き込んでから武藤さんが改めて説明をする。


「今回この四人で合コンをやってもらいます! 理由はもちろん、恵梨ちゃんがやりたいって言うからでーす」


「この四人!? ってことは……武藤さんは!?」


「入っていません。はるちゃんも、他のお客さんが来た時に困るから、今回はパス」


「嘘だろ……そんなのってないぜ……」


「同感だ……谷村。俺も武藤さんとお近づきになれると思って、一瞬喜んでしまった」


分かりやすく落ち込む男子二人を見て、あからさまに不満そうな白井さん。


「……失礼っすね、二人とも。どうせ合コンをする機会なんて、これを逃したら一生ない癖に」


悪態つく白井さんに、天野が黒縁眼鏡を中指で直しながら反論する。


「ふん。不良と合コンする位なら、俺は一生独身でいい」


何故か胸を張ってそう言い切る天野。


「……きも」


そんな天野に対し、白井さんが軽蔑の眼差しを向ける。


「俺は……不良でも可愛ければアリだな……」


そんな天野の隣で、谷村がボソッと呟く。この坊主頭にとって不良かどうかは問題ではないらしい。


「あーあ、どっちもヘボそうだからつまんねえなー。こいつらじゃ、力試しにもなりゃしねえだろうし」


両腕を後頭部に回しながら、一人だけ的外れなことをぼやく沢崎さん。


いったいどこまで発言が本気なんだろう……。


「お前は何を言ってるんだ喧嘩バカが……。合コンの意味を分かってないのか?」


呆れたように天野が沢崎さんにツッコミをいれる。


「あ? そんなもん、分かってるに決まってんだろ。目当ての男を持ち帰るんだよ」


「…………」


当たらずとも遠からずな沢崎さんの返答に、思わず固まる天野。


「お? 何だ何だ? さてはお前、合コンの意味を知らないなー?」


天野の様子を見て、沢崎さんが途端に調子に乗って煽り始める。


「……あのな。女性があまり、持ち帰るだとか言うな」


中指で眼鏡の位置を直しながら、天野が照れくさそうに小さな声で呟く。


「……あ? 何でだよ」


何も意味を理解してない沢崎さんが、頭に疑問符を浮かべる。


「はいもう収拾がつかないのでその話はおしまい! とりあえず、男子から自己紹介始めて! まずは谷村君から!」


変な空気になっていたところで、強引に話を終わらせた武藤さん。司会が素晴らしい仕事をした、というべきか。


「えっと……谷村勇也たにむらゆうやです。部活は野球部やってます」


「やっぱり! そうだと思ったんだよねー!」


谷村の自己紹介を聞いて、司会役である武藤さんが真っ先に反応する。


「……武藤さん」


「はっ! いけないいけない……じゃあ次は天野君!」


「……天野龍一あまのりゅういち。部活はしていない」


むすっとした様子で自己紹介をする天野。思っていたより名前がかっこよかった、と言ったら流石に怒られるだろうか。


「もしかして、将来は音楽家目指してるっすか?」


「目指してなどいない!」


白井さんのイジりに、天野が素早く反応する。


「こいつ、名前言うと絶対それでイジられるから、自己紹介の時以外はあえて名前を言わないんだよ」


天野をイジる白井さんに対して、補足エピソードを谷村が披露する。


「ふん……名前負けだな。そんな細い身体で、龍だなんて」


そして、何故か天野を煽る沢崎さん。


「黙れ不良。お前こそ真夜なんて可愛げある名前、不釣り合いにも程がある」


沢崎さんに対し、負けじと煽り返す天野。やはりそこは譲れないのだろう。


「へ? あっ……おう……」


天野の言葉に、何故か気恥しそうに目線を逸らす沢崎さん。


もしかして……形はどうあれ、名前を可愛いと言ってもらえたのが嬉しかったのだろうか? めったに見れない沢崎さんの照れは、とても可愛かった。


「……何だ? まさか、照れているのか?」


「ばっ! 照れてなんかねえよ! ぶっ飛ばされてえかテメー!!」


天野の問いかけに、あからさまな動揺を見せる沢崎さん。その証拠に、いつの間にか天野の胸倉を掴んでいる。


「こーら、真夜ちゃん。手を離しなさい」


冷静に沢崎さんを諫める武藤さん。もはや慣れた様子である。


「……チッ。命拾いしたな、クソ眼鏡」


荒々しく手を離し、ソファーにどっしりと座る沢崎さん。


「ほら、次は真夜ちゃん自己紹介して」


「……沢崎真夜さわさきまや。部活はめんどくせえからやってない。喧嘩なら自信ある、以上」


めんどくさそうに自己紹介を淡々とする沢崎さん。さっきの照れはどこへやら、普段の鋭い目つきに戻っていた。


白井恵梨しらいえりっす! 好きな物はラーメンっす!」


「……やっぱ、今一つテンションが上がらないな」


「……同感だ」


沢崎さんたちの自己紹介を聞いて、テンションの上がらない男性陣。


それもそうか、ここにがいるわけだし。


「……まあ、武藤さんって外見だけは完璧ですから」


「そこ、聞こえてるからね?」


こちらを鋭く睨んで注意する武藤さん。おっと、まさかこんな小声で聞かれるとは。


「じゃあ、自己紹介も終わったことだし俺らは帰るか」


「ああ、賛成だ。これ以上やって有益なことがあるとは思えない」


そう言って、席を立とうとする谷村と天野。


いや、まだ始まってから自己紹介しかしてないのだが……。


「えー、もう帰るっすか?」


「当たり前だ」


「じゃあ、王様ゲームはナシ……っと」


何の気なしに呟いたであろう白井さんの言葉に、天野が食いつく。


「……は? ちょっと待て」


「今、なんて言った?」


天野に続き、谷村も反応する。


「え? 王様ゲームっすけど」


「……王様の言うことは?」


「絶対っす」


王様ゲームという言葉を聞き、谷村がため息をつきながらソファーに座り直す。


「おいおい……聞いたか? 王様ゲームだってよ」


「ああ……まさか今日、俺たちの夢の一つが叶うなんてな」


同じようにソファーに座り直し、もたれかかる天野。


今にも天に召されてしまいそうな表情の二人。いったいどういう感情なのだろう。


「え? やるんすか?」


「その問いは愚問だ、白井恵梨」


「きも……」


フルネーム呼びされて、ジト目で天野を睨む白井さん。


「さあ、早くやろうぜ女性陣! 何でもありな王様ゲームの始まりだァァ!!」


勢いよく叫ぶ谷村。嫌な予感しかしないが、一連の流れを武藤さんが止めてないということは多分大丈夫なんだろう……と思うことにした私だった。


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