第49話 スタンピードを解決してみよう!

 翌日早朝。

 場所は領都から程近くにあるフレンディル広原。

 そこには俺やミリカトルを含めたいつものメンツの他に、なぜか騎士団や領民たちが勢揃いしていた。


「おい、なぜこんな状況になっている?」


 俺が不満げにそう呟くと、レインとローラがビシッと敬礼する。


「はっ! 領主様の言いつけ通り領民に今回のことを伝えたところ、領主様のご活躍を直接見たいという声が非常に多かったのです!」


「騎士団も同様だったため、全員で拝見させていただくべく連れてまいりました!」


 ちょっと何を言っているか分からないが、とにかく俺と魔物たちの戦いを観戦したいらしい。

 近くにいれば自分たちにも危険が及ぶだろうに、好奇心旺盛なことだ。


 もしかしたら、それだけ俺が信頼されているという証拠かもしれないが……



「クク、これからその信頼が地に落ちるかと思うと笑いが込み上げてくるな」


「何をいきなり笑っとるのじゃ。それより、もう準備はよいのか?」


「ああ」



 ミリカトルの質問に頷いて返すと、彼女は前を向いてブツブツと詠唱を始め出す。

 今回の魔物大暴走スタンピード戦において、作戦の肝となっているのは彼女だった。


 というのも、だ。

 ミリカトルは自分のことを賢帝邪神けんていじゃしんと名乗っていたが、それは決して誇張ではなかった。

 千年以上前から存在しているという彼女は魔力知識に秀でており(封印されていた分、現代知識には疎いが)、魔術の腕前も一級品。

 俺には使えない魔術を幾つも知っていた。


 今回はそのうちの一つである、大地の魔力を操る魔術を使ってもらっていた。

 それによってこの広原に魔物の好む魔力を配置し、強化された魔物たちを誘き寄せるのだ。


 数分後、その効果はすぐに出た。



「ガルルゥ!」

「バウッ!」

「キシャァァ!」



 獣型、人型、鳥型。

 種類を問わず、数千にも及ぶ大量の魔物が広原に集まっている。

 昨日の夜からこの周辺に集まるよう細工していた甲斐もあり、その効果は絶大だった。


 あとは極大魔術を放って全滅させてしまえば解決なのだが――

 せっかくの機会ということで、今回はさらに高望みすることにした。



「ミリカトル、次の段階に移れ」


「本当によいのか? 現時点でも強力じゃと言うのに、難易度が何倍にも跳ね上がると思うのじゃが……」


「構わん、やれ」


「……承知したが、どうなっても知らんからのう!」



 そう答えながら、ミリカトルは集まった魔物たちに対してさらなる魔力を供給する。

 それらを吸収した魔物たちは全て、1~2ランク上の強さに進化していた。

 最低でもCランク、最高でSランクにも至る魔物の大群。

 この群れに襲われれば王都とて一溜りでは済まないだろう。


 その光景を眺めながら、俺は満足して頷いた。


(よし、これで大地に有り余った魔力のほとんどを消費することができた。何度も魔物大暴走スタンピードを引き起こされたらさすがに面倒だからな、この一発で決めさせてもらう)


 一瞬、『このまま立ち去ったら後ろにいる領民たちに被害が出て恨まれるんじゃないか?』とも思ったが、すぐに首を横に振った。

 これまではそれで失敗続けてきたからな。

 どうせまたよく分からない理由で魔物が全滅した結果、難癖付けて称賛されるに決まっている。


「それじゃあ、そろそろ始めるとするか」


 そう呟いた後、俺は腰元から【錆びついた剣】改め【ピカピカの剣】を取り出す。

 オルトラム戦にて、この剣の魔力触媒としての価値に気付くことができた。

 今回はその応用だ。


 俺の身体では耐え切れない発動直前の魔術たちを、ひたすら【ピカピカの剣】に注いでいく。

 そして準備が整ったあと、俺は盛大にそれを解き放った。



「喰らえ――【無限・魔インフィニテ術連鎖ィ・マジック】!」



 刹那、【ピカピカの剣】から多種多様の魔力が解き放たれる。

 灼熱の炎が大気を燃やし、絶対零度の氷が地面を凍らせ、神速の電撃が天空を迸る。

 Sランク魔物を一撃で仕留めるだけの威力を孕んだ大規模魔術の数々が、とどまることなく広原にへと降り注ぎ続けた。



「ギャウゥゥゥゥゥゥン!?」

「ゴボォォォォォオオオ!」

「キシャァァァァァァァ!」



 先ほどまで大量にいた魔物たちも、魔術の雨に呑まれて瞬く間に消滅していく。

 およそ20分にも及ぶ攻防戦は、俺による一方的な蹂躙によって終結した。


 戦闘後。

 ただの焼け野原となった大地を眺めながら、ミリカトルがぽかーんと間抜けな表情を浮かべる。


「ま、まさか本当にたった一人でこの規模の魔物大暴走スタンピードを片付けてしまうとは……はっ、そうか! お主が魔王の正体だったのじゃな!?」


「違うに決まってるだろ」


「ぐえっ! こらっ、いきなり殴るでないわ!」


 ミリカトルが何やら文句を言っているが無視だ。

 俺が目指しているのは魔王をも超えた悪のカリスマ――すなわちラスボス。

 なのに魔王と同一視されるなど納得できるものではない。


 そんなことを考えながら後ろに視線をやると、そこは既にお祭り騒ぎだった。



「うおおおぉぉぉ! 領主様が魔物の群れを倒したぞぉぉぉ!」


「なんて強さなの! それに私たちを守るため、たった一人で立ち向かうそのお姿……感動いたしました!」


「儂は、儂は伝説をこの目で見届けたんじゃあぁ!」



 全員がそんな感じなので少し怖いが、俺はその光景を見ながらニヤリと笑う。

 今はその全てが称賛の声だが全く問題ない。

 これまで、俺が行動を起こしてから逆転の結果が出るまでにはある程度の時間差があった。

 数時間後か数日後か、この歓声が悲鳴に変わる瞬間が訪れることだろう。


 そう確信している俺のもとに、マリーが近づいてくる。

 彼女の手の中には、伝達魔術と思われる青い鳥が載っていた。


「ご主人様、お疲れさまでした」


「ああ。それで、その手にあるのは伝達魔術か?」


「はい。王都からの連絡が届きまして、例の件の目途がついたので計画に必要な者たちを遣わせたとのことです」


「なるほど」


 どうやらそちらの方も問題なく進んでいるらしい。

 いま連絡が来たということは、恐らくレンフォード領に到着するのは約一週間後といったところか。


 となると、俺がやることはただ一つ。

 派遣者が到着するまでの間で、館でゆっくりと体を休めながら評価が反転する瞬間を待ち受けるだけ――



(――そう言うとでも、思ったか?)



 ――当然、その程度で済ます俺ではない。

 せっかく見つけたラスボスへの道。

 これを休息ごときで逃すつもりはない。


 魔物大暴走スタンピードは解決できたとはいえ、恐らく魔力過剰による悪影響は幾つも残っている。

 それらを解決してやるとともに、領内で現在発生している問題の悉くを解決してやるのだ。

 領民のためになる行いをすれば、その分だけ後で返ってくることだろう。


「さて。方針が決まった以上、さっそく動き出さねばな……オリヴァーよ」


「はっ、クラウス様」


「現在、領内に存在する問題をピックアップしろ。片っ端から全てだ。派遣隊が来るまでの一週間で、俺がその悉くを解決してみせる!」


「っ! かしこまりました、クラウス様!」


 歓喜するオリヴァーを見送った後、俺は勝利の確信とともに笑顔を浮かべながら領民たちを見渡す。

 そして、



 ――これから一週間、悪評を広げるためとことんまで善行を重ねてやる!!!



 心の中で、力強くそう宣言するのだった。

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