第8話 招待状を汚して送り返そう!

 マリーが専属メイドになってから数日が経過した。


 その間、俺はどうしてマリーが専属メイドになろうと思ったかについて考えていた。


 オリヴァーの発言が正しければ、マリーは自ら専属に名乗り出たとのこと。

 しかし特別待遇を取り消し、住んでいた離れまで破壊した俺の専属になりたいと思うはずがない。

 そこには何が別の意図があるのではないだろうか?


 そして俺は気づいた。

 マリーは俺に対して、復讐の機会を狙って近づいて来たのだろうと!


 マリーの狙いを見抜いた以上、ここは専属に任命したことを取り消すのが常識。

 ――だが、ここで俺は考えを改めた。


 今後も悪評を広げラスボスの座を狙い続ける以上、いずれ俺の命を狙う殺し屋も送られてくるようになるはず。

 その時に備え、対応力を鍛えるためのいい機会になるかもしれないと思ったからだ。


 そういった事情から、マリーは俺の専属メイドとして今日も熱心に働いていた。


「ご主人様、本日の紅茶でございます」


「ああ」


 マリーの淹れてくれた紅茶を受け取り、一口飲む。

 この紅茶もそうだ。マリーが俺の命を狙っている場合、どこかのタイミングで毒を仕込んでくることだろう。


 そのため俺はマリーの出したものを口にする際、常に状態異常耐性アップの魔術をかけることにした。

 ここ数日の努力の甲斐もあり、今の俺の身体はだいたいの毒を無効化するようになった。

 その点だけはマリーに感謝したいところだ。


 っと、マリーに関する話はさておき。

 俺は手元に届いた書類を片付けていく。


 その途中で、とある手紙に目が止まった。


「これは……ウィンダム侯爵からの招待状?」


 ウィンダム侯爵とは王都に居住を構える、国王の懐刀とも称される貴族である。

 そしてこの手紙は、そんなウィンダム侯爵の党首就任10周年を祝うパーティーの招待状だった。

 中には返信用の封筒も入っており、参加の有無を送ってくるようにと書かれていた。


 返事を考える前に、俺はウィンダム侯爵について思い出す。

 実を言うと、俺は彼のことを以前から知っていた。


 というのも、ウィンダム侯爵は「アルテナ・ファンタジア」に登場するサブキャラクターの一人だったからだ。

 その特徴としては、普段から隻眼せきがんのために眼帯を付けており、整った顔立ちからコアな女性プレイヤーの人気も高かった。


 しかし残念ながら、ウィンダム侯爵はゲームでそこまで出番がなかった。

 彼はゲーム内で暗躍する謎の組織『幻影の手』の殲滅を目的に動いており、その協力を主人公たちに頼んでくる。


 ――が、後にこの組織を裏で操っていたのがラスボスのルシエルと判明し、エピローグにて壊滅したとの一文がでてくるだけで解決してしまう。

 協力を要請してきて以降、ウィンダム侯爵が作中に登場することはなかった。


 相変わらずルシエル関連の設定については拙いゲームだったなあと、内心でため息をつく。


 さて、話を戻そう。

 そんなウィンダム侯爵が出してきた招待状だが、俺はどう返事をしたものか悩んでいた。


「正直、行くメリットが見当たらないな……」


 これがルシエルとかからの招待状なら、情報収集や悪の仲間を見つけるために参加するのもよかった。

 しかし、ウィンダム侯爵は最初から最後まで正義側の存在。

 仲良くするメリットが一切見当たらない。


 とはいえ、ただ不参加を表明する返事を書くのもつまらない。

 さて、どうしたものか――そう悩んでいた最中だった。



「ご主人様、紅茶のおかわりが入りまし――きゃあ!」


「っ!?」



 カップを持ってくる途中でマリーがつまずき、紅茶が空中に舞う。

 俺は咄嗟に立ち上がり回避したが、紅茶の一部はテーブルの上にあった手紙にかかってしまった。


 そんな中、俺はマリーを見て戦々恐々としていた。


(ほう、やるではないか。毒が効かないと見て即、熱攻撃に手法を変えるとは。これからは状態異常耐性だけでなく、熱耐性魔術もかけ続けなくてはな)


 うんうんと頷いていると、マリーが真っ青な顔で見上げてくる。


「も、申し訳ありませんご主人様! 専属メイドとして許されざる失態……いかなる罰も受け入れます!」


「……ふむ」


 特に気にしていなかったのだが、確かに今のは毒と違い、明らかなモーションを伴った攻撃。

 ここで罰を与えないというのは、悪の君主としてのカリスマが落ちてしまうかもしれない。


 どんな罰を与えるべきか考えながら視線を落とすと、そこには紅茶に濡れた手紙があった。


 それを見た瞬間、俺は天才的発想を閃く。



「――そうだ、その手があったか!」



 この汚れた手紙を、そのまま返答として送り返すのだ。

 不遜に満ちた、それこそ貴族全員を敵に回すような行い。

 ウィンダム侯爵が国王の懐刀であることも考えれば、その効果は絶大だろう。

 領地を超え、王都いっぱいに俺の悪評は広がるはずだ!



「そ、その手とは……監禁でしょうか、むち打ちでしょうか。いかなるものであれ、ご主人様からの罰なら私は――」


「そうではない、この手紙をそのまま侯爵に送り返してやろうという話だ……この発想にたどり着いたのもお前の行動あってのこと。よくやったぞ、マリー。その功績をかんがみて今回だけは特別に許してやろう」


「え、ええっ!?」



 驚きの声を上げるマリー。

 その横で俺は、考えれば考えるほど素晴らしいアイディアだと自画自賛する。


 いや、もはやこれは芸術的ともいえる対応。

 その視点から見れば、


 隣にマリーがいるにもかかわらず、楽しさのあまり「あーはっはっは」と笑い声を上げる俺。


 そして、


「染みのついた手紙をそのまま返すなど、本気でしょうか……? いいえ、さすがに冗談に決まっていますよね。私の罪を許すために、そのような冗談で場を和ませようとしてくださるとは……やっぱりご主人様は、素敵で偉大なお方です!」


 マリーが何かをブツブツと呟いているが、テンションの上がった俺の耳に届くことはなく。



 その日の夕方、俺は宣言通り染みのついた手紙をそのまま送り返すのだった

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