第7話 専属メイドが生えてきた
――――クラウスがダンジョンに入る少し前。
レンフォード領の領都を中心に活動する冒険者グエンは、いつものように仲間とともにダンジョンを攻略していた。
しかし、最深部で予想外な事態に遭遇してしまった。
「嘘だろ、突然変異体だと!?」
環境変化の影響や、他の魔物を喰らうことによって生じる変異によって、なんとボスがオーガからハイ・オーガに進化していた。
さらにグエンたちの隙をついたハイ・オーガの一撃によって、いきなり仲間の一人が気絶。
逃げるという選択肢を奪われたグエンたちは、ただ敵の猛攻を凌ぐことしかできなかった。
「くそっ! こうなったら伝達魔術でギルドに助けを呼ぶしかない!」
「ハイ・オーガと戦える戦力がギルドにいますか? いたとしても、準備を整えてやってくるまでに数時間はかかるんじゃ……」
「それでもだ!」
仲間の懸念は承知の上で、グエンはそれしか自分たちが助かる術はないとして伝達魔術を発動した。
「ダンジョンの奥でボスの変異体と遭遇してしまった。仲間がやられて逃げ出すわけにもいかない。出来る限り時間を稼ぐから、一刻も早く助けに来てくれ!」
メッセージを込め、青色の鳥を解き放つ。
あとはこれが無事、ギルドに届いてくれることを祈るだけだ。
「……まあ、この化物相手に時間を稼ぐっていう最大の仕事がまだ残ってるんだけどな」
グエンはハイ・オーガに向き直ると、顔をしかめながらそう呟くのだった。
それから一時間が経過した。
既に結界アイテムや回復ポーションも使い果たし、これ以上は堪えられないことを悟る。
誰もが死を覚悟した、次の瞬間だった。
「【
突然どこかから放たれた炎の奔流が、ハイ・オーガに直撃し木っ端みじんに吹き飛ばした。
(な、何が起きたんだ!?)
グエンは困惑しながら、炎の飛んできた方向に視線をやる。
するとそこには、胸ポケットにグエンが放ったはずの鳥を入れた、血まみれ姿の男が立っていた。
見覚えのない男だが、どうやら彼が伝達魔術を受け取りグエンたちを助けに来てくれたらしい。
グエンはまだ呆然としている仲間たちに呼びかける。
「おい、あそこを見ろ!」
「誰だ!? あの人がボスを倒したのか?」
「あれはまさか……領主様!?」
仲間の言葉を聞き、グエンは目を見開いた。
(領主様だと!? そんな方がなぜここに!?)
しかし混乱するグエンたちをよそに、クラウスは名前を語ることもなく去っていく。
グエンたちはしばらく無言のまま、その背中を見届けていた。
ようやく冷静さを取り戻したタイミングで、グエンたちは顔を合わせる。
「いったい何が起きてるんだ? 領主様が自ら、俺たちみたいなはぐれ者を助けに来てくれたっていうのか?」
「それもあんなに血まみれになって……私はヒーラーだからわかります、あの方は今、HPが10%以下みたいです。今すぐ倒れてもおかしくない状態のはずです」
「なんだと!? そんな状態で我々を助けた上でなお、礼も求めずに去るだなんて……そういや、最近の領主様は民のために動いてくれる素晴らしいお方に変わったと聞いたが、噂は本当だったのか……」
驚愕と感動のあまり、言葉を失うグエンたち。
ただ一つ分かったのは、自分たちが暮らす領地を治めるクラウスが、どんな貴族よりも素晴らしく偉大なお方であるということだけ。
その後、休養を挟み気絶した仲間の意識が戻った後、グエルたちは冒険者ギルドに戻った。
そしてそこにいた者たちに対して、武勇伝のようにクラウスの偉大さを語る。
事の顛末を聞くと、全ての冒険者がクラウスの勇敢さと気高さに感動し、涙を流した。
そして、
「「「領主様! 領主様! 領主様! 領主様!」」」
その日は夜が明けるまで、冒険者ギルドでクラウスを崇める宴が開かれた。
なお、その一方――
「へっくしょん! ……ふむ、誰かが俺の悪評を噂しているのか? うんうん、気分がいいぞ! あーはっはっは!」
――クラウス本人はというと、冒険者たちからの支持が爆上がりしていることなど知る由もないまま、盛大に笑い声を上げるのだった。
◇◆◇
それから数日後。
俺、クラウス・レンフォードは幾つものダンジョンを順調に攻略していた。
効率よく経験値を獲得したおかげか、この数日でかなりレベルアップできた。
恐らく、この付近のダンジョンで到達できる上限に達したはずだ。
そんなわけでひとまずダンジョン攻略は止め、執務に集中する日々に戻った、そんなある日のこと。
突然、執事のオリヴァーがある提案をしてくる。
「クラウス様。使用人の中から一人、クラウス様の専属メイドに取り立てたいのですがよろしいでしょうか?」
「専属メイドだと?」
「はい。クラウス様が特にご所望でないことは承知しておりますが、近頃クラウス様の執務量が増えていることを考えると、そうした方がよいかと思いまして……それから、本人の強い希望もありましたので」
「? まあそれなら構わんが」
そういえばクラウスは使用人に興味がなく、専属もいなかったか。
俺としては正直どっちでもよかったため、とりあえず頷いておく。
するとオリヴァーはさっそく扉を開け、向こうにいた少女を執務室に招き入れた。
ん? 彼女はまさか……
「ではマリー、挨拶を」
「はい!」
やっぱりか。
そこにいたのはなんと、つい先日部屋を吹き飛ばしてやったばかりの黒髪の少女マリーだった。
彼女は俺の前に来ると、優雅な動きで一礼する。
「私マリーはご主人様の期待にお応えできるよう、誠心誠意お仕えさせていただきます。ぜひ今後は私に“何でも”お申し付けくださいませ」
そしてマリーは、微笑みながらそう告げた。
俺はなぜか、その笑みに大して言い知れぬ何かを感じるのだった。
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