第9話 勇敢で偉大なる策略家【ウィンダム視点】

 国王の懐刀とも評されるオルト・ウィンダムは、自室で頭を抱えていた。


 実はつい先日、王家の諜報部隊より、魔王復活の兆しが見られるという情報が入ってきた。

 魔王が復活すればソルスティア王国に攻め込んでくる可能性が高いため、一刻も早く対処しなければならない。


 しかし、残念ながら魔王復活への対策に国力の全てを注げるわけではなかった。

 厄介なことにここ最近、国内でも何やらきな臭い動きが見られてきたからだ。


 王家の権威をおとしめようとする反乱分子が、各地で次々と出現。

 その規模から考えて、裏にはいずれかの貴族が関わっているとウィンダムは考えていた。


 そのためウィンダムは国王の協力も得て、当主就任10周年パーティーの機に、疑わしい貴族を何名も招待することにした。

 表向きはウィンダムを祝うための会だが、ウィンダム自身はこれを機に各貴族へ探りを入れるのが目的だった。


 ウィンダムの狙いを知ってか知らずが、次々とパーティー参加を表明する返答が返ってくる。


 しかしそんな中、返答の中に一つだけ理解できないものがあった。

 レンフォード子爵からの手紙を見た瞬間、ウィンダムは驚愕に目を見開く。



「何だこれは! 私が送った手紙をそのまま返答だと!? それも染みつきとは、一体何を考えている!」



 レンフォード子爵は、ほんの数か月前に当主になったばかりの少年。

 こういった右も左も分からない新米領主には他の貴族から怪しい声がかかることも多い。


 そもそも前当主の頃から評判のいい領地ではなかったこともあり、警戒していた一人だったのだが、まさかこうも分かりやすく敵意を示してくるとは……


 ウィンダムが怒りを抱いていると、隣にいた執事が何かに気付いたのか「おや?」と声を出した。


「お待ちくださいオルト様、この染みの形……何かを示しているように思えませんか?」


「なに?」


 染みの形がいったい何だと言うのか。

 そう思いながらも、執事の意見を聞き改めて確かめてみる。


 すると、ウィンダムはすぐそのこと・・・・に気付いた。


「これはまさか……マルコヴァール辺境伯の領地か?」


 そう、なんと染みの形がマルコヴァール辺境伯の領地の形とピッタリ一致していたのだ。


 辺境伯は人間界と魔界を隔てる『冥府めいふ大樹海だいじゅりん』に接する土地を治める大領主。


 しかしその立地や幾つもの怪しい動きも相まって、最近では魔族との繋がりがあるのではないかと噂されている、最も警戒度の高い貴族の一人だった。


 これは偶然か否か、判断に迷うウィンダムだったが――


 続けて、執事が染みの部分を指さす。


「しかも、よく見てください。さらに染みがついた部分の文字だけを抜き出してみますと……『家臣』『警戒』『ゲン』『えい』『手』……と読めますね」


「家臣に警戒だと? それは辺境伯の家臣が何かを企んでいるということか? それに残りのゲン、えい、手はいったい何を指して――ハッ!」


 ここでウィンダムは、ある答えにたどり着く。



「まさか『幻影の手』か!?」



『幻影の手』とは、最近王都で名前を聞くようになった犯罪集団。

 人と魔族が手を組み、もっぱらソルスティア王国の転覆てんぷくをもくろんでいるという噂だ。

 しかし今のところ噂ばかりが先行して実害はほとんどないため、対応の優先度は低いというのがウィンダムと国王の見解だった。


 そんな王都でも一部しか知らないような存在をなぜレンフォード子爵が知っており、なおかつ自分に伝えようとしているのか。

 考えれば考えるほど、思考は渦を巻いてまとまらなくなってしまう。


 そんなウィンダムに対して、執事が疑問を投げかける。


「そもそも子爵はどのようにして、これらの情報を入手したのでしょうか?」


 ウィンダムは「ふむ」と、手を顎に当てて考える。


「普通に考えるなら、辺境伯に協力することで計画に必要な情報を共有してもらったのだろうが……辺境伯の老獪ろうかいさを考えると、新米領主にこれほど重要な情報を教えるとはとても思えない。となると、レンフォード子爵が自らの情報網で手に入れたと考えるしかないが……」


 そこまでを考え、ウィンダムの体はぶるりと震えた。


(私や国王が力を尽くしても手に入れられなかった情報を、まだ幼い新米領主がたった一人で……? さらにそれらの情報を暗号にして私に送るという徹底ぶり。この予想がすべて正しければ、レンフォード子爵はこの国の歴史を塗り替えるほどの策士に違いない!)


 そして何より、決して悪を許すことのない勇敢さにウィンダムは感動した。


「いずれにせよ、これはレンフォード子爵なりの注意喚起と考えるべきだ。真偽はともかくとして、対応は必須。決して辺境伯の家臣から目を離さぬよう、警備兵に伝えておいてくれ」


「かしこまりました」


 頷き、各部への伝達に向かう執事。


 自室に一人残されたウィンダムは、レンフォード子爵の末恐ろしさに思わず笑みが零れるのだった。



 ◇◇◇



 それからおよそ一か月後、開かれたパーティーにて。

 レンフォード子爵の予想は見事に的中した。


 姿を変える魔道具で騎士団の一人に化けた辺境伯の家臣が『幻影の手』を名乗ると共に、複数の魔物を引き連れてウィンダムや国王に襲い掛かってきたのだ。


 しかし事前にそれらを見抜いていた護衛騎士や警備兵により、完全なる無力化に成功。

 結果的に誰一人として被害が出ることはなかった。


 ただし、一つだけ心残りも存在する。

 今回の主犯であろうマルコヴァール辺境伯だが、今回の一件は家臣の独断であり自分は計画に加担していないとしらを切られたのだ。


 さらに、そもそも家臣の姿すら何者かが変装した後のものだったかもしれず、自分も被害者側だと言い出す始末。

 家臣は騎士に捕らえられると同時に自爆したため証拠は残っておらず、加えて何人かの貴族が辺境伯の肩を持ったこともあり極刑を免れることになった。


 計画が失敗した時に備えて根回しもしていたとすれば、さすがの老獪さと言うべきだろう。


 とはいえ、それでも国王からいくらかの処分が辺境伯に下されることは決定した。

 さらに辺境伯の肩を持った貴族たちが現れたことで、おおよその反乱分子を把握することができたのは大きな収穫だ。


 そして何より、ウィンダムとしては怪我人を一人も出さずに今回の騒動が片付いたことが、何よりの成果だと考えていた。


「……これは、レンフォード子爵に感謝を伝えなければな」


「そうですな」


 今回の一件を振り返り、ウィンダム侯爵と執事が言葉を交わす。

 彼らは本来のゲーム世界において、この襲撃による最大の被害者となるはずの2人だった。


 この世界では隻眼にならずに済んだ・・・・・・・・・・ウィンダムは、未だ健在な・・・・・執事を隣に控えさせたまま、恩人のことを考える。


 その後、幾つもの事後処理を終えた国王に話しかけた。



「陛下に一つ、お伝えしなければならないことがございます」


「ふむ、何だ?」


此度こたびの襲撃を見抜いたうえで、私に情報を提供してくれた存在――そう、この国において最も勇敢で偉大なる策略家についてです」



 そしてクラウスが何も知らないまま領地で高笑いをしている間に、不幸にもその名が国王のもとにまで届いてしまうのだった――



――――――――――――――――――――


というわけで、本人の知らないうちに国王の覚えが良くなってしまったクラウス君でした。


マルコヴァール辺境伯は今後もやられ役として輝いてほしいので、今回はうまく生き延びてもらいました。

辺境伯に与えられた処分については、何話か後に触れる予定です!

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