第3話 子どもに魔術をぶつけよう!

 俺がクラウスに転生してから、早くも2週間が経過した。


 これまで悪のカリスマを目指して努力を積み重ねていた俺だが、さっそく暗雲が立ち込めていた。



「俺の悪評を広めるためにシェフを牢屋に入れたはずが、まさか逆に領民からの支持が上がってしまうとは……なんて不運なんだ!」



 このままではラスボスという俺の最終目標にたどり着くことはできない。

 何としてでも、この流れを変えなくては!


 そこで俺は考えた。

 的確に悪事を働くためには、まず俺が治めているレンフォード領がどういう状態なのか確かめる必要がある。


 クラウスの記憶や、この2週間の執務経験からある程度は把握できているとは思うが……こういうのはやっぱり実地調査が重要だからな!


「よし、そうと決まればさっそく準備だ」


 査察ささつの際には身分を隠しておいた方がいいだろう。

 俺は領主だとバレないようにフード付きマントと、護身用の剣を装備した。


 俺は鏡で今の自分の姿を見る。


「うんうん、剣を装備したら一気にファンタジー感が出てきたな!」


 実に気分がいい。

 改めて、自分がゲームの世界に転生してきたことを実感する。


 っと、そうだ。

 ゲームの世界といえば……


「【ウィンド】」


 俺が小さく唱えると、指先に弱い風が生じる。

 そう、これは風属性の初級魔術【ウィンド】だ。

 

 クラウスは貴族ということで、それなりの量の魔力を有している。

 そしてこの2週間のうちに俺も色々と試した結果、幾つかの魔術を発動できるようになっていた。

 初めて成功した時には、かなりの感動を覚えたものだ。


「っと、思い出にひたるのもこの辺にしてっと」


 何はともあれ剣と魔術さえあれば、町で何かが起きても問題なく対処できるだろう。


 準備を終えた俺は、意気揚々と館を後にするのだった。



 ◇◇◇



 町に出てみると、さっそく喧騒が耳に飛び込んできた。

 商業区には様々な店が立ち並び、人々が買い物をしている。

 至極一般的な市場の光景だ。


 ただし、王都の城下町のような盛り上がりと比較すれば、活気はかなり控えめだ。

 娯楽を楽しめるような店もなく、ただ生活に必要な物だけが売買されている。


 きっと彼らは、ただ毎日を生き抜くだけで精一杯なのだろう。


「これが今の領地の現状か……」


 俺は感慨深くそう呟いた。


 それに領都ですらこの様子であることを考えれば、地域によってはより悲惨なことになっている可能性は高い。

 日々の生活すらままならず、為政者――すなわち領主である俺に対して強い恨みを持っている者も数多くいるはずだ。


 そこまでを考え、俺は満足げに大きく頷いた。



「うんうん、良い傾向だ! やっぱり悪のカリスマたるもの、人々から恨まれてこそだよな!」



 オリヴァーから俺の支持が上がっていると聞いたときはどうしたもんかと思ったが、きっとアレはかなり誇張した発言だったんだろう。

 今後も着実に悪事を積み重ねていけば、問題なく評価を落とすことができるはずだ!


 よし、見るものは十分に見ることができた。

 そう満足して帰ろうとした、次の瞬間だった。



「待て、クソガキ! うちの商品を盗んでんじゃねぇ!」



 声のした方向を見ると、幾つかの果物を持って走る小汚い少年と、その少年を追う商人らしき裕福な格好をした男性がいた。

 どうやら盗みがあったようだ。


 多くの者からの注目を浴びる中、男性はなんとか少年を捕まえると、強引に果物を取り返した。


「はあ、はあ、ようやく捕まえたぞクソガキが!」


「ううっ……」


 捕まった少年は、目に涙を溜めながら男性に縋りつく。


「ど、どうかお許しください。その食料がないと、町の外れに住む僕の妹たちの食べるものが……」


「はあ!? ナメやがって、これにどれだけ値が付くか分かってんのか!? てめぇが一か月稼いでも買えないような領主様ご用達の果実なんだよ! ただ腹を満たしてぇだけなら、その辺の雑草でも食いやがれ!」


 そう叫びながら、商人は少年を蹴り飛ばした。

 その様子を見ていた周囲の人々が、ざわざわとし始める。



「貧民街に暮らす子どもの泥棒かしら? 何だか最近、数が多いわね」


「警備兵は何をやってるんだ、ちゃんと取り締まってくれなくちゃ困るぞ」


「だけど家族の食べ物が足りないだなんて、可哀そうなのは確かよね。何もあんな暴力まで振るわなくても……」


「商人なら生活にも困ってないだろ! 少しぐらい恵んでやれよ!」



 盗人に嫌悪する者がいる反面、少年の境遇に同情する声もある。

 割合としては後者の方が大きく、暴力を振るった男性に懐疑的な視線を向ける者が多かった。


 しかしこれはどちらかと言うと、金持ちの商人に不満をぶつけてやりたいという意図の方が強く見える。

 やはり日々の生活の鬱憤うっぷんが溜まっているのだろう。


「……仕方ないか」


 俺は一つため息をつくと、フードを取って2人のもとに近づいていく。

 そんな俺を見て、周囲が再び騒ぎ始めた。



「あれって、もしかして領主様!? 何でこんな場所にいるんだ!?」


「子どもに近づいているけど、何をするつもりなのかしら?」


「以前までと違い、最近は寛容になったって話だが……もしかして領主様自ら、子どもに救いの手を差し伸べようと……!?」



 彼らの言葉を聞き流しながら、少年の前で立ち止まる。


「領主様……」


 少年は縋るような視線で俺を見上げていた。

 そんな中、俺はゆっくりと自問自答する。


 さて、ここで仮に俺が聖人君子だったなら。

 この少年を叱って反省させた上で、今後生き延びる術を教えてやるのだろう。

 それが領地を治める領主としての役割に違いないし、領民からの支持も上がるはずだ。


 そこまでを考えた後、俺は邪悪な笑みを浮かべた。



 だけど違う。違うのだ!

 今の俺が目指しているのは聖人君子ではなく悪のカリスマ!

 貧しい子どもではなく、俺のために高級な果実を持ってくる商人を守る方がふさわしい行いだ!



 せっかく俺の評価を下げる絶好の機会。

 この機を逃すわけにはいかない!


 俺は衆人環視の中、少年に手を伸ばした。


「りょ、領主様……!」


 少年は何を勘違いしたのか、歓喜に満ちた表情でその手を掴もうとする。

 しかし手と手が触れる直前、俺は告げた。



「何を勘違いしている? お前みたいな存在・・・・・・・・は、俺の領地に不要だ」

「……えっ?」

「【風の監獄ウィンド・プリズン】」

「えっ? ま、待って、俺――じゃなくて僕を許し、ってうわぁああああああああああ!」



 そう唱えた直後、少年を中心に高さ5メートルほどの風の監獄が出現する。

 監獄の中は常に暴風が吹き荒れており、少年はその中で上下左右に振り回されていた。

 まあ殺傷力はない魔術だから、死ぬことはないだろう。

 さすがに子どもを殺めるのは気分がよくないしな。



「きゃあっ!」


「嘘だろ!? 子ども相手にあんな魔術を使うなんて!」


「確かに盗みはよくないけれど、こんなのあんまりじゃ……」



 その光景を見た平民たちが同時に悲鳴を上げる。


「何か文句があるのか?」


 俺が周囲に鋭い視線を向けると、彼らは瞬時に口をつぐんだ。

 その目に恐怖の色が浮かんでいるのを見て、俺は満足しながら続ける。



「俺が治める領地でこのような行い・・・・・・・は絶対に許さない。貴様らもそのことを努々ゆめゆめ忘れずにいることだな」



 くうぅ~、決まった!

 子ども相手に容赦をせず、さらに罰を与える光景を領民の脅しに使うという悪行っぷり。

 これはさすがにカリスマポイントが100くらい溜まったんじゃないか?


 真剣な表情を浮かべながら内心で喜んでいると、幾つかの足音が駆け寄ってくる。


「おい、これはいったい何の騒ぎだ! ……って、領主様!?」


 足音の正体は町の警備兵だった。

 俺の姿を見て驚きを露わにする。


 ナイスタイミングだと思いながら、俺は彼らに指示を出す。


「その牢獄に罪人を閉じ込めてある。あと5分もすれば解除されるはずだ、その後の処理は貴様らに任せる」


「ど、どういうことですか?」


「分からないことがあればその辺りの野次馬にでも聞け。ではな」


 そう言い残し、俺はその場を後にする。

 今回はさすがに俺の評判もかなり落ちることだろう。


 俺は「はーはっはっは!」と盛大に高笑いしながら、スキップで館へ戻るのだった。



 ◇◆◇



 クラウスが館へ戻った後。

 観衆たちは未だに収まらない風の監獄を見上げながら、それぞれの思いを口にしていく。

 その多くが領主に対する非難の声だった。


 少年に対する罰は罪に見合ったものではなく、あんまりだという意見が多い。

 そして少年の肩を持った観衆に向けられた鋭い視線もまた、領主に対する信頼を地に落とすには十分すぎる振舞いだった。


「おい、風が止むぞ!」


 領主が寛大になったという噂もただの嘘だったのだと結論が出ようとしたとき、ようやく風の監獄の持続時間が過ぎようとしていた。

 人々は中にいる少年の無事を祈り、その光景をただ眺める。


 しかし――


「えっ?」


「どういうことだ?」


 監獄の中から出てきたを見た者たちは例外なく困惑した。

 その理由は予想外にも、少年の体に傷一つなかったから――などではなく。



 監獄の中から出てきたのは、なんと髭の生えた・・・・・中年の・・・おっさん・・・・だったからだ(気絶中)。



 意味が分からず、言葉を失う領民たち。

 そんな中、警備兵の一人が驚いたように声を上げる。


「こいつはまさか、犯罪組織【クリムゾン】の主要メンバー『白影のガルー』か!?」


 注目が集まる中、警備兵は続ける。


「クリムゾンは少し前まで領内に名を轟かせていた悪名高き犯罪組織です。しかし数ヵ月前を皮切りに表舞台から姿を消したと思っていたのに、なぜこんなところに現れて……それも皆さんの話によると子どもの姿で――ッ!」


 その瞬間、警備兵の脳裏にクラウスの言葉がよぎる。


 彼は確かに言っていた。

 罪人を捕まえたが、その後のことはお前たちに任せると。


 そして彼に関わる噂である、レッドドラゴンのレバー騒動に関する一連の流れ。

 そこから導き出せる答えは一つしかない!


「まさか――!」


 この事件は単なる盗難などではなく、まだ終わっていないのかもしれない。

 そう考え、警備兵はすぐさま次の行動に移ったのだった。



 ◇◆◇



 数日後。

 館内を歩いていると、使用人たちが何やら噂話をしているのが聞こえる。


 何でも、領内にはびこっていた犯罪組織【クリムゾン】が壊滅したらしく、それを喜んでいるみたいだ。


「ふむ、犯罪組織か……悪のカリスマを目指す上で、そういった組織を配下に加えるのも面白いかもしれないな」


 っと、そうだ。

 犯罪といえば、先日の盗難騒動を思い出す。

 あの一件で、俺の評判も見事にだだ下がりしていることだろう。


 少し様子を確かめるべく、俺は館を出て町に向かうのだった――




「「「領主様、ありがとうございます!」」」




 ――町に降りた直後、なぜか盛大な感謝と共に迎えられた。


 意味が分からず困惑していると、騒動の後始末を任せた警備兵がまず前に出る。


「領主様のご指示通り、見事【クリムゾン】の壊滅に成功しました」


 何の話だろう?

 心当たりがなさすぎるんだが。


「領主様が捕らえた少年は、幻術の魔道具によって少年の姿に変わったクリムゾンの幹部だったのですが、領主様は全てを理解したうえであのような対処をされたのですね。さすがでございます」


 ちょっと何を言ってるのか分かんないんだけど。

 何これデジャヴ?



「クリムゾンは他者からの同情を狙える子どもの姿に変身したうえで複数に分かれ盗みを働きつつ、幻術の魔道具の有用性を計っていた最中だったようです。そして近々大きめの犯罪を犯そうとしていたようですが、何とかその前に全員の身柄を確保することができました。これも全ては領主様が幻術を見抜き、魔術で正体を暴くことにより、幹部から情報を聞き出せたおかげです。本当にありがとうございます!」



 頭を下げる警備兵に代わって、領民の一人が前を出る。



「最近は市場で盗みが多かったのですが、クリムゾンの壊滅を機にそれもなくなるはずです! 幻術をかけられたレッドドラゴンのレバーを見抜いたという話を聞いた時は本当かと疑ってしまいましたが、今ではそんな自分を心から恥じています! さらにクリムゾンに幻術の魔道具を売った商人に関しても、既に捕えた後だとか! 領主様は素晴らしいお方、一生ついていきます!」



 えっ、よく分かんないけど前と同じ商人が原因なの?

 やっぱり死刑にしなきゃ……


 続けて、別の領民も前に出てくる。



「私はあの場にいて、領主様のお言葉をしかと耳にしました。クリムゾンの幹部に対して『お前のような存在』は領地に不要だと宣言したうえで、『このような行い』――つまり私たち領民を傷つけるような犯罪は決して許さないという気高さ! 領主様のおかげで安心してこの領地で暮らすことができます! 本当にありがとうございます!」



 うっ、まずい。

 あまりの情報量の多さに、頭がクラクラしてきた。


 しかし、彼らはそんな俺の様子に気付くこともなく――



「「「領主様! 領主様! 領主様! 領主様!」」」



 なぜか全員が一丸となって領主様コールを始めだす。


 くそっ、くそっ、くそっ!

 ちょっと悪評を広めたかっただけなのに!!



 何でこうなったぁぁぁぁぁあああああ!!!



――――――――――――――――――――


書いてて思いましたが、これはもしかしたらクラウスが勘違いで名君になる過程を楽しむのではなく、どうあがいても悪になれないクラウスの嘆きを楽しむ作品なのかもしれない……

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