第4話 メイドの部屋を吹き飛ばそう!
犯罪組織【クリムゾン】壊滅から3日後。
立て続けの支持爆上がり事件によるショックから寝込んでいたものの、ようやく病床から復帰した俺は、執事のオリヴァーと共に館の中を歩いていた。
俺は「はあ」とため息を吐いた後、愚痴をこぼす。
「なぜ俺が自分で荷物を取りに行かなければならないんだ……」
「この先にある一室は、レンフォード家の血を継いだものしか開閉できないのです。この3日間で溜まった執務を片付けなければならないので、キビキビと働いてもらいますよ」
「うっ……」
注意してくるオリヴァーに対し、俺は強く言い返すことができない。
この3日間、俺がやるべき執務のほとんどはコイツが肩代わりしてもらっていたからだ。
というか今回に限らず、普段から多くの執務がオリヴァーに任せられている。
俺がクラウスに転生してからまだ一か月と経っていないにも関わらず、問題なく領主をやれてるのはオリヴァーのおかげというのが大きい。
まあ実際のところ、両親が亡くなってクラウスが領主を任されてから俺が転生するまでに関しても、オリヴァーが代行として動いていたから何とかやってこれたみたいだしな……
そんな事情もあり、悪事執行中のアドレナリンブーストがかかってるとき以外は、こうやって説き伏せられてしまうことも多かった。
しかしこれではいけない。
悪のカリスマを目指すものとして、近いうちに俺が圧倒的存在であるとコイツにも思い知らせてやらなければ!
と、そんなことを考えながら歩いている時のことだった――
「きゃあっ!」
曲がり角の先から、女の子らしき叫び声が聞こえる。
「何かあったのか?」
「っ、クラウス様、そちらは――」
気になった俺は、オリヴァーの静止も無視してそちらに向かった。
するとそこには、夜空のような真っ黒な髪が特徴的なメイド姿の少女がいた。
少女はモップを手にしながら、水浸しになった地面を見て困ったように狼狽えている。
横にはバケツも転がっているし、掃除中に水を零したというところだろう。
彼女の様子を眺めていると、ふと目が合う。
すると彼女はしばらく呆然とした後、ぷるぷると震え始めた。
「領主様!? も、申し訳ありません!」
メイドは勢いよく頭を下げる。
仕事のミスに対して罰を与えられるのか恐怖しているのだろう。
うんうん、いい反応じゃないか!
俺を恐れてくれる相手には好感度が爆上がりだ!
しかし……
(ふむ、なんだか怖がり方が過剰な気がするな……待てよ、そういえば!)
疑問を抱いた直後、俺はふと思い出した。
この国における『
ソルスティア王国において、黒い髪を持つ人間は魔族の血を引くと言われており、かつては差別の対象だった。
今でこそ、その考え方は間違いだとされているが、それでも偏見は色濃く残り続けている。
ちなみになぜここまで詳しいかというと、「アルテナ・ファンタジア」に出てくるヒロインの一人も黒髪持ちで同じ境遇だったからである。
差別や偏見と戦っていく彼女のストーリーには、何度も泣かされたものだ。
「領主様……?」
自分の思考に浸っていると、メイドが顔を上げてこちらの様子を
本来ならここで罰を与えてやるところだが、今は先に片づけなければならない公務がある。
「お前は仕事に戻れ」
「えっ? はっ、はい!」
メイドは困惑した様子だったが、すぐに俺の命令通り掃除を再開する。
そんな彼女の姿を見ながら、俺はあることに気付いた。
俺が転生してくる前の記憶も含め、これまで一度として彼女を見たことがないことを。
この世界ではあれだけ目立つ黒髪だ、見落とすことはまずないだろう。
その疑問が、いつまでも俺の頭に残り続けるのだった。
◇◇◇
「彼女の名前はマリー。先代の頃からレンフォード家に仕えているれっきとしたメイドですよ」
執務室に戻ってきた後オリヴァーに訊いてみると、そんな答えが返ってきた。
マリーに見覚えがないことを伝えると、彼はわずかに眉をひそめる。
しかしオリヴァーはすぐに、いつも通りの仏頂面を浮かべた。
「……彼女は基本的に与えられる仕事が少なく、一部の掃除や雑務を行うだけで館の中枢には近づきません。そのためクラウス様が知る機会がなかったのでしょう」
与えられる仕事が少ない、だと?
それはまさか……
「マリーはメイドの身でありながら、サボり魔だということか」
「サボ……? いえ、決してそういうことではなく――」
オリヴァーが何かを説明しているが、俺の耳には入らない。
前世時代、自分の仕事を俺に押し付けたうえで上司には媚びへつらい出世していった憎き同僚のことを思い出してしまっていたからだ。
もしマリーがあの同僚と同じような存在なら、決して許すことはできない。
さっきは見逃したが、改めて罰を与える必要があるだろう。
しかし、断罪に移るにはまだ情報が足りない。
俺はオリヴァーの言葉に耳を傾ける。
「――と、そういった事情から彼女は他の使用人と違い、普段は離れにて一人で生活しています。ご理解いただけましたが?」
しかし残念ながら、説明はすぐに終わった。
それでも新たに判明した事実が存在する。どうやらマリーは一人暮らしらしい。
「オリヴァー、この館の見取り図を持ってこい」
「見取り図、ですか?」
「早くしろ」
その後、オリヴァーが持ってきた見取り図を机の上に広げる。
そして各使用人に与えられた寝室をチェックしたところ、確かにマリーだけが一人で離れを使っているようだった。
ここで俺は一つの疑問を抱く。
先ほどはマリーがサボり魔だと判断したが、両親の性格を考えると、とてもじゃないがそのような怠慢を許していたとは思えない。
加えて、なぜかマリーだけが一人暮らしをしているという状況。
これらが指し示す事実は一つしかありえない。
――つまりマリーは両親のお気に入りであり、特別扱いをされていたのだ!
真実()にたどり着いた俺は、多大なる衝撃を受けた。
「なるほど、まさかこんな真実が隠されていたとは……両親の評判はかなり悪かったようだし、差別など進んで行う側だと思っていたが、多少なりとも人の心は持っていたみたいだな」
しかしここで問題なのは、その特別待遇が今も続いているということ。
現在、マリーの主人は両親ではなく俺である。
そんな中で、国中から偏見を受ける少女を特別扱いし慈悲を与えていることが世間一般に伝わってしまえば、悪のカリスマを目指す俺にとってはネガティブキャンペーンになりかねない!
俺はすぐさま今後の方針を決めた。
「オリヴァー、マリーに通達しろ。必要最低限のものだけ離れから持ち出して待機しろと」
「クラウス様!? それはまさか……!」
「何をボケッとしている、早くしろ」
「――はっ、かしこまりました!」
なぜかは分からないが、オリヴァーは目を輝かせて意気揚々と去っていった。
その後、俺も準備を整えて離れへと向かうのだった。
◇◇◇
「これは……」
離れにたどり着いた俺は、かなりの衝撃を受けていた。
――何だこれは、俺が社畜時代に住んでいた安アパートよりよっぽど豪華じゃないか!
ここで一人暮らしを堪能するなど、メイドの身でありながらなんて傲慢なんだ!
これから俺が行うことが間違いではないと、そう強く確信することができた。
俺はちらりと、大量の荷物を抱えて立ち尽くしているマリーに視線を向ける。
「りょ、領主様? ご命令通り必要な物は全て持ち出しましたが、いったい何をするおつもりですか?」
「決まっているだろう? よく見ていろ、
マリーの疑問に応えるように、俺は右手を離れに向けた。
「【
そう唱えた直後、俺の右手から放たれた暴風が離れに直撃した。
渦巻く暴風に巻き込まれ、
「………………(ぽかーん)」
マリーはその様子を、ただ呆然と眺めることしかできない。
それもそのはず。なにせ突然、自分の部屋が主人の手によって完膚なきまでに破壊されたのだから。
離れの解体が終わりしばらく経った頃、ようやくマリーは意識を取り戻す。
「はっ! りょ、領主様!? 突然何を!?」
「見ての通りだ。これでもう、お前はこの離れに住むことはない」
「――――!」
大きく目を見開くマリー。
自分の特別待遇がなくなり、さぞ衝撃を受けていることだろう。
マリーは怒りが収まらないのか、震えた声で告げる。
「……それでは、私はこれからどこで生活すれば……」
「何を言っている? それは当然、他のメイドたちと同室に決まっているだろう。それから今後は館全体の仕事にも参加しろ(サボりは絶対に許さん!)」
「ッ! それはつまり……」
「伝えるべきことは全て伝えた。それではオリヴァー、後は任せる」
実は端っこにいたオリヴァーにそう指示を出すと、俺は身をひるがえしてその場を後にする。
うんうん、背中に突き刺さるマリーの憎しみの視線が心地いい。
これで黒髪の者にも慈悲など与えない、冷徹な貴族だという評判が流れることだろう。
俺は離れから十分に離れた後、「はーはっはっは!」と笑いながらスキップで執務室に戻るのだった。
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