第2話 専属シェフを牢屋にぶち込もう!

 さて、悪のカリスマを目指すと決意したのはいいが、その前に改めて今の自分が置かれた状況を整理するとしよう。


 俺はクラウス・レンフォード、15歳。

 中小規模の領土を治める、レンフォード子爵家の当主だ。


 そう、気付いただろうか。

 驚くことにクラウスはまだ少年に分類される年齢でありながら、れっきとした領主なのだ。


 何でも半年ほど前に両親が魔物に襲われて亡くなった結果、玉突き事故のように長男であるクラウスが当主の座に就く羽目になったと言う。



「モブキャラとは思えないほど凄惨な生い立ちだけど……クラウスの性格を考えたら、とてもじゃないけど同情してやる気持ちにはなれないんだよな」



 というのも、元々両親の時代からレンフォード子爵家は評判がよくなかった。


 貴族らしい貴族と言うべきか、平民を見下し、彼らが貧しい生活を送るなか自分たちの贅沢な暮らしを維持するので精いっぱい。 

 そんな両親によって育てられたクラウスもまた、同じような性格に育ってしまっていた。


 う~ん、まさにラスボスに付き従うモブ貴族にふさわしい小物っぷり。

 コイツを悪のカリスマにするのはさぞ大変に違いない。



「まっ、下手な聖人君子なんかに転生させられるよりはよっぽどマシだったか」



 既に悪評が広まってるのなら、それを利用することもできそうだしな。

 ラスボスになるためなら、俺は手段を選ばないぞ!


 そんな風に考えていると、執務室のドアがノックされる。

 恐らく執事のオリヴァーだろう。


「入れ」


「失礼いたします、クラウス様。お食事の時間です」


「分かった、すぐに行く」



 クラウスは贅沢品ぜいたくひんを好むため、食卓にはいつも豪華で美味しい料理が並ぶ。

 こちらの世界に転生してからまだ数日程度しか経っていないが、数少ない楽しみの一つだ。


 俺はいったんラスボス関係については横に置き、わくわくしながら食堂に向かうのだった。




「クラウス様、こちらが本日のメニューとなります」


 子爵家お抱えの専属シェフが、テーブルに幾つもの豪勢な料理を置いていく。

 レンフォード家は恵まれた土地ではないというのに、この贅沢具合。

 うんうん、なかなかやるじゃないか!


「ん?」


 しかしここで俺は気づいた。

 置かれた料理の中に見慣れない一品があることを。


 俺はその料理を指さし、シェフに尋ねる。


「これは何だ?」


「レッドドラゴンのレバーでございます」


 レッドドラゴンのレバー……だと!?


 その料理名を聞き、俺は思わず頭がクラクラして倒れそうになる。


 基本的に苦手な食材がない俺だが、前世の時からレバーだけは例外だった。

 あのレバー特有の生臭さがどうしても耐えられないのだ。

 社畜時代、接待相手にレバー料理の名店に連れられて無理やり食べさせられたという最悪の思い出も相まって、さらに苦手意識は増しているくらいだ。


 品行方正に育った前世の俺ならば、目の前に出された料理は全て頂かなければならないという教えのもと、このレバーも無理して食べきっただろう。


 しかし今の俺は貴族であり、さらには悪のカリスマを目指す存在。

 誰に配慮するでもなく思うがままに生きることこそ、悪の花道だ!


 俺はドンッと力強くテーブルを叩くと、その場に立ち上がった。


「い、いかがされましたか、クラウス様?」


「いらん、このような粗末な品を俺の前に出すなど恥を知れ」


 そう伝えると、シェフは顔を青くして狼狽うろたえだした。


「そ、そんな! こちらは貴族間にのみ伝わる珍味であるため一度食してみたいと、クラウス様自らが求められた品なのですよ!? 町の商人にお願いし、ようやく手に入れた逸品でして――」


 あれ? そんなこと言ったっけ?

 思い当たる節がないんだが……


 1つの体に2人分の記憶があるせいか、たまにこんな風に、クラウスの記憶が朧げになって思い出せないことがある。


 まあいずれにせよ、シェフが言っているのは俺が前世の記憶を取り戻す前の話。

 それは過去のクラウスが言ったことであり、俺からの指示ではないため何も問題ない!(暴論)


 俺はため息を一つ吐いた後、後ろに控えるオリヴァーに指示を出す。


「はあ、口答えするとは救いがない。おい執事よ、コイツと仕入れに関わった者を全員、一週間牢屋に入れろ」


「そんな!? お考え直しください、クラウス様!」


 そう懇願するシェフを無視していると、オリヴァーが苦い顔をしながら口を開く。


「クラウス様、それはあまりにも横暴な振る舞いかと……彼のどの行動がお気に触ったのかは分かりませんが、どうかお考え直しください。クラウス様を害する意図はなかったはずです」


 オリヴァーは執事兼、俺の教育係でもあるためたしなめるようにそう言ってくる。

 しかし俺は迷わず首を横に振った。


「当然だ。俺を害する意図がある者がいたとして、この程度の罰で済ませるはずがない。俺に逆らえばどうなるか、徹底的に思い知らせてやるに決まっているだろう」


「しかし……」


「これは要請ではなく命令だ。お前は黙って俺に従え」


「……かしこまりました」


 納得いってない様子だが、渋々と引き下がるオリヴァー。


 今のはなかなか悪役っぽかったんじゃないかと、俺は満足しながら背中を向け食堂を後にする。


 背中に敵意の視線がバシバシと突き刺さるが、それも今は不思議と心地よい。


 ぐぅぅぅ~~~


 しかし廊下を歩いていると、いきなり腹が鳴ってしまう。


「むっ、思わずそのまま出てきてしまったが、せめてパンだけでも持ってくるべきだったか……」


 まあいい、この満足感があれば一食くらい抜いても何も問題ない。

 俺は「はーはっはっは!」と盛大に高笑いしながら、スキップで執務室へ戻るのだった。



 ◇◆◇



 クラウスが去った後の食堂には、地獄のような空気が流れていた。

 その場に膝をついて項垂れるシェフと、遠くから彼を気の毒そうに眺めるメイドたち。


 そんな中で、執事のオリヴァーは「はあ」とため息を吐いた。


(以前から横柄な態度を見せることはありましたが、今回はいつもに比べて随分とおひどい。ここまでの理不尽を強いる方ではなかったと思うのですが……)


 それとも領主の立場に慣れてきたことで、何をしてもいいと考えるようになってしまったのだろうか。

 もしそうならこれ以上に悲しいことはない。


 オリヴァーがそう悲観しつつ、今回の仕入れに関わった者たちを食堂に呼ぶ。

 すると彼らは事情を聞き、シェフと同じように頭を抱えていた。


「そんな……せっかく当主様の要望に従って、何とかレッドドラゴンの食材に伝手があるという商人を見つけたというのに……」


 彼らの不満はもっともだが、当主の命令である以上どうしようもない。


 しかしオリヴァーはここまでの話を聞いて、どこか違和感のようなものを覚えていた。


(そういえばレッドドラゴンのレバーと言うと、鮮度がかなり重要とされる食材。しかしここ最近、近辺でレッドドラゴンが討伐されたという話は聞いた覚えがない……では、このレバーはいったいどこから仕入れたのでしょうか?)


 一度でも違和感を覚えてしまうと、他の部分にも疑問が生じる。


(思い返してみれば先ほど、クラウス様は苦言をていする私に対して『俺を害する意図がある者がいたとして、この程度の罰で済ませるはずがない』と仰っていた。捉えようによっては、彼ら以外に誰かクラウス様を害しようとする者がいるようにも聞き取れるが……まさか!)


 ある結論に至ったオリヴァーは、バッと顔を上げレッドドラゴンのレバーを見る。


「失礼します」


 そしてその一部を小さくカットし、口の中に含む。

 直後、


「これは――ッ!」


 オリヴァーはクラウスの意図()を理解し、大きく目を見開くのだった。



 ◇◆◇



 レバー騒動から一週間が経過したある日。


 俺はというと、あの日の出来事には及ばないながらも、毎日一つずつ悪事を働きながら毎日を楽しく過ごしていた。


「うんうん、順調順調! 悪のカリスマポイントも着実に溜まってきているはずだ!」


 執務室でそう呟いていると、ノックの音が飛び込んでくる。

 入室の許可を出すと、オリヴァーが中に入ってきた。


「用件は?」


「先日のレッドドラゴンのレバーに関する件についてです」


「ふむ」


 そういえばあの騒動の関係者には、一週間だけ牢屋に入れるよう指示していたな。

 おおかた、彼らを釈放するとかその辺りを伝えに来たんだろう。


 これからアイツらが俺の悪行っぷりを同僚に伝えてくれれば、それだけ俺の悪評も広がる。

 うんうん、いいこと尽くめだ!


 そんな風に満足していると、なぜか突然オリヴァーがその場で頭を下げた。


「どうしたんだ?」


「このオリヴァー、自らの浅慮を恥じております。クラウス様は初めから、全てをお見通しだったのですね」


「……ん? 何のことだ?」


「もちろん、レッドドラゴン――いいえ、ハングリーバードのレバーについてです」


 ちょっと何を言ってるのか分からないんだけど。


 困惑する俺をよそに、オリヴァーは興奮した様子で続ける。



「クラウス様も既にご存じのように、先日のレバーはレッドドラゴンのものではなくハングリーバードのものだったと判明しました。幻術の魔道具によってレバーの見た目を変えられた結果、仕入れ担当が気付かずに購入。その後、シェフに至るまで誰も見抜くことができずクラウス様に提供されてしまったというのが一連の流れとなります……あの一瞬でこの全てを見抜いていたとは、さすがでございます」



 いや、俺の知ってる情報が一つとしてないんだけど!?



「なお今回の元凶であった商人も既に捕えており、彼の証言によるとレッドドラゴンのレバーを求めているのがクラウス様であると知り『何も考えず値段の高いものだけを求める、味の良し悪しも分からない領主ならバレないに違いない』と考え、今回の行動に至ったようです」



 え、何それ不敬。

 死刑にしなきゃ……



「なお商人に対する処分も既に決定しております。本来なら処刑に値する行いですが、クラウス様が仰っていた『俺に逆らえばどうなるか、徹底的に思い知らせてやるに決まっている』という発言の意図を私なりに解釈し、懲役半年に加え財産の大部分を没収、さらには釈放後もしばらくレンフォード家のために無償で働かせ続けるという、商人にとっては拷問に等しい、ある意味では処刑以上の処分となりました」



 なんで俺に相談もなく決めてるんだろう?



「それから、クラウス様にお渡ししたいものがこちらとなります」


 そう言いながら、オリヴァーは数枚の手紙を渡してくる。


「これは?」


「釈放されたシェフたちからの、感謝の手紙となります。『自分たちも騙された立場とはいえ、当主様に不出来な品を出すなど通常ならば死刑になっていてもおかしくない程の失態。にも関わらず、たった一週間の懲役に留めてくれるなど、感謝の言葉もございません』とのことです」


 なんか気分で牢屋に入れた相手から感謝されてるんですけど!?


「さて、次に申し上げることが最後となりますが……」


 情報量の多さに疲れ切って思考もままならない俺に向かって、オリヴァーは言う。



「直近でレッドドラゴンが討伐されていないという情報を把握しておくことに加え、幻術がかかっているにもかかわらず偽物であることを一目で見抜くその審美眼しんびがん。さらには部下に思いやりを持った寛大な対処をするという懐の深さが、館内外やかたないがい問わずに広まり、領民からの支持が爆上がりしております」



「…………」


わたくしオリヴァーも、クラウス様に仕えられることを心より嬉しく思います。では、お伝えしたいことは以上となりますので失礼いたします」


 バタンという扉が閉まる音と共に去っていくオリヴァー。

 対して、執務室に一人で残された俺はというと――



「何でこうなったぁぁぁあああ!!!」



 頭を抱えながら、全力でそう叫ぶのだった。

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