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「Z市の住宅で首を絞められた女性の遺体が発見されました」

 僕は思わずテレビを見た。父が逮捕されて以来、「女性の遺体」という単語に、僕は敏感だった。たまに気が向いて小説を読もうと思う時もあったが、あらすじを見て、女性が殺されるようなミステリは避けていた。父を思い出すような事柄は、なるべく自分の目に触れさせない。そうやって生きてきたのに、生まれてきた赤ん坊のせいで、父を思い出すことが増えている。そんな中で、またしても父を想起させる出来事が起きてしまった。もちろん、この事件が自分に関係のあるはずもないが、僕の住む「Z市」や「首を絞められた」という言葉までついてきていて、どうにも嫌な感じがする。

「この事件ね」

 いかにも、事情を知ってますよ、という顔で三木さんがため息をついた。このニュースが世に出るのは僕が知る限りでは初めてだが、それを知ったような口調で話すのは、おそらく三木さんの旦那、新仁が担当している事件ということだろう。三木さんは新仁が捜査で得た事件の情報を、「誰にも内緒よ」と言って誰にでも言いふらす。警察官の妻としていかがなものかと思うが、そもそも、家族とはいえ捜査情報をいとも簡単に口にしてしまう新仁も、警察官としてはよろしくない。

 そうは思いつつ、「どうかしたんですか?」と僕は訊ねた。カレンダーの件とは違い、今度は使命感はなかった。単純に、この事件のことが気になった。

「聞いたところによるとね」

 誰もいないのはわかりきっているのに、三木さんがわざとらしく周囲を窺うふりをして顔を近づけてくる。ファンデーションの匂いが鼻をついて、僕は少しだけのけぞった。

「ちょっと変わった事件らしくてね」

「変わった事件?」

「密室らしいのよ」

「密室、ですか」

 なんだそのミステリみたいな事件は、と僕は自然と眉をひそめる。

「しかも、亡くなった女の人のそばに猫の死骸もあったんですって。気味が悪いわよね」

 言葉とは裏腹に、三木さんはどこか楽しそうに見えた。密室という単語には現実感がなく、加えて猫の死骸ときたら、いよいよミステリっぽさが増してくる。

「あ、このことは」美紀子が右手の人差し指を立てて、自分の鼻の前に持ってくる。「誰にも内緒よ」

 あと三回だ、と僕は思った。きっと、三木さんはあと三回は同じセリフをいうに違いない。

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