第41話 『エル』と言う人格

 また雰囲気が一変したなぁ。


これだから解離は厄介なんだよ。


俺はため息をついた。


あの小柄な体の中に恐ろしい怪物が眠っているのを俺は知っている。


なんせ、俺もその怪物の一人なんだから。俺は片手で車を持ち上げられる。一般には「火事場の馬鹿力」の力が常に出るんだ、俺は。脳のタグが外れちまっているんだと。



さあて、次に出てくる奴はどんな人格なんだろうな。




正直、俺、エルは厄介だとも思いつつ、この状況に喜びを感じていた。




こうゆうのを俺は待っていたんだよ。化け物よ、何なら話に聞いている、大柄な元上司を病院送りにした奴、出てこねぇかな。



《あんまり嫌なんだけれどな》



 雪の声が俺の頭にため息まじりで聞こえた。雪はこの『伊勢原』の主人格だ。



今まで接していた『伊勢原』はコイツの事を言う。


しかし、今度はなんだぁ?



『天宮 いつき』の人相が変わったのを肌で感じた。




ああ、コイツが元上司をボコった奴か。良いぜ、良いぜ!ここなら怪我の心配無いもんなあ!





 俺は胸の高鳴りを感じつつ臨戦態勢に入った。いつ奴が来ても良いように。



《あんまり無茶しないでね》



『わかってるっつーの!』



 いつきさん、いや、なんかの人格、コイツがボコったやつだろうから、コイツをひっ捕らえてやる。


「とりま、この部屋施錠して、看護師は出てろや」


「あ、はいぃ」


このクソババ、良い歳して俺にビビってんな。


でも素直に施錠してくれた事には感謝。



さぁて、と。どんな化け物が出てくるかねぇ。


扉の閉まる音ともにもそもそと言う音が聞こえた。


化物のお通ーりだってな!





「あらあらあら。嫌だわ。むさ苦しいわ」



 クッションの向こうから、スイっと立ち上がり、横目で俺を軽く見た後、いきなり突進してきやがった。



 「あーあ、むさ苦しくて悪かったよっ!破天荒なお嬢様なことでっ」



 「あなたも病院送りにしてあげる。うっふっふ」



 俺は突進してきた彼女を軽くいなし、背中に思い切り回し蹴り。それに応戦してきた奴は、俺の足を掴みやがって、クッションの壁に俺を背負い投げの要領で投げやがった。俺は咄嗟に受け身を取る。そんな応戦を繰り返し、約五分。



男女の筋力の差は歴然であり、俺は男の体、相手は女の体だ。結局勝つのはどんなにタグがはずれていようと、俺であるのは間違い無かったんだ。


俺は動けなくなったいつきの背中を踏みつけ、


 「てめえ名前は」



 いつきは苦しそうに「うっ」と唸ったが、質問に答えようとしねえ。


むかついてきたからうつ伏せで蹲っている奴の背中に体重を段々とかけていく。その度に唸り声が聞こえるが、俺は気にしない。名前を言うまで体重をかけ続けてやる。



 白衣のポケットから一本の煙草を取り出し、「ふぅ」と一息ついた。そのときからか、奴は小さな声で何やらもにょもにょ言っていた。そして俺に向き直り、



 「だき、だきよ」





 軍配は俺に上がったのだ。




やっと本気が出せる奴が出てきて、俺は少し楽しかった。満足した俺は、伊勢原先生にターンを譲ることにした。

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