第35話 先生の過去

 僕の過去を少し話そう。



 僕は四歳の頃、十個上の姉に性的ないじめを受けていた。姉の友達と一緒に男性器を弄られ、『嫌だ』と言ってもやめる気配は無く、それどころか姉の友達にまでその部分を触られ、ものすごく恐怖と痛みを感じるようになってしまい、そこから僕らは人格を《切り離す》ようになっていた。最初に生まれたのは、僕とは違い男気あふれる人格だった。



 名前は「竜立」。彼は、当時の僕の二十歳上の男性であった。竜立は成熟した男性であった。だから、性的なことにも耐え続けた。基本人格はその時点で僕らの体を捨て、深層世界の方へ逃げていった。


まるで幽霊のように消えてしまったのである。


そこから乱立して、男性人格が生まれ続けた。


エルもそのうちの一人である。エルの場合は少し特殊で、感情の怒りという部分を一手に請け負うような人格であった。


今ではある程度丸くなったものの、それでも彼の怒りのパワーは脳の筋肉を制御しているストッパーまでタグを外していまう勢いで取ってしまうのである。彼の力はすざましく、信号機を殴ってぶち壊してしまうほどのパワーと勢いがある。エルは痛みを感じない人格であった。


だから、この体の骨が折れたとか、そういう感覚まで失っているのだ。やるからには徹底的というのが彼だった。ある種のASD気質を一手に背負うような人格であった。


竜立はそんなことはなく、どちらかと言えば痛みを一手に背負うような悲しい人格である。



 男気溢れる彼は、みんなのリーダーとなり、現在32歳の僕の人格たちをまとめるリーダーとなってくれている。


女性人格が誕生したのは、僕の姉が親元から離れてからだった。親元を離れた姉は、家出同然のように逃げていったので、親は可愛がる当てが無く、当時九歳の僕に化粧や女性ものの洋服を無理矢理強制的にあてがったのである。フリフリのスカートを穿いて、短い僕の髪を伸ばし、ストレートのアイロンや美顔器の使い方を徹底的に教え、女であれと、母親は僕に押しつけたのである。


父親はそんな母親のことを見て見ぬふりをして仕事に没頭し、家庭を放置した。



その瞬間に僕の中に女性人格が初めて生まれたのであった。その女性人格の名前は《春》。春は、学校でいじめられている僕の身代わりとなって、盾となって、僕を支えた。春から《かがり》という性的に奔放になる人格が生まれ、《京華》という文才に恵まれたおしとやかな女性を生まれさせ、徐々にその人数が増えに増えていき、男性人格と女性人格は7:3の割合でできてきたのである。



僕という人格は、実はISHという、全部の記憶を引き受ける人格だったりもする。


なんせ、基本人格が眠ってしまっているから、僕は出てこざるを得なかったのである。そんなとき、僕が高校を卒業してからだ。



 医学の道に進もうと、エルが奮闘していた時期に出会ったのが現在の教授である。人格の記憶は障壁が強かったのもあるが、点でバラバラとなっていたため、いろんな人格が興味によって出てきては消え、出てきては引っ込みというのを繰り返していた。


そんなとき、海外から戻ってきたばかりの教授に、見初められたのである。そこから教授とともに統合治療にも臨んだが、僕は実家にいたのもあり、母からのプレッシャー、女性であれという気持ちが残念なことに消えず、残念ながら家を出た今でもまだ、50人の人格を背負って歩き続けているのである。



こんな僕だが、家を出た今は自立した時から徐々に休眠する人格が増え、今では主に動いている人格は、《僕》と《エル》と《かがり》と《京華》と《潤》と《堕姫姉》と、時たま現れる子ども人格の《優香》という、七人でだいたいの日々のことをこなしていたりする。そんな僕だが、本当の僕の名は《雪》という名になる。



 だがISHの僕は全記憶を持っているため、医療の知識も持ち合わせたある種の解離専門医みたいな立ち位置になったのである。



今回の患者である『天宮いつき』も、僕と似たような境遇を送ったように感じられたのである。現在天宮いつきの人格は確認できただけで四人であるが、今後もきっと出現していくことは容易に考えられた。




 僕は、よいしょと体を立ち上げて、ベッドの方へ向かった。どうせこの夜また患者が暴れたという報告を受けるだろうから、僕は風呂に入らず携帯をポケットに忍ばせて、白衣を着たまま入眠することに決めたのであった。

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