第30話 交代人格との対話
そのおかげか、二週間目のある日、違う人格の存在を確認することができた。
それはいつも通りにPCを持って彼女達の部屋に行った時のことだ。
「はいこれ。お仕事頑張って」
いつもならここで美咲さんが出て丁寧に「ありがとうございます」と言うところなのだが、この日は違った。
「あのぉ、すいません。デスクを貸してもらえませんかぁ?」
間延びした語尾に様子がなんか辿々しい。美咲さんがハキハキ話すのに対してこの方は、なんかおっとりしている。雰囲気もいつものようなピリピリした感じではなく、僕に怯えているのか、少しもじもじしている印象がある。声のトーンも一段階低いようだ。おや?と僕は思い、彼女に(彼かもしれないが)聞いてみた。
「君は誰だい?」
その質問を投げ掛けた途端、彼女はハッとした顔をし、俯いてしまった。これは、子が悪戯を親にバレた時の行動に似ている。素直に応えてはくれないのだろうか?別に僕は君たちを責めているわけではないのだが。
少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。
「僕は満ですぅ」
みつる、初めて聞く名前だ。「僕」と言っている時点でこの方は男性なのだろう。
それにしても『解離性同一性障害』は不思議だ。一人一人全然話し方が違う。
雰囲気までも変わってしまうのだからすごいと僕は素直に思った。
でも記憶がなくなったり、自身を傷つけたりしてしまう事があるので彼らは彼らで苦しんでいるのは確かだ。
そこを何とかしてあげたいと僕は思うのだけど、何ともならないのが現状だ。
特効薬も無いしなあ。
「満くんであっているかな?」
「はぁい」
「君はいくつなのかな?」
僕はほかの人格にも聞いていることを彼にも聞いてみた。怖がっているようなのでなるべく優しく。
しかし、彼は応えてはくれなかった。沈黙のまま、何も話さない。完全な黙秘だ。
「君のこと話してほしいな」
僕はゆっくりと、違うアプローチをかけてみた。
この障害は信頼関係と対話が重要になってくる。信頼関係が成り立たないと、ほかの人格も出ては来てくれないのだ。
その為には彼らの特徴をきちんと見定めておかなくてはならない。本当はデスクとかチェアとかがあるデイルームに連れて行ってあげたいのだが、彼らは一度、ほかの患者さんに手をあげてしまっている。
もう少し、この『保護室』にいてもらうことになる。今日でもう二週間立つのだが、まだ、あの凶暴の人格が出て来てないので出すわけにはいかなかった。
本当は仕事も休職か辞めてほしいのだが、それは彼らのQOLを下げてしまう。それがストレスになれば、意味がないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます