第49話 罠 part4

 聖都に来て、三カ月が過ぎた。


 秋をすっ飛ばして到来した聖都の冬はエルドアや王都よりもずっと厳しくて、私たちは暖炉の前で凍えた。

 新しい年を迎え、私はあっという間に成人の年になった。


 本当に、この三カ月は怒涛の日々だった。


 そんなことを考えながらお鍋のシチューをかき回していると、野太い声が聞こえてきた。


「マイちゃん! カウンター空いてるか!?」

「ごめーん! 二日待ち!」

「くそー! 今日こそはと仕事早く終わらせてきたのに、ちくしょう!」

「代わりに今日はポックルちゃん特製肉巻きあるよ!」

「おお! じゃあそれ三つくれ!」

「まいどありー」


 マイさんは今日も元気に声を張り上げている。


「ポックルちゃん、オーダー入ったよ! 特製肉巻き三個と野菜シチューよろしく!」


「はい、注文いただきました」


 そして私は、食堂のバイトをしていた。



 三カ月前、教皇様との謁見までの待機を言い渡された私たちは途方に暮れた。

 主に生活費の面で。


 王都を発つときに着のみ着のままで出てきたこともあり、道中の馬や宿代、食料や必要雑貨などで、聖都に到着したときには路銀が尽きていたのだ。


 マイさんは聖都教会から私の護衛任務を依頼されていたわけだけど、なんと報酬は後払い。聖都でも引き続き護衛することになったので、それが終わってから支払われることになったという。


 つまり私たちは文無しになったのだ。


 宿の部屋で、三人とも頭を抱えた。

 腕の立つエラは魔獣討伐などで稼げるだろうけど、おちおち私の側を離れるわけにはいかない。マイさんも同じだ。


 だったら私も魔獣討伐に同行すると申し出たけど「いろんな意味で論外」と一蹴されてしまった。


 というわけでアノン君に相談したところ、治癒師として稼ぐ方法もあると聞いた。


 基本的に治癒師や聖女見習いは教会に所属していて、無料で治療を行う。その代わりに教会に寄付をするというのが慣例らしい。


 一方で、教会を通さずに少ない金額で治癒をするモグリもいるそうだ。アノン君が勧めてくれたのはこちらだ。


「師匠だったら、大金をはたいてでも依頼してくる人がいそうですけどね」


 でも、私はその提案を断った。


 せっかく誰もが奇跡のような治癒を受けられる異世界に来たのだ。お金持ちしかそれを享受できないなんて世の中には、できるだけしたくない。


 ということで私は教皇様に書状を送り、孤児院や診療所を無償で回ることを許してもらった。


 それでも最初は教会の関係者が文句を言いに来たけど、誠心誠意説得したら、みんな納得してくれたように思う。


「師匠にそんな真剣な目で見つめられたら、大概の人は許してしまいますよ」


 アノン君はなにやら呆れていたが、ともかく教会も認めてくれたようでよかった。


 で、問題は振り出しに戻る。


 生活費どうしよう。


 アノン君は「三人の面倒なら僕が見ますよ」と言ってくれたのだけど、これも丁重に断った。弟子に養ってもらうなんて、師匠として恥ずかしい真似はできない。


 そこで私はエラとマイさんに提案したのだ。みんなでバイトをしようと。


 前の人生ではずっと入院していたし、そもそも中学生だったのでアルバイトなんてしたことがない。


 いつかはやってみたいな、とずっと思っていた。

 自分の力でお金を稼ぐ。それってすごいことだ。


「働くにしても、どこか当てはあるのですか?」


「ふふふ、エラ……実は目を付けているお店があるんだ」


「ああ、フィーネ様がほっぺた落ちそうと絶賛していた店ですね」


 実は三人で聖都をブラブラしたときに、ここで働けたらいいなと思っていたお店があった。


 メインストリートから一つ入った路地にある、小さな食堂。

 人通りは少ない立地だけど、料理が美味しくて夜になればけっこうお客さんも入るらしい。なのに女将おかみさんが一人で切り盛りしていて、人手が足りていないように見えた。


 さっそく三人でバイトさせて欲しいと頼みに行ったとき、女将さんは目を丸くしていた。


「……あんたら、本当にうちの店なんかでいいのかい?」


「はい、このお店がいいんです。もしかして人手足りていたりしますか?」


「いや、人手は足りてないから助かるんだけど、そのね……うちは大通りの店とは違って洗練されてないよ? お嬢ちゃんたちならもっといい働き口があるんじゃないかい?」


「いいえ、このお店がいいんです。女将さん、素材や調味料にとてもこだわってますよね。私はこのお店の料理のファンなんです」


 ちょっと熱がこもりすぎてしまった。


 でも、そうなのだ。

 このお店の料理はとにかく体に優しい。長年健康に気を遣ってきた私の舌と体が、それを敏感に感じ取ったのだ。


 ぜひ、この料理を体得したい。


「そ、そうかい。まあ、そういうことなら大歓迎だよ! あ、でもこの店は夜になると飲んだくれもたくさん来るよ? お嬢ちゃんたちみたいなべっぴんさんじゃあ、不快な思いをするかもねえ……」


「あ、ポックルちゃんは調理場希望なので」


「はい! ぜひ女将さんの料理を教えて欲しいです」


 コミュ症の私に接客業務など務まるはずもない。


「ええっ? まあいいかね。確かに調理場も人足りてないから助かるよ。いやでもそっちの黒髪のお嬢ちゃんは……」


「あたしはこう見えて麻痺の術が使えるので心配ご無用です。変なお客さんは痺れさせちゃいますから」


「あらま、それは頼もしいねぇ!」


 こうして私は初のバイト面接に挑戦し、めでたく採用となった。

 ちょうどお店の二階に空室があるというので、三人そろって安い家賃で住まわせてもらえることにもなった。女将さんには感謝しかない。



 そんなこんなで三カ月、私は調理場担当のポックルとしてバイトに励んだ。


 マイさんの接客はとても評判が良く、女将さんの料理も絶品だと口コミが広がっている。いつしか、連日午後の開店と同時に行列ができるほどの繁盛店になった。


 中でも五席しかないカウンターは、お客さんに大人気だ。


 わかる。わかるよ。

 調理場から漂う料理の匂いを楽しめる上に、料理ができていく様子も見ることができるしね。私もカウンター席は大好きだ。


「お、お待たせしました。ぶどう酒とチキンのスープです」


「お、おう……」


 カウンター席だけは、私が飲み物や料理を運ぶようマイさんに言われている。


 正直、お客さんは無愛想な人が多くていまだに緊張するけど、マイさんはほぼ一人でホールを回しているので、これ以上負担を掛けるわけにはいかない。

 それにみんな無愛想だけどお行儀はいいし、無骨だけど親切な人たちばかりだ。


「あ、あのポックルちゃん、注文いいかな?」


「はっ、はい、何にしますか?」


「ポックルちゃん特製の、肉巻きを……」


「はい! ありがとうございます、今ご用意しますね」


「うぐぅっ……」


 最近になって、女将さんの料理をアレンジした特製肉巻きをメニューに加えてもらえることができた。注文してもらえるとすごく嬉しくて、顔がつい綻(ほころ)んでしまう。


 ニヤニヤしながら肉巻きをお皿に乗せていると、別のお客さんが声を掛けてきた。


「いんや~、いつ見てもポックルちゃんの格好、似合ってるねぇ!」


「あ、えへへ……ありがとうございます」


 素直に嬉しくて、つい照れ笑いを浮かべる。


 私は今、白いコックコートに身を包んでいた。バイトを始めるとき、お店のエプロンを着けたら女将さんに「そんな格好してたら襲われちまうよ!」と言って、仕立ててくれたものだ。


 ついでに黒いベレー帽も貰った。これは女将さんの私物らしくちょっとぶかぶかだけど、この中へ髪をしまい込むように言われている。なかなかに男の子っぽいデザインで、被るとちょっとテンションが上がる。私のお気に入りの帽子だ。


「はぁ~、やっぱりカウンター席は最高だぜ!」


 また違うお客さんが楽しそうに笑った。


「あ、わかります。調理場の近くって興奮しますよね」


「あははっ、俺たちが興奮してんのはポ……いや、こんなこと言ったらまたあの凄腕ねーちゃんに睨まれちまうか。てか凄腕ねーちゃんは今日いないのかい?」


 凄腕ねーちゃんとは、エラのことだ。

 私たちがバイトを始めた当初、ガラの悪いお客さんをエラが何度か懲らしめたことがあるらしい。それ以来、この店で彼女はそう呼ばれている。


「エラは、今日ちょっとお出かけです」


 エラは店の仕込みを手伝ってもらっていつつ、店が開くと二階で鍛錬をしたり冒険者として簡単な任務を受けたりしている。今日は近くの森へ魔獣退治だ。


 護衛ならマイさんもいるし、アノン君もほぼ毎日食べにくるので、少しの間なら離れても大丈夫だと判断したのだろう。


「よ、ポックルちゃん。カウンター空いてるかい?」


「あ、ケイジオさんこんばんは。席、取ってありますよ。いつも予約してくれてありがとうございます」


 いつも閉店間際に来る常連のケイジオさんだ。


 がっしりとした体格で無精ひげを生やしたおじさん。茶色い髪はウェーブがかっていて無造作ヘアなのに、妙におしゃれな感じがある。つまり格好いいおじさんだ。


 年は多分三十歳くらいで、聖騎士団に雇われて番兵をしているらしい。


「あれ、今日は凄腕ねーちゃんも哀れな少年もいないのか」


 哀れな少年とはアノン君のことだ。由来は分からないけどなぜかそう呼ばれている。


「今日も奥さんと娘さんにお土産持って帰りますか?」


「あー持ち帰りに肉巻き二つお願いね。娘が気に入っちゃってさ」


 ケイジオさんは愛妻家で、娘にメロメロなお父さんなのだ。

 バイトをし始めて一カ月くらいした頃に、ふらりとお店にやってきて料理をすごく気に入ってくれた。


 それ以来、毎日閉店前に顔を出しては軽くお酒をのみ、お土産を持って帰る。私が緊張せずに話せる数少ないお客さんだ。


 調理場から女将さんが出てきて、ケイジオさんの前にいつものお酒を置く。


「アンタも毎日こんな夜遅くまで、お疲れさんだねぇ」


「女将さんもな。いやぁ、ここ最近は上司が働け働けってうるさくてさ……家族のためにも残業はしないと決めてるんだが」


「やっぱ、帝国が攻めてくるってのは本当なのかい?」


「どうだかなあ。俺達は下っ端だから、そのへんのことはよく知らないんだ」


 帝国。


 チウロ司教は、帝国が私を狙っていると言っていた。

 聖女狩りなんていう物騒な言葉も何度となく耳にしたけど、結局聖女を攫って何がしたいのかまでは分からない。


 一人で悶々と考えていると、マイさんに肩をたたかれた。


「ポックルちゃん、そろそろお店閉めよっか。ここ任せてもいい? あたし裏片付けてくるから。ケイジオさん、いつもありがと。また明日も来てねー」


「はいごちそうさん。マイちゃんに言われたんじゃあ、明日も来るしかねえなー」


 そんないつもの風景。

 店内を見渡せば、もうケイジオさん以外にお客さんはいなかった。


「んじゃ、ポックルちゃん、またね」


「はい、ケイジオさん。寒いので風邪を引かないように」


 手を振ってからカウンターを拭こうとすると、お土産の包み袋が椅子の上に置いてあるのを見つけた。忘れ物だ。


 ケイジオさんは……あ、もういない。


 私は包み袋を持つと、急いでケイジオさんを追った。お店を出ると、最初の路地をちょうど曲がるのが見えた。

 その後ろ姿を追い、私も路地を曲がる。


「はぁ、はぁ……ケイジオさん、忘れ物ですっ」


「おわっ、あーごめん、わざわざ走って追ってきてくれたのか」


「はい……ケイジオさん、歩くの早いですね」


「ああ、兵士だからな」


 ケイジオさんがなんてことはないという顔で、私の額を指でチョンとつついた。


 ――あれ? 体が。


「悪いな。ちょっと眠っててくれ」


 私の意識は、そこで途切れた。

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