第48話 学院試験で魅了する聖女

 明けて次の日。

 聖都高等学院――別名「英雄学院」の試験会場は、受験者や見物人でごった返していた。


 そんな中、私の周りにはひときわ人が集まっている。というのも。


「勝者アノン!」


 観衆から「おおおお」というどよめきが上がる。


 さっきからアノン君の快進撃がすごい。


 魔法の実技試験では、五系統すべてで前代未聞の威力と正確さを叩き出し試験官たちを唖然とさせた。剣術の試験では、聖教騎士団の騎士を務める試験官がものの数秒で棄権を申し出たのだ。


 強い……強すぎるよアノン君。


「師匠、どうでしたか?」


 さっきから試験をクリアするたびに、アノン君が駆け寄ってくる。おかげで私にも注目が集まってしまう。


「――おいあれ、アノンって子の姉かな」

「すっげえ美少女姉妹……」

「いやアノンってのは少年だって話だぜ」

「えぇ!? てことは姉弟か……いいなぁ、俺もあんな可愛い姉ちゃんほしい」

「てか、俺さっきから姉のほうばっか見てたわ」

「実は俺も……試験の様子を手に汗握って見つめてる感じがこう」

「ああ、たまんないよな……」

「試験官たちもさっきからチラチラあの子を見てるよな」

「あの子も試験受けるのかな? 一緒に通いてぇ……」

「お、俺あんな綺麗な女の子、生まれて初めて見た」

「もしかして大聖女様だったりして。お忍びとか」

「ばーか、大聖女様がこんなとこにいるわけないだろ。それに式典で遠くから見たことあるけど大聖女様の髪は紺色だ」

「じゃ、じゃあ俺たちが話しても罰は当たんないよなっ」

「声かけてみるか?」

「いや待て、さっきあの弟、師匠って呼んでなかったか?」

「えっ……てことは弟より強いのかあの子!?」

「……人は見かけによらないんだなぁ――」


 いつの間にか周りにはぽっかり空間ができていて、取り囲んだ人々が何やら私たちのことを話しているっぽい。ザワザワしてよく聞き取れないけど、きっとアノン君のことだろう。


「師匠聞いてます? 今の試験の僕どうでしたか?」


「うん、すごく格好よかったよ!」


 素直な気持ちを告げる。


「うぐ……師匠、そんな目で見つめられると僕死んじゃいます」


 そう言ってアノン君が私に飛び込んできた。


 ゴーンという鐘の鳴るような音がして、アノン君が頭を抱えてうずくまる。

 私の目の前には防護魔法が展開されていた。


 ……ごめんアノン君。


 でも彼のスピードなら、きっと防護魔法を展開する前に私に触れることもできるはずなので、多分本気ではないのだろう。


「フィーネ様、私も剣術の試験を受けてきますね」


 隣にいるエラがそっと耳打ちをしてくる。


 学院試験は腕試しの場でもある。

 試験をクリアしても入学資格が与えられるだけで、入学を希望するかどうかは自由だ。ちなみに入学を希望する場合は、その後に筆記試験や面接があるらしい。


「うん、じゃあ一緒に行こうか。私も受けるから」


「師匠、治癒師や聖女見習いは試験を受けられないんですよ。そちらは自動的に聖都教会の領分なんで」


「うん、知ってるよ。私は剣術の試験を受けるつもりだから」


「ええ!?」


 アノン君もエラも目を丸くしている。まあ無理もないか。


 だが何を隠そう、王都の学院では短期間だけど剣術の授業を受けていたのだ。その前はエルドアの軍隊長さんにも剣を習っていたし、今もたまにエラから護身術を習っている。


 さっきのアノン君の勇姿を見ていたら、私も腕を試したくなった。


 実は、昔から剣の道に憧れていたりもするのだ。


 侯爵令嬢だからと諦めていたけど、やっぱり強くなりたいという願望は……ある。自分がどれほどのものなのか測りたくなるのが剣士の性(さが)というもの。


 まあ私の細腕では、試験官に軽くあしらわれて終わるだろうけど。





「では九十六番、ポックル、前へ」


「はい、よろしくお願いします」


 呼ばれたので試験の舞台に上がる。


 今の私は、もともと着ていたチュニックとズボンの上に、試験用の簡素な胸当てと木剣という出で立ちだ。髪は邪魔になるので後ろで縛っている。準備万端だ。


「よしっ」


 腕まくりをして自分を奮い立たせる。

 王都でシャーテイン君と剣の打ち込みをしたときは「筋はいい」と褒められたことだってあるんだ。頑張るぞ。


「私は聖教騎士団のガレコアだ。遠慮はいらない、どこから打ってきていいぞ。始め!」


 私はゆっくり息を吐いて心を落ち着かせると、両手で木剣を構える。

 ふらりと前傾姿勢になり、その勢いのままに地面を蹴った。


「む、いい踏み込みだ」


 一気に距離を詰めた横薙ぎが、ガレコアさんの木剣に難なく弾かれる。


 でも私の本領はここからだ。

 弾かれた衝撃を利用しながら回転し、その遠心力を使ってどんどん剣技を打ち込んでいく。


 体をバネのようにした動きは、少し豊穣の舞と似ている。

 私は「やッ」「はッ」と掛け声を上げながら、踊るように 何度も剣を振るった。


 ……おかしい。


 ガレコアさんが私の剣を受け続けてばかりで、一向に動こうとしない。

 他の人のときは、数回の打ち合いでガレコアさんが終了を宣言するか、剣をはたき落として終わりにしていたはず。


 なのにもう体感で十五分くらいは経っている。

 くるくる回りすぎて目がまわってきたし、腕もジンジンと痛くなってきた。


 うぅ、もうだめだー。


「はぁ、はぁ……申し訳ありません。もう、疲れてしまいました」


「……っ! あ、ああすまない、あまりの美しさに……いやなんでもないっ、これで終了とする!」


 舞台から降りると、集まった人々から「おおおお……」とどよめきが起こった。


 な、なんだろう、私けっこう善戦した……とか?


 あれ、そういえばガレコアさんから試験の結果を聞いていない。


「師匠! 試験官を惚れさせてどうするんですか!?」


 なにを言っているのだろうアノン君は。


「あ、というかアノン、私の剣……どうだったかな?」


 剣の達人の彼に聞くのは勇気がいるけど、これでも全力を出し切ったつもりだ。プロの率直な意見が聞きたい。


「……すごく、よかったです。思わず見惚れてしまいました」


「本当!?」


 嬉しい。

 思わず満面の笑みがこぼれてしまう。


「うぐっ……くそ、破壊力がすごい」


「え、アノン、大丈夫?」


「……大丈夫です。あの師匠、大事な話があります。二人きりで話せませんか?」


 あ、これは本気の目だ。


 さすがの私も、こういう雰囲気を察せられるようになってきた。





 試験会場から少し離れた、おそらく学院の校舎の裏。


 人のいないその場所で、私とアノン君は向かい合っていた。

 まるで剣の一騎打ちのような緊張感に、背中が汗でじっとりしてくる。


「それで師匠、僕は師匠に告白をしました。好きだと伝えました。僕は師匠に恋人になって欲しいです。……師匠の返事を聞かせてもらえますか?」


 すごく、正々堂々とした告白だ。


 対する自分はどうだろう。

 「ごめん無理」なんて、理由も告げずに断るのは失礼なのではないか。


 とはいえ「前世で男の子だったから」なんて理由を信じてもらえるわけが……。

 ううん、そんなのは断る理由にはならない。


 今の私の気持ち、今、フィーネが断る理由をちゃんと――。


「ごめんなさい、アノン。私はあなたを弟子としてしか見れない」


 はっきり、目を合わせて告げる。


「そう、ですか。あー、あぁ~……」


 アノン君がその場でがっくりと膝をついた。


「だ、大丈夫!?」


「はい、大丈夫です。すみませんご心配をかけて。いえ分かってはいたのですが、案外心のダメージが大きくて」


 しばらくして、すっくと立ち上がったアノン君は私をまっすぐ見て言った。


「せっかく師匠がきちんと答えて……ごまかさずに真っ正面から振ってくれたのですから、今回はこれで引きますね。師匠、ありがとうございます」


「ううん、アノン君の気持ちは嬉しかったよ。ありがとう」


「……じゃあ、行きましょうか。エラさんも心配するでしょうし」


 寂しげなアノン君と一緒に、私はエラのもとへと戻った。





 その夜。


 宿屋でマイさんと、そしてエラにも今日の出来事を報告した。


「そっかーフィーネちゃん、弟子だからって言ったんだ。これは諦めきれずにまた告白もあるかもね」


 マイさんが深刻な顔で悩みだした。

 でも、その時はその時だ。また正直な気持ちを伝えればいい。


 エラのほうを見ると、意外なことにふんわりとした笑みを浮かべていた。

 てっきりアノン君に「不届き者め」なんて怒り出すのではと覚悟していたのだけど。


「まあアノン殿の態度を見れば一目瞭然でしたからね。……ところで、彼はフィーネ様に告白をしただけですか? その、他になにか困ったことをされたりとかは」


 ドキリと、胸が跳ねる。


 思い出さないようにしていたのに、あの丘でアノン君が突然キスされたときのことが脳裏によみがえってしまう。


 つい視線を逸らしたら、エラの眉がピクリと上がった。


「彼に、なにか不埒ふらちなことをされたのですね」


 心臓がきゅっと縮まる。


 エラから立ちのぼる殺気がすごい。ふと見ればマイさんからも表情が消えている。


 うっ……こわい。

 口づけをしてきたのはアノン君なのに、私がすごく悪いことをした気になってくる。


「あ、あの……えっと、膝枕……」


「ヒザマクラ?」


 エラの額に青スジが浮かんだ気がする。


「魔獣討伐で頑張ったご褒美に、してほしいって」


「したのですか?」


「……しました」


 ごめんなさい。

 きっと貴族としてはしたない行為なのだろう。


「それだけですか?」


 キスされましたなんて言ったら、アノン君を斬りに行きかねない……そんな空気さえ感じる。


「……それだけです」


 すると、エラもマイさんも大きなため息をついた。


 あ、部屋の空気が和らいだ気がする。エラからも殺気が消えた。


「フィーネ様、いくら相手がアノン殿で、彼を弟子のように思っているからといって、膝枕というのはやりすぎです。調子に乗って襲ってきたらどうするのですか?」


 いくらアノン君でもそこまではしてこない。……ともいいきれない。


「うん、ごめんなさい。肝に銘じます」


 しゅんとして頭を下げると、エラがまた大きなため息をついた。


「はぁ……まあ、フィーネ様、いろいろとお疲れ様でした。それで初めて告白を断ってみて、どうでしたか?」


 なぜかねぎらわれてしまった。


 断ってみて、か。


 私は……フィーネはこれまで男の人から危ない目に遭わされてきた。

 

 でも、アノン君みたいな人もいるんだ。

 正々堂々気持ちを伝えてくれた。キスはされてしまったけど、一応はこちらを尊重してくれた。


 だから。

 

「まあ、男も捨てたもんじゃないって思ったよ」


「そうですか……それは、本当によかったですね」


 なぜか、エラに涙ぐまれてしまった。

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