第47話 到着、聖都

 翌日の早朝、私たちは温泉街を発った。


 整備された街道沿いを歩いていると、次第に商人の馬車や冒険者の姿が増えてくる。

 なんだかソワソワしてきて、ついキョロキョロとあたりを見回してしまう。


「フィーネ様、フードをもう少し深く被ってください」


「そうだよフィーネちゃん、気を付けないと聖都に着く前に人だかりができて進めなくなっちゃうよー」


 右隣にいるエラが私のフードを直す。

 左からはマイさんがニコニコ顔で覗き込んできた。


「あ、うん。なんか……もうすぐ聖都に着くと思うとドキドキしちゃって」


 初めて遊園地に来た子どもってこんな感じなんだろうな。


 ……そう思うと途端に恥ずかしくなり、私は下を向いて街道の石畳に挟まっている砂利の粒を数えることにした。


「可愛すぎでしょフィーネちゃん……」


 マイさんにからかわれてしまった。


 こんな姿、弟子のアノン君には見せられない。

 そう思って前を見ると、彼はずいぶん離れた場所を歩いていた。


 相変わらずエラとマイさんはアノン君に素っ気ない。

 そういう私も……。


 ――好きですっ! 僕、女性として師匠が好きなんですっ!


 昨日、アノン君から告げられた言葉が脳裏によみがえる。


「うっ……」


 私も、すごく気まずい。


「フィーネ様、大丈夫ですか?」


 今度はエラが右側から覗き込んできた。黒髪ショートカットの美人顔が心配そうに眉尻を下げている。


 エラなら……相談に乗ってくれるかな。


 でも、私自身が戸惑いやらちょっぴりの恐怖やら申し訳なさで感情が整理できないのに、そんな状況で相談しても彼女を困らせるだけだ。


「う、ううんっ、大丈夫。もうすぐ聖都だから緊張しちゃって……へへ」


 私が不器用な作り笑いを浮かべると、エラは息をのんで固まってしまった。





 街道を歩くこと半日、私たちはついに聖都へたどり着いた。

 厳密に言えば、聖都の入り口だ。


「エラ、聖都って大きいね……」


 目の前に広がる光景に、私は軽くめまいを覚えていた。


 大通りは、馬車十台くらいが横一列に並んで走れるくらい広く、その両側には四階建てくらいの建物が整然と立ち並んでいる。

 行き交う人々には活気があり、この都市は大きな力で守られているんだなと感じた。


「私も来たのは初めてですが、端から端まで巡回馬車で半日掛かるとか」


 は、半日……。

 規模も王都の倍くらいだ。これが本物の都会。


「フィーネちゃん、まずは教皇様に到着を知らせないとだね。とりあえず聖都教会に行こー」


「はい、行きましょう」


 そういえばマイさんの任務は私を教皇様のところへ送り届けることだったっけ。


 あれ?

 てことは、その後は解散?


 それは、嫌だな……。



 私たちは巡回馬車に乗り、聖都教会に向けて大通りを進んだ。


 窓からちらっと前方を見てみると、白く尖った山があった。

 違う、あれは城……じゃない、教会だ。


「聖都教会って、あんなに大きいんだ」


 高さも横幅も王都教会の倍以上はあるぞ。


 ぽかんと口を開けていると、斜め前に座ったアノン君がおずおずと話しかけてきた。


「し、師匠……もう顔は隠さないんですか?」


 おっかなびっくりという感じだ。


 私も、おっかなびっくり返事をする。


「う、うん……もういいよって、さっきエラが」


 聖都はとても治安が良い。

 だからもうポックルの変装はしなくていいと言ってくれた。


 実は、私が毎日鎖帷子くさりかたびらやらフードやらマスクで汗だくになっているのを、ずっと申し訳なく思っていたらしい。


 多分、アノン君という強力なボディーガードがいることも大きい。魔獣との戦いを経て、エラもアノン君の強さを改めて信用したのだろう。


 ということで私は今、白い長袖のチュニックに茶色い長ズボン、そして厚手のローブを軽く羽織るだけという、久々の軽装なのだ。


 やっと鎖帷子から解放された……!


「……エラさん、巡回馬車の客、みんな師匠のこと凝視してますけどいいんですか?」


「フィーネ様にとっては日常茶飯事だ」


 私というより、だと思うけど。


 とにかく、このパーティーは目立つ。

 マイさんやエラは超がつく美人だし、アノン君も美少女に見間違えるほどの美形だ。


「師匠を汚い男の視線にさらすのは、僕は嫌ですね」


「それについては同感だ」


 アノン君が美少年顔を歪ませる。昨日からずっとあの調子だ。


 私に……フィーネに好意を抱いているのは理解できた。多分、師弟愛の延長なんだとは思うけど。


 とはいえアノン君は男らしく気持ちをぶつけてきた。

 キス、してきたりとかは……すごくやり過ぎだったけど。


 でも、真っ正面から告白をしてきたのだから、私もきちんと返事をしなければとは思う。


 とは思うのだけど……なんて断ったらいいのかが分からない。


 今夜あたりエラに……いや、マイさんに相談できるといいな。

 解散するのなら、その前にいろいろ話したいし。


 そんなことをモヤモヤ考えているうちに、馬車は聖都教会前に到着した。





「フィーネちゃーん、お待たせ!」


 一人で教会に入っていったマイさんが、しばらくして戻ってきた。


「マイ殿、いかがでしたか?」


「それがさー、教皇様が急に多忙になっちゃったらしくて、三カ月ほど待って欲しいって言われちゃった」


「三カ月!? フィーネ様を招聘したのは教皇様では無かったのですか?」


「なんていうか、教皇様としてはフィーネちゃんを聖都に連れてくること自体が目的で、会うのはそこまで重視してなかったっぽいんだ」


 そうなんだ。


 ということは、マイさんはどうなるんだろう?

 その疑問を伝えてみる。


「あたし? あたしはねー、ふふふ…三カ月間フィーネちゃんを守るようにって言われちゃった、嬉しい?」


 え、よかった! まだマイさんと別れなくて済むんだ。


 自然と笑顔がこぼれる。


「はい、嬉しいです!」


「……っ! うぅ~フィーネちゃん可愛すぎるよ~ヨシヨシ」


 マイさんが私を抱き寄せる。


 うわっ、ちょ、すんごく大きな胸が当たって……恥ずかしいよー。


 ……けど、なんだか落ち着くかも。

 お姉ちゃんってこんな感じなのかな。


 するとアノン君がため息をついた。


「はぁ……あーうらやましい。そうだ師匠、明日は学院試験があるんで来てくださいね?」


 アノン君、うらやましいんだ。

 そうだよね、マイさんのおっぱいすごく大きいし。

 うん、私も男の子の気持ち分かる。


 ん? 学院試験?


 あ、旅の道すがらそんな話をしていたっけ。なんでも腕試しに試験だけ受けることができるとか。アノン君は受けるつもりらしいし、エラも誘われていた。


「う、うん。ちゃんと応援しに行くよ!」


 胸の前で握りこぶしを作ると、アノン君は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。





 その夜。


 私は、こっそりマイさんに相談を持ちかけていた。


 エラは今、洗面所で湯浴み中だ。


「それで、相談って何かな? フィーネちゃんのためだったら私なんでもするよ……!」


 マイさんが真剣な眼差しで見つめてきた。

 たいした相談じゃないのが申し訳なくなってくる。


「あの、えと……すみません、告白の断り方を教えて欲しいんです……」


「え? あーうん……なるほど。ていうかフィーネちゃん、これまでどうやって断ってきたの?」


「これまでは、そういう機会はなかったもので……」


「ええっ、嘘でしょう……。まあ、でもそうか、無闇に手出しできないもんね。ちなみに相手はアノン君?」


 胸がドキンと跳ねる。


「なんで分かるんですかっ?」


「……まあ男の人なら当たり前というか、アノン君の場合は態度でバレバレというか、本人も隠す気がないというか」


 確かに昨日の告白以降、アノン君は開き直っている気がする。


 私が黙っていると、マイさんはすんなりと答えを教えてくれた。


「フィーネちゃんだったら『無理です。ごめんなさい』でいいと思うよ。取り繕っても失敗するだろうし、断る理由を説明しても面倒なことになりそうだし」


「そう、ですか……」


 マイさん曰く、「聖都に留まれないから」と遠回しに断れば「じゃあ付いていく」と言われ、「顔が好みじゃない」などと言えば「理想の顔に変える」と言われかねないそうで、下手に理由を告げずにきっぱり断るのがいいのだという。 


「あ、ありがとうございます。すごく参考になりました」


「うん、情けは無用だよ」


 マイさんがにっこりと笑う。


 すごい。さすがマイさんだ。

 きっとこれまでも、たくさんこういう経験をしてきたんだろうな。



「フィーネ様、上がりました。すみません、お先に使わせていただいて」


「あ、おかえりエラ。さっぱりできた?」


「はい、お湯もまだほとんど残っていますので、冷めないうちにフィーネ様も早く」


「うん、じゃあいただくね」


 マイさんにもコクリと頷かれたので、私が二番湯をいただくことにする。


 洗面所に入ると、大きなタライにお湯が並々と張っていた。


「まったくエラは……」


 お湯が全然減っていない。きっと私のためにと取っておいてくれたのだろう。


 白いチュニックを脱ぎ、茶色いズボンを下ろす。

 胸に巻いていた布を解き、パンツを脱ぐ。


「ふぅ」


 タライの前に立ち、湯面に映る自分の姿を見つめる。久々の健康チェックだ。


「また大きくなった、のかな」


 胸のふくらみにそっと触れてみる。

 私の小さい手のひらでは包みきれないくらいに成長した。


 お湯の中の、頬を赤く染めた少女と目が合う。


「成長期、だしね」


 りんごのように赤くなった頬をペシペシとたたく。

 恥ずかしいことじゃない。これは健康に成長している証拠で、喜ばしいこと……のはず。


 もう、どこからどう見ても女の子だ。


「えいっ」


 もう一度、頬をペシンたたく。


「明日、アノン君にきっぱり断ろう」


 一人の女の子として。

 男らしく、正々堂々返事をするんだ。


 私はいくさの前の武士のごとく、無心で身を清めた。

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