第45話 天才少年の告白
「アノン、少し話がアル」
「……なんですか?」
明け方、疲れた様子で戻ってきたアノン君を街の出口まで連れ出した。
エラからは、もう聖都が近いから無理に変装をしなくていいとお許しが出たし、そもそもアノン君にはフィーネであることがバレているのだからポックルになる必要はないのだけど。
私は何を隠そうコミュ症である。
最近エラとマイさんと何かあった? なんてセンシティブな問題を
アノン君は
街を出て、歩くことしばし。
いつの間にか近くの丘の上まで来ていた。
うん、アノン君と話すならやっぱ丘がいいよね。よし、言うぞ。
「単刀直入にきク。エラとマイさんと何があっタッ?」
声が上ずってしまった。
でもちゃんと聞けた自分を褒めてやりたい。
するとアノン君は「はぁー」とあからさまに大きなため息をついた。
「あの二人が何か言ってたんですか? 師匠が……解いたんですよね?」
「いヤ、二人からは何も聞いていなイ。…………解くトワ?」
解いたってなんだろう?
問題解決したかってこと?
いやいや、そもそも二人には事情すら聞けていないよ。
弟子であり同年代の男の子であるアノン君に聞くのですら、この有り様なのだし。
「……僕のしたことを断罪するために、こんなところに連れて来たんですよね?」
え、断罪!?
そんな大げさな……いや、それとも何か大それたことを……?
なんだろう、聞くのが急に怖くなってきた。
「ワ、我はその……二人の様子がおかしくて、ケンカでもしたのかと思って、それでっ……」
「あーなるほどね……はいはい、事情はなんとなく分かりました。そういうことなら問題はないです。僕は別に、彼女たちを傷付けるようなことはしていませんよ。本来の関係性に戻っただけです」
ん? 大丈夫なの?
二人に何かしたわけでないなら、問題ない……のか?
うーむ。こういう人間関係の機微に疎すぎて分からない。
アノン君、さっきまでとは打って変わって満面の笑みを浮かべてるし……とにかく大丈夫ってことなのかな。
「そんなことより師匠、今回僕、頑張りましたよね? 何かご褒美をくれませんか?」
あ、そうだった。アノン君には今回本当に助けられた。
にも関わらず私、アノン君には「よくやった」みたいな態度で偉そうに褒めただけで、きちんとお礼を言っていないや。
「ご、ごめんっ、ちゃんとお礼を言ってなかったね。今回は本当に――」
「いやそういうのいいんで、ご褒美をください」
「えと、ご褒美?」
「手始めに、
「ひ、膝枕!?」
「だめですか?」
膝枕……ヒザマクラってあの、アレだよね。
膝枕なんて前世でも今世でもやってもらったことないよ……もちろんやったことなんてあるはずもない。
親が子どもにする以外だと、普通は女の人が親しい男の人にやってあげるものだよね。あ、今は私も女の人か。いやでもアノン君は親しいというのと、ちょっと違うような……。
あれ、でも師匠と弟子なら親しいと言えなくもないのか? なんかわからなくなってきた。
「ダメ、とは言い切れないのかも……」
「ははっ、やった!」
うわーアノン君、満面の笑みだ。
仕方ない。ここは師匠として膝くらい貸してあげよう。
私は木陰に正座をすると、膝をポンと叩いた。こういうときは勢いが大事だ。あれこれ考えても答えは出ない。
「はい、どうぞ」
するとアノン君が頭を乗っけてきた。
うっ、アノン君の手が太ももをつかんでるから、かなりくすぐったい……。
「師匠っていつも長ズボンですよね、蒸れませんか?」
「いや、これはこれで快適だよ?」
「そうですか」
そのままアノン君は眼を閉じると、気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
二日連続で魔獣に立ち向かって、さらに徹夜で聖騎士団の聴取に応じたんだから、そりゃ疲れるよね。
そよ風が吹き、アノン君の銀髪がさらさらと揺れる。
まあ少しくらい、わがままを聞いてあげてもいいか――。
「んひゃあ!」
太ももにゾワっとした感覚がしたと思ったら、アノン君が顔をしかめて手に力を込めてきていた。
うなされてる? 戦いの悪夢でも見ているのだろうか――。
「ひゃいんッ!」
思わず変な声が出てしまった。さっきよりもアノン君の手が太ももに食い込んで――。
「んっ……あ、アノンっ、起きて」
これはちょっと、キツいかも。
起こすかどかすかしようと思ってアノン君の頭を押さえると、「ううっ」と苦しそうな声を上げた。
これ、どうしたらいいんだろう……。
その後も、何度かアノン君の手がもぞもぞ動き、そのたびにビクッと震えながら耐えること数十分。
ようやくアノン君が目覚めた。
「あ~よく寝た! 師匠の膝枕、すっごく快適でした。ありがとうございます!」
アノン君がすっくと立ち上がり、気持ちよさそうに伸びをする。
「い、いえ、どういたしまして」
一方の私は、かなり消耗していた。
まあでもアノン君が回復したようで何より……。
「ところで師匠、さっきから喋り方が素に戻ってますよね」
あ、そういえば。
まあいいか、弟子に対してあの話し方も他人行儀すぎるしね。
「そう、だね……ごめんね今まで」
「そう思うんなら、そのマスクとフードも外してもらえませんか?」
「あ、うん、もちろん」
口元を覆うマスクを取り、フードを外す。
「ふぅ」
解放感で、ほっとため息をつく。
土や木々の匂いが風とともに香ってきて気持ちがいい。
「……ッ やっぱり、師匠の髪は綺麗な蜂蜜色だ。さ、戻りましょうか」
手を差し伸べられたので、遠慮なくその手を取る。
立ち上がろうとすると、膝に衝撃が走った。長時間正座をキープしていたせいで、足が痺れていたのだ。
膝がガクっとなりよろける。するとアノン君がぐいと引っ張って支えてくれようとした。
しかし勢いが止まらず、私はアノン君の胸元にボスっと頭突きをお見舞いしてしまう。
「うー、ごめん。今、膝を治すから――んッ」
え?
顔を上げたらアノン君の鼻が目の前にあって……あれ?
アノン君の唇が、私の唇に重なって。
あれ、これって――。
「……ん、ちょっ、アノ……」
離そうとしても、すごい力で押さえこまれて体が動かない。
ちょっとこれは、やり過ぎだ。
私は防護魔法を展開した。
するとアノン君は弾かれたように飛び退く。
エコンドや新王陛下、それに聖域で襲ってきた司教貴族たち……あの人たちと同じ嫌悪感がジワリと広がりそうになる。
「はぁっ、はぁっ……アノン、なんでっ…」
「すみません! 好きですっ! 僕、女性として師匠が好きなんですっ!」
「……へ?」
今、なんて?
「師匠が好き過ぎて、唇を奪ってしまいました! ごめんなさい! もうしませんから嫌いにならないでくださいっ!」
アノン君は見事な土下座をしていた。
この世界にも土下座ってあるんだな、なんてことを考えていると、いつの間にか嫌悪感が薄らいでいた。
「えと、えっと」
女性として好き……まあ、そういう気持ちは分からなくはない。
きっと師匠への尊敬の心が、そういう好きに変わることもあるのだろう。一応、私は今女の子の体なわけだし。アノン君がそういう感情を抱いたとしても、客観的に咎められるようなことではないし。
だからといって、コミュ症の自分にどうしろと……?
前世ではもちろん恋愛経験なんてない。入院と闘病に時間を費やしていたからそういう方面にはめっぽう疎い。
というか前世で恋愛経験があったとしても今、女の子の私には何の役にも立たない。今世でも幼馴染の男の子たちからそういう目を向けられることはなかったし、エラやマリエッタとも恋バナなんてほとんどしたことがない。経験も知識もゼロだ。
え、どうすればいいのこれ?
難易度が高すぎて頭がパンクしそう。
「…………まあ、帰ろうカ」
とりあえず、私は問題を放置することにした。
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